今年は、台風が三つも北日本に大きな被害を与えました。中でも、北海道と岩手県では犠牲者が出るほどの惨状でした。しかし、台風がもたらした雨は、北海道と岩手県だけでなく、その他の県にも大量に降り注ぎ被害を与えました。それでは、畑沢はどうだったのでしょうか。8月23日のブログで県道に山の斜面から土砂が崩れてきて通行不能になったことをお伝えしました。9月10日に畑沢に行ったときに、現場を見てきました。写真でお分かりのように、道路の左上から地滑りを起こして、道路とさらに下の法面に流れ落ちた跡が残っていました。地表から約1mぐらいの深さで表面がずり落ちていました。この場所は昔から弱い地盤だったと思われ、私がこどものころには石垣の擁壁がありました。江戸時代には、ここには街道がなく別のルートを通っていましたが、恐らく明治の半ばにここに新たな県道を切り開いた時に山の斜面を削りすぎて、崩れやすくなってしまったものと思われます。しかし、私が知っている限りでは、これまでこれほどもの崩れ方をしたことはありませんでした。如何に今回の降水量が多かったかです。
県道から見えない沢の一部でも地滑りを起こしていました。中畑沢の屏沢です。やはり地表に近い所が下にずり落ちていました。この斜面は大分前に雑木林一面すべてを伐採した場所です。「皆伐」という伐採の仕方です。皆伐をしても、15年ぐらいは地中の根が頑張ってくれるのですが、やがて根は腐って地面を支える力がなくなるそうです。残念ながら、ものの見事にそのことを証明されてしまいました。畑沢ではかなり多くの場所で皆伐が行われていますので、これから年数が経った時にどのようなことになるかが心配です。皆伐は絶対にしてはならないのですが、近年、自然保護への関心が全くなくなり、誰も皆伐などの破壊行為を問題視しなくなっています。林業を監視する行政機関も全く関心を示していないだけでなく、森林に対する行政の不作為は続いています。元々、日本の林学には、大局的な視野を欠いているようにさえ見えます。例えば、「黒い森(scwarzwalt)」で有名なドイツでは、国家による森林管理が徹底していて、森林を保護し大事に育てているのですが。
その崩れ落ちた土砂が下の写真です。写真の左から右へ落ちてきました。落ちてきた土砂には、しっかりと樹木が立ったままです。伐採されずに一部に樹木が残っている周辺は、樹木の根ががっちりと土砂を掴んでいるので、樹木と一緒に固まって土砂がずり落ちています。しかし、所詮、一本の木の根では、地面を抑える力はたかが知れています。周囲から切り離されて下に落ちてしまったようです。写真では緑がいっぱいのように見えますが、山の斜面を縦横無尽に覆っている「葛(くず)」という植物です。つる性の植物で、ただ単に細い蔓が伸びているだけで、地面を抑える力がないばかりか、地面を抑える働きのある樹木の生長を阻害しています。
山だけでなく、田んぼでも被害がありました。ここは昔ながらの地形ではありません。耕作しやすいように、田形を変えた場所です。以前にも、この直ぐ脇が崩れました。まだ、しっかりと固まっていないようです。雨で地下水がいっぱいになって、地面が滑ったようです。
地滑り以外の形で被害をもたらした場所もあります。写真右に土嚢が積んであるところは、沢水が流れている水路です。この台風の大雨で、一気に山から水路に流れ込んで、大量の水が木の枝や川の石とともに流れ落ち、カーブの所でつっかえて水路から土砂もろともに田んぼに溢れ出ました。この水路の上流にある山も、大分前に皆伐されました。皆伐された直後から水路に流されて来る土砂が多くなっていましたが、去年あたりから少し落ち着いたように見えただけに、今回の暴れかたには驚きました。やはり、皆伐の傷跡が残っていて、山はまだ回復していなかったのです。
畑沢から尾花沢へ向かって松母の入り口に差し掛かった時に、蕎麦の花が咲いていました。私は何でも好きなのですが、蕎麦も好きなので、写真を撮りました。一見、のどかな風景ですが、遠くの山に白っぽく爪痕(つめあと)のようなものが見えました。
爪痕のようになものを望遠で写してみました。これも、地滑りなどで山肌が削られたものでした。その周囲を見ますと、皆伐した跡があります。いたる所が皆伐されていて、爪痕もあちこちに見られます。自宅へ戻ってから、畑沢からの方角をもとに、この場所を調べました。畑沢のほぼ真北にあたり、車段と袖原の境にある山の向こうにあります。丁度、丹生地区の北の山並みと思われました。これほどの爪痕ならば、川にかなりの土砂が流れ込んだでしょう。さあ、治山ダムを造ろうと林業行政家は活気づいているかもしれません。このようなことにならないように保安林を指定したり、伐採計画を作成するにあたっては、十分な配慮を尽くすべきものだったはずです。専門家とはそのようなことを考えられる人たちであるべきです。