ダイアモンド社が、表題のテーマでスエーデンの大学の精神科医の記事を紹介していた。
ンダース・ハンセン氏は、スウェーデンのカロリンスカ研究所(カロリンスカ医科大学)にて医学を修め、現在は精神科の上級医師として病院に勤務するかたわら、医学や医薬品に関する多数の記事を執筆している医師の話である。
運動すると集中力や記憶力が高まるのは原始時代の名残!?
ハンセン氏は、前頭葉や頭頂葉といった脳の各領域が互いにしっかり連携している脳を、知的能力に優れた「一流の脳」とし、そして、その連携を強化するのが、適度な「運動」なのだという。身体を繰り返し動かすと、その部位の筋肉などの器官は鍛えられて強くなる。逆に動かさなければ弱っていく。
脳も同じだ。身体のある部位を動かすには、それに対応する脳の領域が連携しなければならない。身体を何度も動かせば、その分だけ連携も繰り返される。そして、それによって連携が強化される。同じ原理で身体を動かさないと、使われない脳の領域や、領域同士の連携は弱まっていくのだ。
どうやら脳の機能を高めるには、座ったままパズルを解いたり脳トレをするよりも、意識して計画的に運動をする方がはるかに効果があるようだ。
人類は近代になってから、肉体労働を少しずつ機械に任せ、頭脳労働を増やしてきた。しかし、そんな労働のシフトは、悠久の人類の歴史の中では、ほんの最近の話。それまでの長い間、人類の脳は、もっぱら「どう身体を動かせば、効率よく、確実に食料を手に入れられるか」を考え続けてきたのだ。そのように脳を働かせることで、強化されてきた知的能力の一つに「集中力」がある。
運動と集中力の関係性については、一卵性双生児200組を対象とした調査がある。17歳から20歳になるまでの3年間に、余暇に身体を動かしていたか、静かに過ごしていたかで、双子の間で集中力に差が出るかを調べたのだ。その結果、身体を動かしていた被験者の方が集中力が優れていたそうだ。
ハンセン氏は、この違いは原始の人類がサバンナで狩猟して生きてきたことの名残であると説明している。つまり、食料になる獲物を仕留められなければ餓死してしまう、肉食動物に遭遇したら素早く逃げなければいけない、そんな生死を分ける状況に対処するには集中力が必須だった。
ハンセン氏によれば、現代人の脳は、サバンナで暮らしていた頃からさほど進化していない。だから、運動で身体に負荷を与えると、脳は生死を分ける状況なのだと判断してしまう。そのために、集中力を高めようとするのだという。
面白いのは運動と「記憶力」の関係だ。
たとえばピアノの演奏を記憶するには、実際に何度も弾いて練習するのがいちばん効果的だ。ピアノを弾くという動作を何度も繰り返すと、その動作のための「脳の各領域の連携」が記憶され、強化されていく。
そうやって身体を動かすことが記憶力の強化につながるのだ。これもサバンナ時代の名残だ。実際に狩りで身体を動かすことで、獲物を仕留めた時の身のこなしが記憶されていく。そうすれば狩りに成功することが多くなり、生存確率が高まる。
それだけではない。アメリカのある研究チームの実験結果によると、運動によって、記憶を司る脳の領域自体が大きくなるという。
人間の脳の大きさは25歳頃が成長のピークだそうだ。その後は老化とともに少しずつ縮んでいく。
記憶を司る脳の領域は「海馬」と呼ばれる。海馬も脳そのものと同様に、加齢に伴い小さくなっていく。年に平均約1%小さくなると言われ、歳をとるともの忘れが激しくなるのはそのせいだとされる。
さて、そのアメリカの研究チームによる実験では、120名の被験者を2つのグループに分け、一方には心拍数の上がる持久力系のトレーニングを、もう一方には心拍数が増えない程度の軽い運動のみをさせるようにした。
1年後に被験者たちの海馬の大きさを計測したところ、軽い運動しかしなかったグループに属した被験者たちの海馬は、1年間で平均1.4%縮んでいた。
一方、持久力系の運動をしたグループの被験者たちの海馬は、縮まなかったどころか平均2%ほど大きくなっていた。
すなわち、記憶力の面で若返りをはかるには「運動する」のがいちばんなのだろう。
天才のひらめきや思索に「適度な運動」が一役買う
明治から昭和初期にかけて活躍した、日本を代表する哲学者である西田幾多郎は、毎日のように京都・東山の小径を散策していたそうだ。彼が思索にふけりながら歩いたその小径は、後に「哲学の道」と名づけられた。
また、アインシュタインが相対性理論をひらめいたのは、自転車をこいでいる時だったという。
こうした天才と呼ばれる人物たちは、ただ静かに座って頭を働かせていたわけではないのだ。逆に、散歩や自転車など、適度にバランスよく身体を動かすことで、脳の働きがよくなっていたのではないだろうか。
つまり深い思考や、イノベーションにつながるひらめきには、「運動」による脳の活性化が重要な意味を持っているのではないか。
ただし、疲労を感じるほど過剰、あるいは過激な運動をしてしまうと、かえって脳の働きが鈍るかもしれないので要注意だ。長時間の激しい運動により、血流が脳よりも筋肉に向かうことになる。そうすると脳に十分血液が行き渡らなくなるからだ。
ハンセン氏自身はテニス、サッカー、ランニングなどの運動を、週に5日、最低でも1回45分取り組むようにしているそうだ。これくらいが脳の働きをよくするのに最適な運動量ということだろう。
ちなみに冒頭で、日本の子どもの体力や運動能力の低下傾向に触れた。それと並んで学力低下も問題視され、その一因が「ゆとり教育」にあると言われている。
その反省もあり、近年は「ゆとり教育」をやめ、授業時間を増やすといった学習指導要領の改訂が行われている。しかし、本書に則して考えれば、もっと子どもに運動の機会を与えた方が効果的なのかもしれない。
読者諸兄も、日々の生活に適度な運動の習慣を取り入れてみてはいかがだろう。お子さんがいるのであれば、家族みんなで運動するのも楽しい。そしてそれが頭の良い子を育てたり、脳の老化を防いだりもできるのだから、お薦めだ。