『あざみの歌』は まだ歌えますか

泣いて、笑って、歌って介護!!そんな日常の過去の記録と
新たに今一度自らを見つめてぼちぼちと戯言なりを綴ります。

ブルーカナリ!

2006年01月31日 03時52分15秒 | 日々の出来事
ぼんやりベッドに座っていたかぁちゃんが、ふっと顔をもちあげて私をじっと見た。次に頭を小さく揺らしてリズムを取り始め、「うふふ」と笑った。
お~、なかなかいい感じ!さてさて焦らずに、様子を見ながら聞いて見る。
「ねぇ、これ知ってる?」かぁちゃんは頷いて「うふふっ」と笑って、ワンコーラス目が終わる頃、嬉しそうに言ったのだ「・・・ブルーカナリ!」ひゃは~っ。カナリヤじゃなくって「カナリ」いや~、その方が原曲に近いじゃん。おおおっ!とっても感激。・・・いや、たったそれだけの事なんだけど、これって、かなり嬉しい。早く覚えて一緒に歌う事にしよう。
ここで私が喜んでいてどうなのかって話だが嬉しい時には派手に喜ばないとね。

前回の天疱瘡再々々々出現から二ヶ月。ステロイド剤を徐々に減らして、最後の一つを飲み終わった二日後に新たに出現・・・また一からやり直し・・・う~。
症状が今の所下肢だけなので入院加療は必要ないという事だが、薬のせいなのかどうなのか夜寝ないどころか座らせても数秒で立ち上がってしまう。寝かせても15分ともたない状態が続く。これまでの経験から行くとひどい状態はもうすぐ終わるだろうが、さすがに2時半近くになると、苛々もピークになる。
ショートステイを三日後に控えているので、今回はまだ期限を切れるので楽だけど、このやっかいな皮膚病もいつまで続くかわからないと思うとため息ばかり。まったく、世の中には訳の分からない病が多すぎる。

昨夜あたりから、ようやく膝の痛みで目が覚める事がなくなったので助かった。
ん~、良かった良かった。ついでに今しばらくは生涯稀に見る散財続きとなる予定だしなぁ。お~し、盛り上がって行こう!!
・・・から元気もいつしかほんとの元気になるって事で。
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青いカナリヤ

2006年01月29日 04時12分04秒 | 歌と私と私の祭り
幼い頃、昼寝から起きると必ずと言っていいほど「青いカナリヤ」のレコードがかかっていた。雪村いずみさんのではなく、DINAH SHOREの「BLUE CANARY」。
多分オヤジさんが買ってきたかぁちゃんのお気に入りの中の一枚だったんだろうなぁ。ただ、当時はこれが怖くて怖くて、いつも耳を塞いで泣いていたのを思い出す。おそらく鳥の鳴き声が原因だと思うのだが・・・私は鳥が大の苦手。昔より少しはましになったが、2年程前20数年ぶりに上京した時、古い友人が浅草に連れて行ってくれたのだが、余りの鳩の多さに足がすくんで、目上の方の前であるにも関わらず、取り乱してあらぬ事を口走ってしまった程駄目なのである。・・・ぐぐっ・・・思い出した(涙)
で、この歌、確かにあちこちにカナリヤの鳴き声を模写した音がちりばめられている。聴いてみるとさすがにもう怖くなっかった。まぁ、まだ怖さを感じたら、ちょっと問題だけど(笑)
かぁちゃんに聴かせたら覚えているだろうか、思い出すだろうかと「THE BEST OF S-BAN HOUR 50s」というCDを買った。
「ブルーカナリア」もそうだけど、グレンミラー楽団の「真珠の首飾り」やハンク・スノウの「ムーヴィン・オン」、ハリー・ベラフォンテの「バナナ・ボート」等など懐かしい曲がいっぱいで嬉しい。・・・勿論、私はまだ生まれてなかった時代の歌の筈だけど。
新鮮だったのは「帰らざる河」を改めて聴いたら、マリリン・モンローって意外に声が低かったんだって事。もっと高音のセクシーヴォイスかと思ってた。♪ノーリタン、ノーリタン♪

私の少女時代に母が流行歌と共によくかけていたのが「ANDY WILLIAMS」のヒット曲集。LP盤が見当たらないので、急に聴きたくなって買ってしまった。
ANDY WILLIAMS の声は私も結構好きだった。何せ「YESTERDAY」はビートルズより先にこの人の歌で知ったし「慕情」(Love Is A Many-Splendord Thing)は初めて覚えた英語の歌だった。映画はハッピーエンドじゃないので苦手だったけど。

(う~駄目だ!無理して英語でも書いてみたけど、やはりカタカナにしよ~っと。ゴスペルを始めてから音として聴くのは少しは慣れたけど、英語嫌いは相当な物なので限られた時間で歌詞を覚えるのがいつもとても大変。勉強したらいい話なんだけど、その勉強がまた大嫌い!!けど、使わないとどんどん脳は年老いるらしいので、ぼちぼち考えないとなぁ・・・と思わないでもない。)

本当はクリスマス辺りに届くように、まとめて注文していたCDがドドッと一月遅れで届いた。数枚の取り寄せに時間がかかったようだ。
かぁちゃんに聴かせたいのが二枚と自分の為に・・・枚。わはは!
まだかまだかと思っていたけれど、タイミング的には丁度良かったかな。心も体も元気が出てきそうな予感。

ミッシェル・ポルナレフのベスト盤もようやく入手。
うわぁ、あっま~い♪確かに切なくはあったけど、こんなに甘かったっけ?アンディ・ウィリアムスも甘いけど、甘さの種類がシフォンケーキとチョコレートボンボンくらいに違うもんなぁ・・・。
いや~、この頃ビシッ!ビシッッ!というイメージの曲ばかり(どんな曲だ)聴いていたので、ちょっとドキドキ。3枚続けて聴いた所で何だか少々艶っぽい気分で回顧主義にはしりそうなので、今日はここまで。
いやぁ、なかなか良い気分だわ~。たまには、この手の歌もいいなぁ。
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ゆるりゆるりと

2006年01月27日 03時13分21秒 | 日々の出来事
自転車の夜間点灯は義務化すべきだ!と常日頃から声を大にして言っている。
暗い道を点灯しないで走るのは自殺行為だ!
暗がりで周りから見えていると思ったら大間違いだ!
歩道は歩行者の為の物!我が物顔で自転車が通るのは許されないぞ!
ましてや歩行者が邪魔だとばかりにベルをけたたましく鳴らすなんぞ言語道断!!
おい、そこのかぁちゃん!子供を前後ろに乗せて携帯で喋るな!子供を殺す気か?
と熱く語る。・・・軟弱物なので身内にだけ。

自転車がないと生活できないので、最低限のマナーは守りたいと思っている。
なので、商店街では特に気をつけている。
目の前に手押し車を押してとろとろ歩くおばぁちゃんがいたので、私もとろとろと自転車を進めていた。それがどうも気に入らなかったらしく、追い越しざまにオッサン。いや、おじさん。いや、ジジイが聞こえよがしにほざいた・・・いや、言いやがった・・・くそ~っ・・・おっしゃったのだ。
「ほんまに~、はよ走れんかなぁ、けつが重いん違うか。」(言葉どおりに記す)

「おう、おっさん、今何て言った?」なんて事は礼儀として言わない。
けど、オバサンを舐めたらあかんでぇ。只でさえこっちは近頃虫の居所が悪いのだ。瞬間に頭に血が上って「蹴るぞ!!」とは思ったけど、実行には勿論移さず、一般道に入ってからめいっぱいスピードを上げて無言でおじ様を追い抜かして差し上げた。「ふんっ。」と心の中で呟きながら。
マナーなんてくそ食らえ・・・しかし悪い事はやはりしてはいけないのだ。
おじさんを振り切って、角を曲がった箇所での信号待ち。普段余りスピードを出さないので、ブレーキ共々足ブレーキを思いっきりかけてしまった。
瞬間、鈍い痛みが腰から頭へと駆け抜ける・・・。
「ヤッバイ。」と思った時には既に遅し。以前にも何度か知っている痛みが既にきている・・・あ~ん、腰をやっちゃった。

階段の上り下りに苦痛で顔が歪む。特に下りが~。膝もやっちゃってるから目も当てられない始末。全く何やってるんだろう。
我ながら変な所で意地を張る自分に呆れる。馬鹿としか言いようがない。
かぁちゃんを風呂に入れる時の苦痛たるや・・・でも自業自得だから仕方がない。
性格かえなきゃなぁ、何時までも若くはない。
夜も無点灯の自転車をライトをつけて追い越したりするものなぁ、上りの坂道で。
「ライトを点けないのはスピードが出ないからだ。」なんて事を以前聞いたから。

膝には湿布薬とサポーター。腰にはチャンピオンベルトみたいな腰痛ベルト。これで首に装具を付けたら・・・わはは!プロテクターに身を固めた戦士みたいだ。指先の割れにはテープを巻いたら完璧かも~。
変身スーツみたいな光沢の入った関節保護用の全身スーツがあればいいのにな。

馬鹿な事を綴ってないで早く寝ろって話だが、横になる時や、起き上がった時の痛みを思うと寝るのが億劫になる。・・・痛いのは嫌いだ。
それにしても、自転車という乗り物は健康体の為のものだと痛感している。
ひとこぎひとこぎが何たる苦痛!杖代わりに押して歩く方がまだましだ。

ゆるりゆるりと行かなきゃだめだなぁ。何につけゆるりゆるりと生きなくちゃ。


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ファイヤーマン

2006年01月26日 04時15分04秒 | 歌と私と私の祭り
ギターって、指先がぱっくり開いてる冬の手には・・・。
ありゃぁ拷問に近い物がありますぞぉぉぉ!♪は~るよこい、は~やくこい!♪

数年ぶりに古い楽譜本をぱらぱらめくっていると、過去の記憶が蘇ってしまった。
かぁちゃんとぺこちゃんとのダブルチョップな生活が始まって間もなく、未来に目を向ける事が全く出来なくなった頃、遥か昔に故あって自ら切り捨ててしまった多くの物や人に対する自責の念と共に、様々な過去の記憶に苛まれて随分苦しい思いをした。涙腺崩壊も甚だしく、自分でも狂ったんじゃないかと思うほど、一人になれる場所を探しては号泣していた。今考えれば、単に泣き場所を探していただけだったのだと思うが、何事もその渦中にいる間は冷静になれないのも私の大きな欠点のうちの一つだ。

さて、ファイヤーマン・・・消防士じゃなくって、円谷プロ10周年記念番組の、変身前を角刈りの誠直也氏演ずる、地底からやって来た赤いお目々の大きなあの「ファイヤーマン」である。その主題歌が好きで、大好きな子門真人氏が歌ってるって事もあるけど、最初TVから流れて来た時は歌だけでメロメロのヘロヘロになった。もちろん、今もだけど(笑)
主題歌以外にも歌がある事を知ったのはそれから随分後だったが、何せこずかいでEP盤でさえなかなか買えなかった時代なので、友人の音質の悪いテープからダビングさせてもらった。数年後、学生時代にひょんな事からそのレコードを持っていると、出合って間もない友人が言うので、喜び勇んで借りて帰り何度も何度も繰り返し聞いたっけ。「ファイヤーマン」「炎のように燃えろ」「はるかな青い地底に」・・・もしかしたらもう一曲あったかもしれないが、子門さん歌唱のはこの三曲だったと思う。

で、レコードを返す時に、その子は「あげるよ。」って何度も言ってくれたのに、「そんな大事な物はもらえない。」と、私は頑なに断り続けた。
その友人の困った様な笑顔を今もはっきり覚えている。
それから程なく、彼は学校へ来なくなってしまった。何でも長期入院したと言う。
私の住んでいた場所からは随分遠かった事もあり、一度だけお見舞いに行ったら漫画で埋もれたベッドに座っていて「夜になったら怖くて眠れない。」と言って笑ってた。「また来てね。」と病院の玄関まで送ってくれたのに、それから一、二ヶ月もしないうちに突然逝ってしまった。・・・たった19歳で胃癌だったんだって。
それからしばらくは「ファイヤーマン」が聴けなかった。
随分大人になってCD化され、しみじみと繰り返し繰り返し聴いて感激したけれど、やっぱり思い出してしまう。
・・・どうしてあの時、素直にもらわなかったのだろう。笑顔で「ありがとう。」ってもらっておけば後悔しなくて済んだのに。けど別の意味でもっと悲しかったかもしれないな。

どんな歌にも、人それぞれに深い想い出があるものなのだろう。
かぁちゃんにとって「あざみの歌」は、私が知らない特別な思い入れがあるのかもしれないな、なんてふっと思った。
他の歌の多くは忘れてしまったのに、夜中の1時を過ぎてから突然震える声で歌いだす。しかも二番までしっかりと。これは想像以上に何かあるのかもしれない。
「何があったか言ってみなよ。」って聞いても応えないだろうけど気にかかる。

もしも、私がかぁちゃんみたいになったら、いったいどの歌を最後まで覚えていて歌うのだろう。確率的には間違いなく特撮ソングだろうけど・・・「変われぇ!変われ~っ!!」なんて夜な夜なシャウトしたらどうしよう!
・・・ネタにしかならないじゃないか・・・。

一つ一つの歌に詰め込んだ想いを大切に、ずっと忘れないで歌い続けていけたらいいな。大切に、大切に。
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嘘つき

2006年01月24日 03時25分51秒 | かぁちゃんにまつわる話
私は私。何をうろたえる必要があるのだろうと思う。
そう言って自分を奮い立たせるも、案外相当弱虫なのも確かだ。

かぁちゃんの今の様子を分かってもらえない。
特に嫁いだ先の親族の人たちにはどうしても分かってもらえない。
さんざん説明して、もう帰れないのだと何度言っても信じてもらえない。
私に貼られたレッテルは「嘘つき」・・・おい!
誰が自分の母親がアルツハイマーで、パーキンソンで、自分の身の回りの事もできなくなってるんだって嘘をつかねばならないのだ。
だいたい嘘をついてまで守らねばならない物などない。
早く忘れようと思う。理解を求めようとした自分が馬鹿だったのだと思う。
泣いて済ませればそれでいいのかもしれないが、泣けるかぁ。
目の前の事が手に付かない程うろたえている・・・違う、これは怒りだ。
怒りをぶつける事は出来ないと自覚した上での怒りだ。
少女のような純粋さで、少女の様な残酷さで、少女のような危なっかしさでしか人と接する事が出来なかったかぁちゃんの人間関係を、私は引き継いで行かなければならないのだろうか・・・そんな事は絶対に嫌だ。
心が寒い。あどけなく笑うかぁちゃんの顔を見るのが辛い。辛いのではなく、それもまた怒りに変わる。

・・・え~かげん成長せにゃぁ駄目だぞ!私。

考えて見れば、そんなかぁちゃんだからこそ、可愛がってくれたかぁちゃんの何十年来の友人達でさえ、この病が一時的なものだとしか理解してもらえない事の方が多い。「暖かくなれば元気になるよ。」という慰めが、歯噛みするほど悔しい事がある。「こんな事になる筈がないじゃない。」と言う切なる思いは、私自身が何度繰り返した事か・・・それを完全否定しなければならない現実を分かって欲しい。全て分からなくても、想像して欲しい。
それが無理なら、今の生活に意見するのだけはやめて欲しい。私に出来る最大限の事を背伸びしながらしているのだから。

愛されればこそ、逆に批判される存在であればこそ、かぁちゃんのこれまで生きた人生にそれぞれの思いがあるのだってことは分かる。
けれど、私はかぁちゃんの代わりにはなれない。
私が出来ることは、かぁちゃんの今を大切に見守る事だけだ。出来るだけ感情を押し殺して、出来るだけ笑顔で・・・これ以上何をせよと言うのだ。
もしかしたら、私は生きる事に随分甘いのかもしれない。
あ~ぁ、今日はマイナーな歌しか浮かんでこないなぁ。

ここ数年、身に沁みて「泣けるってことは幸せなのだ。」と思う。
涙が流せるという事は、嬉しいにつけ悲しいにつけ心のバランスを保つためには大切な事なんだと思う。だから一人で泣く事にもう躊躇はしていない。
ふむ、いっそ人前で泣き喚いてやろうか!・・・お前も蝋人形にしてやろうか!!
・・・なんのこっちゃ。

思いっきり愚痴ってしまった・・・ごめんなさい。
嫌な事はさっさと忘れてしまおう。はっきり言って、そんな事で悩んでいる暇などないのだから。うお~っし!!頑張るぞ~!!
何年かぶりにギターケースを開けよう。近所迷惑だろうがなんだろうが歌うぞ!
まずは、久々に「うらみます」なんぞを・・・うふふっ。
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重い・・・。

2006年01月23日 02時25分22秒 | 歌と私と私の祭り
体が重い。ええ、ええ、体重はそれは人様より重いです。分かっています。

ここん所膝っ子増がすねてご機嫌斜めなのか、貴重な睡眠時間の邪魔をする。
痛みで目覚めるのはあまり気持ちがいい物ではないなぁ。わわっ!!
(突然、楳図かずお氏の“チチチとまた呼ぶ”だったっけ?題名の記憶は定かではないが・・・を思い出して一人怖がるのだった)
しかし、何事にも邪魔されず眠りたいだけしっかり眠れると言うのは若い証拠だと思う。「今日は寝るぞ!!」と意気込んでも熟睡できないは、いつもと同じ時間に目覚めるは・・・。こんな所にも年齢を感じてしまってちょっとへこむ。

世間から疎くなっているという事が時折たまらなく不安になる。
かぁちゃんにしろ、ぺこちゃんにしろ、差し出したこの手には必ず確かな手ごたえがある。というより差し出す術がわかっている事の方が多い。それは、私に分かってしまう程双方が無防備だという事だ。
けれど多くはそう簡単ではない。支えたくても、手を差し伸べたくても、その術が分からない事ほど悲しい事はない。望んでいる事がわかっているつもりなのに的を得ないですれ違うもどかしさ・・・。
本当はそういった事の方が多いのが人の世の筈。
いつの間にか人との関わり方に対しても疎くなっているようで心が重い。

あ~ぁ・・・たまらなく歌いたい気分だ。自分だけの為に。
ひびきさんも終わってしまったし、そう言えば「始まりの君へ」をまだ歌ってなかったなぁ・・・そうだ、今週中に久々に一人カラオケに行って来るとしよう。
どうも歌う事を逃げ場にしているようで、歌に対して申し訳ない気もしないではないが、漂流し始めた心の軌道修正には必要不可欠なので、歌って再びGO!しよ~っと。ファイトだ~っ!と叫ぶ元気を取り戻さねば。




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チン!

2006年01月20日 03時42分40秒 | 日々の出来事
「あれ、食べたいわぁ。」と数日前からかぁちゃんは虚空を指差す。
あれまぁ、また何か見えてるのかなぁと私は辺りをきょろきょろ探す。
「どれ?」「あれ!」「どこ~?」「あれっ!」という会話を繰り返しながら、
や~っと見つけた。デイサービスのクリスマス会の時の写真だ。
かぁちゃんの机の前には写真やカードを何枚か貼っているが、その中にクリスマス会の時のご馳走を前に、嬉しそうに笑っているかぁちゃんの写真がある。
近頃ではめったに見られなくなったとびっきりの笑顔で私もお気に入りの一枚だ。

かぁちゃんは、ディサービスが大好きだ。
行って、何をしている訳でもなく近頃はとろとろと寝ているだけのようだが
それでも休みの日には「今日はどこへ行くの?」と外出しない事を不思議がる。
接してくださる職員さん達が気に入っているらしく、名前もしっかり覚えていて、(時々ごっちゃにはなるが)自分の居場所だと思っているのかデイのある日は随分穏やかな表情をしている。
ショートステイを利用し始めてそろそろ一年、最初は一泊だったのを何とか四泊に出来るようになったか、まだか・・・という微妙な所。
団体生活は元々苦手なのだが、ショートから帰って機嫌が悪かったり様子がおかしかったりするのは、デイサービスに行けないんじゃないかという不安からだって事がようやく分かって来た。

さて、そのご馳走を前にした写真は二枚あるのだが、ぺこちゃんがデイから帰ってくるので、一度帰宅してから戻ってみると・・・。
ないのだ。その写真が二枚とも綺麗にはがされている。そのうち一枚は机の下に落ちていたのだが、笑顔の写真の方がどこにも見当たらない。
「さては、また食べちゃったかなぁ。」とかぁちゃんの口を覗き込んだがない。
吐き出した痕跡もないし、でも写真はすぐには飲み込めないよなぁ・・・。

今朝、ミルクを温めようとして電子レンジをあけて、しばし沈黙。後は大爆笑!
・・・探していた写真が入っていた。
しかも無造作にではない。ターンテーブルの中央に、天地もきっちり、かぁちゃんがレンジの中にとびきりの笑顔でいたのだ。
かぁちゃん!!写真の中のご馳走が、チンッ!して食べれると思ったの?

かぁちゃんが頭の中で見たり聞いたりしている事を映像化できたら、めちゃくちゃ面白いだろうなぁ。
常にふきだしが頭の横っちょに出ていて、かぁちゃんが感じている世界が映し出されている・・・何て事をつい想像してしまった。
いやぁ、たくさん笑わせていただきました。



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気付かなかった罪(間違いの素)

2006年01月18日 03時24分37秒 | 気付かなかった罪
オヤジさんが二度目の借金をして再び家を失ってすぐかぁちゃんは離婚した。

あ~、変な事を思い出した。
かぁちゃんの離婚届を出す為に役所に向う途中、ジョギング中の高石ともや氏に偶然出会った。「高石ともやとザ・ナターシャーセブン」のあの高石氏である。その少し前に「陽の当たる道」だったっけか?アルバムを聴いて妹と歌って遊んでいた事もあり思わず声をかけてしまった。
私は背中に一歳になったばかりの息子を括り付け、左手に親の離婚届の入ったバックを持ち、もう一人の息子をベビーカーに乗っけて右手は高石氏とがっちり握手。
隣で項垂れてとぼとぼ歩くかぁちゃんを尻目にルンルン気分になったっけ。だって、なんだか良い事がありそうな気がしたんだもの。
あの時、信号待ちをしながら「ぼくの事知ってるの?」と人懐っこい笑顔で接してくれた高石ともや氏は今も歌にマラソンに元気に頑張っておられる。ステキだ!!

あれ、話が完全にそれてしまった(笑)
その時は、今が最低の時期だと思っていたし、これ以上は悪くはならないと信じていたので私は結構お気楽だったのだが、かぁちゃんはそうじゃなかった。
半同居生活をしながら我が家の近くで仕事を見つけて、うだうだ言いながらもしばらくは頑張っていたのに、五年後、老後の生活が不安でならないと、私に内緒で友達に進められるまま見合いをし、相手の事も詳しく知る時間も惜しんでさっさと再婚を決めてしまったから、びっくりするのなんの・・・かぁちゃんの友人の「私に内緒にしなさい。」というアドバイスその物に激怒して、私は猛反対した。かぁちゃんの性格を考えるとうまくいく筈なんてない思ったからだ。「嫁に行くなら二度と家へは戻ってくるな!」と啖呵を切ったが、結局程なくして私はかぁちゃんを嫁に出す事になってしまった。

大きな希望を持って嫁ぎ、それなりに重宝がられて「もしかしたら幸せに年を重ねられるのかな。」と最初の頃は私も安心して見ていたのだが、結果的に世の中そうそう甘いものじゃない。
夢見る夢子さんは夢破れて毎月のように我が家に里帰りをし・・・ついに自律神経失調症から心身症と医者に言われるようになった。
それから10年、紆余曲折を経て、連れ合いが亡くなるまで、かぁちゃんは頑張った。最終的には夫の下の世話をして見送ったのだから、かぁちゃんなりに必死で頑張ったと思う。その間には私たちを巻き込んでの大騒ぎは何度もあったが、そっちは忘れたいので、既に忘れてしまった(苦笑)

間違いの素というのは、この心身症という類の心の病がアルツハイマーの発見をかなり遅らせてしまった事だ。
アルツハイマー関連の事を調べていて分かった事は、今考えれば明らかにその初期症状だったのにも関わらず、側で生活していなかった事を言い訳にしたとしても、余りにも無責任に、全てのかぁちゃんの異常な言動をその心の病のせいにしていたのだから、これはもう私の失態に他ならない。
本当にその時は心の風邪は環境が変われば必ず治ると信じて疑っていなかった。
・・・かぁちゃん、ごめんね。こればっかりは私が大馬鹿だったよ。


阪神淡路大震災から11年が経った。
我が家は震源地からは遥かに離れていたが、それでも震災後しばらくは多くの家の屋根にブルーシートがかかり街の風景は一転した。
数日後、リュックに水や食料を詰めて被災地に足を踏み入れた背の君は帰宅してから言葉少なく語り、私達はそれに対して祈ることしか出来なかった。
何が起きるかわからない。今日と同じ明日があるなんて分からないんだと思い知らされた筈なのに、時の流れと共にその思いが風化していく。
それではいけない。こんな事じゃいけない。ぼんやりしていてはいけない・・・。

今改めて、黙祷を捧げます。




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ジャンプ!

2006年01月16日 03時16分59秒 | どうでもいい話
雲一つない深夜の空、自転車置き場でしばし我を忘れて月を見上げてしまった。
あんまり・・・本当にあんまり綺麗だったので、うっかり息をするのを忘れてしまって、ふっとなって我に返った・・・。
「違うだろ~!家に帰り着くまで寝るんじゃないぞ~!」

あの月を眺めながら眠れたら、きっと空を飛んでる夢を見るに違いない。
誰もいない道で見上げていると、その姿と輝きを独り占めしているようでちょっと嬉しい。かなり贅沢・・・(電線が邪魔なんだよな~、日本の空は・・・。)
あぁ、何だか本当に空を飛べそうな気がしてきた。月光に酔ったかな?

ん~、確かに重すぎて飛べないだろうが、それでも夜空に向ってジャ~ンプ!!
ちょっと待て、本当に誰も見てなかっただろうな?
月夜に跳ねる子豚のジャンプ・・・。んふふ~、子豚じゃないけど~。
あ~、駄目だ。ほんとに酔っぱらてるみたいだ。
さっさとお風呂に入って寝よう・・・夢で会えるといいな、白く輝くお月様。


・・・我ながら、かなりの少女趣味(笑)
月に代わっておしおきされないよう現実をちゃん見極めるとしよう。
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怖いよ~。

2006年01月14日 04時07分17秒 | どうでもいい話
これまでどうだったのかと聞かれると、全く覚えていないのだ。
だけどここ数日、学校の最上階の教室が・・・いや、トイレかもしれない・・・。
真っ暗な校舎の中で、その一部屋の窓だけが蛍光灯の明かりで白く光っている。
へ?と思って一日目は過ぎた。んん?と思いつつ二日目も過ぎた。
けど、こう毎日じゃぁ消し忘れなんて事はないのだろうし・・・だったら何故?

自慢じゃないが私はかなりの怖がりである。ホラー映画なんて絶対に見れない。
まかり間違って目にしようものなら、それからしばらくは怖くてあたりをきょろきょろし、髪を洗うのも目を開けたままでないとおっかなくてどうしようもない。
作り物だって分かってても駄目な物は駄目!怖いのは絶対にやだ~っ!!

帰り道に学校通りを走り抜ける。
昼間の喧騒とは打って変わって静まり返った広い黒い空間になっている。
以前にも何度か、植え込みが人影に見えて「ひゃ~っ!」と慌てて駆け抜けたり、
逆に植え込みが動くから「ぎえ~っ!」と思ったら人だったり、なかなかスリル溢れる楽しみを与えてくれる場所である。・・・楽しくないよ~。
怖けりゃ見なきゃいいのに、今日もまた一つだけ明かりの灯る教室を確かめてしまった。勿論何事もない・・・。

だけど・・・。もしも、人がこちらを覗いていたら何としよう・・・。
ぎゃ~っ!!いやだ~っ!!・・・駄目だ!いらぬ想像をするからいけないのだ。
明日の夜はとびきり明るい歌を歌って通り過ぎる事にしよ~っと。
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