ベッドの傍の灯りが及ぶ範囲の外には、四十歳ぐらいの女が質素ながら清潔な身なりで木の編み棒を手に編み物をしていた。
「ヴィクトール・シュパンさん?」とフォルチュナ氏が尋ねた。
聞き慣れた声を耳にした若者が飛び上った。彼は直ちにランプからシェードを取り、驚きを隠そうともせず叫んだ。
「フォルチュナさんじゃないっすか! こんなとこに、こんな時間にどうしたんすか? 何か、あったんすね?」
それからすぐに、いつもの態度とはがらっと違う落ち着いた調子で言った。
「おっかさん、こちらはおいらの御主人の一人で、イジドール・フォルチュナさんだよ。おいら、取り立てのお手伝いをしてるんだ」
編み物をしていた女性は立ちあがり、深々とお辞儀をして言った。
「息子の働きぶりにご満足いただけているとよろしいのですが。ちゃんと真面目にやっていてくれればと」
「ああ、もちろんです」とフォルチュナ氏は答えた「もちろん……ヴィクトールは最も優秀な部下の一人です」
「それを伺って安心いたしました」と母親は答えて腰を下ろした。シュパンもまた顔を輝かせた。
「うちのお袋はしっかり者でしてね」と彼は言った。「今のところは殆ど目が見えないんすが、半年も経たないうちに窓から道路の真ん中に落ちているピンまで見えるようになるそうです。お袋を診てくれたお医者さんがそう言ってくれました。そうなったら、俺たち万々歳っす。ま、しかしどうぞ座ってくださいよ。なにか飲み物でもさしあげましょうか?」
確かに、一度ならずシュパンは自分には面倒を見なければならない人間がいる、と言っているのを聞いてはいたものの、フォルチュナ氏は不意を突かれる思いだった。この住まいから発散している正直者の香り、この下層階級の母親の凛とした物腰、それに息子の母親に対する思いやりと愛情に溢れる態度に彼はまごついた。この若者の日頃の物言いや態度はどう見てもごろつきのそれだと思っていたのに。
「ああ有り難いが、ヴィクトール」と彼は答えた。「食事を済ませてきたばかりなのでね、何もいらないよ……実は大事な仕事の話があってやって来たんだ。緊急の仕事で」
シュパンはすぐに二人だけで話をしたいという意味だと理解した。彼はランプを取り、ドアを開けると、金融家が重要な顧客を自分の執務室に通すときのような勿体ぶった口調で言った。
「では恐れ入りますがこちらの私の部屋にいらして頂けますか?」12.24