時々雑録

ペース落ちてます。ぼちぼちと更新するので、気が向いたらどうぞ。
いちおう、音声学のことが中心のはず。

外国語学習に音声学は不要か

2006年09月30日 | Indiana大学
日本語を教えはじめて5週間。相変わらず小さなミスがちょこちょこあって、冷や汗が出る毎日ですが、楽しめてはいます。さて今週の初めのテスト、採点していてちょっと印象的なことがありました。学習した文法事項を使った会話の反応がよくて、順調だと思われる学生に、とんでもないミスがあることです。

返してしまったのですべては覚えていないのですが、いちばん衝撃的だったのは、「ゆっくり言ってください」という答えになるところを「きゅうりをください」と書いた答えです。それを書いたあるアメリカ人の学生は、文法事項の応用は早く正確なほうで、文字の形も習得できているようなのですが、発音が非常に悪いのです。「ゆっくり」などは「ゆきゅり(「り」は英語の「ri」)というふうにしか発音できません(そういうわけで「きゅうり」、でも試験の総得点はいい。)。彼以外でも同様に、「発音が悪い学生が単語を覚え切れていなくて、めちゃくちゃに書いている」という例がけっこう見られました。

そこで、今週からちょっとだけ方針転換。まず発音の修正について。「英語なまりを許さず、いちいち直しなさい」とTsujimura先生からは言われているのですが、簡単に治るものではないし、何度も言いなおさせると授業が楽しくなくなってしまわないかと心配で、一度言い直しをさせて難しそうだったらあまりしつこくはやらないようにしてきました。しかし、どうやらそれでは彼らの利益にならないようです。

語形を覚えるためには目標言語の音韻システムがそれなりに習得されている事がやはり前提になるようです。それではじめて聞いた語の音形が処理できて、記憶する段階に進める。思えばこれは第二言語習得だけでなく、第一言語習得でも同じことのようです。子どもについて、音韻情報を処理する認知機構(Phonological Loop)の能力が高いほうがその数ヵ月後の語彙習得の成績がよい、という論文を読んだことがあります(Working Memoryの研究で知られるBaddeleyとかそのグループだったと思う)。ということで、かわいそうだと遠慮せず、もうちょっとしっかり発音を直すことにしようと。

もう一つの方針変更は、「もうちょっと自分が話す」です。「ドリルセクションは教員が話してはいけない。学生に話してもらうのだ」という基本方針でいたのですが、学生がネイティブの音声を聞く回数を増やすのも重要かも、と思ったのです。現状では、他の学生が正しく使えた日本語を聞いて、すぐ自分も発言してみる、ということも多いのですが、他の学生の発音をモデルにしていたのでは音韻の習得が進まないだろうと考えました。家でテープはあまり聞いてくれてないようだし。

私は、外国語教育における音声学の役割を「発音もよくなったらまあかっこいいし、ネイティブに見くびられなくていい」って程度のことで、「外国語トレーニングの中では比較的どうでもいいもの」と思ってきました。でも、そうでもなく、語彙発達や言語情報処理の基盤を形成する重要な訓練かもしれない、と思うようになりました。音声学者の端くれとしては悪くないことだし、自分が役立てることがあるならうれしい。今後もこの点は意識して様子を見ていこうと思っています。

J101 (日本語初級)

2006年09月25日 | Bloomingtonにて
秋学期始まって4週間。さすがに仕事と授業がいっぺんにあるというのはしんどいものだと実感しています。朝から出かけていってベテランTAの授業を見せてもらいつつ自分の授業のプランを立てる(これが準備時間の短縮になって助かる)。それからまず自分の授業に出て、そのあと教員としての授業を二つ。「5分前には到着して、授業時間開始と同時に授業を始めよ」という指令が出されているので、15分の休み時間のうち10分弱で次の校舎まで移動せねばなりません。IUのキャンパス内を、のろのろと移動する学生の間を割って超速足で移動している人々は、たいていTAも含んだ教員でしょう。終わるとぐったり。

帰ったらまず採点・成績処理(ほぼ毎日なにか宿題が出る。学生も大変ですが、TAも辛い)。それから日課の運動をやって、食事のあと寝るまで自分の勉強、というパターンです。週末も3つの授業の予習と宿題の処理。なんとか睡眠は7時間程度確保して、体調を崩さないペースを保ててはいますが、きちきちではあります。でも、教えつつ自分も学ぶ、という生活は日々の生活に張りが出て悪い気はしません。宿題の処理も集中力を上げて短時間でこなすよう努力中。あとは少しでも研究成果の生産につながる活動を入れられたら。そういう日々を難なくこなせるようになってこそ本当の大学院生というものなのでしょう。そんなわけで、久しぶりの記事更新となりました。

私が授業担当チームに参加させてもらっている日本語の初級(J101)の受講者は150人くらい。火・木の講義(正教員担当・3クラスに分かれる)で文法を習います。これが12のグループに分かれ、2グループが同時進行で6つの時間帯で月・水・金とドリルを行います。これがTAの担当。宿題をやって覚えた(はずの)内容をチェックして実際使ってみる時間。3週間ごとにTAは担当クラスを交替するので、現在は交替して2週目。

「どうしてそんなことをするんですか?」とある学生に聞かれました。私は「きっとTAの上手下手による不公平を埋めるためだろう」と思っていたのですが、ある過去TAをやっていた方が教えてくれました。そんなことではなく、「多様な日本語を聞かせるため」というのが最大の理由だそうです。彼らが聞くネイティブの日本語のインプットはほぼわれわれTAの日本語に限られる。ネイティブの発音にもさまざまな個人的な特殊性は当然あるし、どうしても日本語TAは女性に偏りがちなので男性の日本語も聞かせたい、ということもあるとか(今回の場合私だけがネイティブ男性)。TA採用のインタビューを受けた時点で分かっていましたが、そういうわけで地域方言の特色の強い人はおそらく採用しないのだと思います。ついでにいえば、年齢の近いTAと学生の「馴れ合い」にならないためにもローテーションは賛成。いいシステムだと思います。

授業の進み方はたいへん速く、ペースについて行けない人を振り落としつつずんずん進んでいます。現在カタカナの習得が完全に終わった(ことになっている)段階で、明日は2課の総合テスト。学習者はアメリカ人が多数派で、高校で習っている人が多い韓国人が次に多い。アメリカ人の学生には日本語の文字はどうしてもなじまないらしく、この段階でつまづいてしまう人も多い。なぜだかアフリカ系の人はとくに苦労することが多いのだそうですが、私の担当したクラスの2人はどうやら克服しつつあるようで、うれしいです。今週からは動詞の活用、助詞が入ってきて学生はいよいよ苦しむとのこと。

外国語は選択必修なのでそのために受講している人も多いようですが、本当に話せるようになって日本に行ったり友人を作ったりしてくれる人がたくさん出てくれれば更にうれしい。私自身はまだまだ授業システムの理解が浅く、たびたび小さなミスをしているので、何とかチームの足を引っ張らないよう(ひいては今後も言語学科から日本語TAが採用してもらえるよう)、致命的なミスだけは避けたい、と思っております。

ちなみに、スーパーバイザー(上司?)はNatsuko Tsujimura先生。動詞意味論などの研究でも名高い方ですが、IUでは初級の日本語教育でばりばり頑張ってらっしゃいます。下で働けるのは幸運という他ありません。先生についてはまた書く機会があるかと思いますが、とりあえず、歩くのがめちゃくちゃ速い。おそらく、長年の学内移動の経験がなせる業かと思います。

新兵器

2006年09月11日 | Indiana大学
写真は、今学期Diane Kewley Port先生のS319/519という授業で使っているもので、CPSといいます。もちろんCycle per Secondではありません。でも、じゃあ何の頭文字語なのかというと、わかりません。E Instructionという会社が作って売っているものだそうで、Bookstoreで買いました。$30弱。大きさは携帯電話ほど。でももっと軽い。

いろいろボタンがありますが、これで入力をして、データを送信します。どこへか、というと、先生が使用している教室のコンピュータにです。先生は教室のPCに、このCPS専用の受信機を取り付けて、学生が送る信号を受信します。具体的に何を送るかというと、まず「今日授業に出席しています」という信号。その上で、授業の中でときどき出されるクイズの答えも送ります。そうすると、誰がどの問題にどの答えを選んだか、自動で記録されるようになっている。教室全体の正答・誤答数の集計もすぐできて、プログラムを使ってスクリーン上に表示できる。

実際これで、現在習っている三角関数の基本のおさらいの問題に答えたりしています。これをそれぞれの学生が教室で使用するためには写真のちいさなガジェットだけではだめで、そのときそのときの授業の登録コードをこれまたBookstoreで購入します。で、登録のための番号をもらって、インターネット上で登録する。そうしてはじめて教室でこのガジェットが先生のPCと交信できるようになる。これが別売$8ほど。合計$36ほどの出費でした。

このCPSを大学で教育を受けている限り保持していて、授業に出るたびに登録費を払ってこれを使用する、というシステム。彼らのWebsiteを見る限りけっこうの数の大学の授業で使用されているらしい。でも先生が毎回このCPSを使った祥テストを用意するのはかなりの手間です。大学にいるうちにこれを再び使うことになるのか、はなはだ疑問です。それでも登録している20人ほどの学生から$35強せしめたんですから、作った会社はうまくやったものです。

自分が解答を送ると自分の番号(私はこの授業ではつねに8番)の色が変わって、「答えを受信しました」ということが表示されるし、使っている側としてはまあまあ面白い。でも、こんなおもちゃ、どうしても必要かなあ・・・ という気もします。日本の大学でもこれ、または同様のものを使っているところがあるのでしょうか。

Diane先生は音声科学のための物理・数学教育の大ベテランですが、このガジェットは今学期初導入。テキストもCD-ROMで、音声・動画つき。いまだに新しいものに挑戦する意欲満々。教育熱心だし、頭が下がります。久しぶりに対数とか指数関数とかおさらいして、グラフ描いたり。50分授業を週3回で、高校みたい。でも最終的にはフーリエ変換とか、ベルヌーイ現象だとか、音声の音響・空気力学の分析の基礎になる数学を一通り押さえましょう、という内容になるらしく、どこまでついていけるものか。きちんと組み立てられた内容のようなので何とかついていって壁を越えたいと思っています。内容にご興味のある方は以下の授業Webページをごらん下さい。

http://www.indiana.edu/%7Eacoustic/s319/s319home.html

なお、S319/519という名称はなんなのかというと、基本的にこの授業はSpeech and Hearing Sciences学科の学部生用の授業(S319)なのです。でも、もうちょっとさらに課題をこなすことによって大学院生の単位としても扱ってくれる(S519)。ちなみに今回、私が唯一の大学院生。驚いたことに他はすべて女性です。でもDiane先生が出張中に代講をしてくれたジェヒ(韓国の女性)によると、「Speech and Hearingの学生はほとんどが女性。あなたにとってはショックだったかもしれないけど、教室に男がたった一人、というような状況は彼女たちにとっては慣れっこだよ」とのことです。

1年目とちがうこと

2006年09月01日 | Indiana大学
秋学期が始まりましたが、去年と違う点がいくつか。まず寒い。今週はじめから気温が下がり、長袖でないといられません。今日は夜の9時まで心理学の実習の授業がありましたが、コンピュータルームが寒くて足が痛くなるほど。冷房止めてほしい。去年のこの時期は残暑厳しく、毎晩寝苦しかったのを覚えています。

2つめ。学生がさらに増えたような気がする。どこも人でいっぱい。とくにバスの混みが増してる気がする。満車で乗車拒否もしばしば。おそらくガソリン高騰でバス利用が増えているためでは。道も混んでいて、バスが遅れがち。道が空いていて遅れないのがとりえの市バスなんですが。もうちょっと経つと落ち着くのかもしれませんが。

3つめ。AIの仕事ができたため、月~金で毎日朝から学校に行って、仕事か授業。自分の裁量で時間の使い方を決める事ができなくなりました。授業から仕事、仕事から授業とせわしなく移動する感じ。さらに時間の使い方を上手にやっていかないと、勉強が進まず、おそらく成績もひどいものになりそう。でも、これがアメリカの大学院生のふつうの生活なんでしょう。こなしていくしかありません。

4つめ。言語学科の同級生たちと会わなくなりました。必修がだいぶん終わって、私が言語学科外の授業を選択しているからでしょう。ということで、今日は今学期登録&受講している授業を紹介して終わります。それぞれについて、また詳しく報告できればと思います。以下の3つです。AIをやりながらだと、かなりきつい。途中で脱落しないようにしないと。

L641 Advanced Phonetics (Ken de Jong) 言語学科。
P533 Advanced Statistics in Psychology (John Kruschke)
S519 Mathematics for Speech & Hearing Sciences (Diane Kewley-Port)

ということで、言語学本流から外れ、実験、音声科学に関するトレーニングを受けよう、というプランです。とくにS519(数学!)は不安ですが、本当に必要なので、やるしかありません。

写真はダウンタウンにあるSomaというカフェ。けっこう雰囲気よく、飲み物もまあまあ。Starbucksよりはこっち。でも、貧乏なのであまり行きません。