本日は昨日の続きである。
である。
この点の指摘は全く見たことがない。
と講釈されて来た。しかし
なのだ。
と考えると筋が通る。
の2点のみ。シューベルトが作曲した再現部ならば、もう少しは変化がある、と考えるのが妥当。
である。
すると、中間楽章が最低で1楽章分は残されているはずだ。有力候補は実在し、「イ長調 D604」、1816年9月作曲「序曲 D470の草稿譜」と一緒に作曲されているので、作曲時期がピタリ合致する。
と考えられる。
である。クレムは「トリオのないスケルツォ」と勘違いしたようで、ベートーヴェン作曲ピアノソナタ第18番変ホ長調第2楽章スケルツォ を手本とした形に補筆完成版を作成したようだ。
ちなみに「ソナタ第1番ホ長調 D157」も「ソナタ第2番ハ長調 D279」も「疑いなき完成した終楽章」は今のところ無いと考えられているので、シューベルトは「ソナタ第3番ホ長調 D459」まで全てのソナタで「終楽章で苦労」したことになる。
出版社クレムが入手した楽譜は2系統あり
だったと推測される。
2系統共に(クレムの眼には)終楽章が欠けていた。「5つのピアノ小品」としてクレムが出版したのは1843年。この時に「出版されていたソナタ」は次の通り。
「ト長調ソナタ D894」は「幻想曲、、、作品78」として出版されていたし(爆
である。シューマンが絶賛した D840 でさえ、1843年には第1楽章すら出版されていないのが時代背景である。ちなみに
なのである。1888年と1897年。
その半世紀も前に「終楽章の欠けた2曲のホ長調ソナタ(に見えた)の原稿を購入」したクレムは何とか売らないと元手が回収できない。
と推測される。
ハスリンガーが「幻想曲、、、作品78」で成功した話題は、ウィーン → ライプチヒにも噂話が伝わっていたことだろう。(クレムはライプチヒの出版社)
私高本は
ユニヴァーサル社版シューベルトピアノソナタ全集全2巻の第1曲に D459+D459A が1953年に掲載されて以来、「5楽章ピアノソナタ」としてではあるが、演奏頻度の高い初期ソナタの1曲になったからである!!!
ピアノソナタ ホ長調D459 は「1稿」しか残されていない1816年8月のソナタ
である。
この点の指摘は全く見たことがない。
理由は、「自筆譜が第1楽章全てと第2楽章第142小節まで現存しているのに、印刷楽譜は第2楽章が第231小節まで完結している」から、別の原稿が存在した『はず』
と講釈されて来た。しかし
自筆譜と初版楽譜がこれほどまで一致しているソナタは珍しい = D459
なのだ。
第2楽章第142小節までは「ソナタ形式展開部終了」なので、再現部の補筆完成版を出版社クレムが作成・出版した
と考えると筋が通る。
- 第188小節(第46小節対応)で4度下げて、第2主題を主調で導く
- 第228小節から「4小節の短い目立たないコーダ」を補筆した
の2点のみ。シューベルトが作曲した再現部ならば、もう少しは変化がある、と考えるのが妥当。
ピアノソナタ ホ長調 D459/2 は「世界初」の補筆完成版! だった可能性が極めて大
である。
シューベルトはピアノソナタ作曲時、第1楽章 → 終楽章 の順に作曲することが多い(D459, D566, D571+D570, D613+D612)
すると、中間楽章が最低で1楽章分は残されているはずだ。有力候補は実在し、「イ長調 D604」、1816年9月作曲「序曲 D470の草稿譜」と一緒に作曲されているので、作曲時期がピタリ合致する。
D459 1稿のみ
- 第1楽章 ホ長調 Allegro D459/1(完成)
- 第2楽章 イ長調(速度指示無し) D604(完成)
- 第3楽章 ホ長調 Allegro D459/2(ソナタ形式展開部終了まで完成。クレムが補筆完成)
と考えられる。
要点は D459/2 = 終楽章 であり、D459/2 ≠ スケルツォ楽章
である。クレムは「トリオのないスケルツォ」と勘違いしたようで、ベートーヴェン作曲ピアノソナタ第18番変ホ長調第2楽章スケルツォ を手本とした形に補筆完成版を作成したようだ。
ちなみに「ソナタ第1番ホ長調 D157」も「ソナタ第2番ハ長調 D279」も「疑いなき完成した終楽章」は今のところ無いと考えられているので、シューベルトは「ソナタ第3番ホ長調 D459」まで全てのソナタで「終楽章で苦労」したことになる。
出版社クレムが入手した楽譜は2系統あり
- Allegro patetico ホ長調
- Adagio ハ長調
- Scherzo : Allegro イ長調
- Allegro moderato ホ長調
- Allegro ホ長調(容易に補筆できる未完成稿)
だったと推測される。
2系統共に(クレムの眼には)終楽章が欠けていた。「5つのピアノ小品」としてクレムが出版したのは1843年。この時に「出版されていたソナタ」は次の通り。
- イ短調ソナタ D845 作品42(1826出版)
- ニ長調ソナタ D850 作品53(1826出版)
- 変ホ長調ソナタ D568 作品122(1829出版)
- イ長調ソナタ D664 作品120(1829出版)
- ハ短調ソナタ D958(1838出版)
- イ長調ソナタ D959(1838出版)
- 変ロ長調ソナタ D960(1838出版)
「ト長調ソナタ D894」は「幻想曲、、、作品78」として出版されていたし(爆
「ハ長調ソナタ D840 レリーク」は第2楽章のみが1839年に出版され、全曲出版は1861年
である。シューマンが絶賛した D840 でさえ、1843年には第1楽章すら出版されていないのが時代背景である。ちなみに
D157,D279,D557,D566,D571,D612,D625,D655 のソナタが出版されたのは、ブライトコプフ旧シューベルト全集が初
なのである。1888年と1897年。
その半世紀も前に「終楽章の欠けた2曲のホ長調ソナタ(に見えた)の原稿を購入」したクレムは何とか売らないと元手が回収できない。
2曲のソナタ第1楽章の内、終楽章に廻しても違和感の少ない D459A/3 を終楽章に廻し、「ソナタ」の名称を外して出版した
と推測される。
ハスリンガーが「幻想曲、、、作品78」で成功した話題は、ウィーン → ライプチヒにも噂話が伝わっていたことだろう。(クレムはライプチヒの出版社)
私高本は
クレムが早い時期に、しかも非常に質の高い補筆完成版を出版し、「シューベルト音楽を広めた」ことに感謝する
ユニヴァーサル社版シューベルトピアノソナタ全集全2巻の第1曲に D459+D459A が1953年に掲載されて以来、「5楽章ピアノソナタ」としてではあるが、演奏頻度の高い初期ソナタの1曲になったからである!!!