エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IX-15

2023-10-22 11:44:53 | 地獄の生活
下男はまた、子爵の青い天鵞絨の部屋着、毛皮の裏地の付いたスリッパ、果ては就寝時に身に着ける絹の飾り紐の付いたシャツまで見せてくれた。
しかしシュパンが息をのみ、呆気にとられたのは化粧室だった。巨大な大理石の化粧台を見たとき、彼は口をポカンと開けて立ち尽くしてしまった。そこには三つの流しがあり、あらゆる種類のタオル、箱、壺、ガラス瓶、皿が並んでいた。またブラシは、柔毛、剛毛、顎鬚用、手用、マッサージ用、口髭のためのオイル塗布用、眉毛用、などがダース単位で揃えてあった。身だしなみ用の奇妙な道具類がこのように勢ぞろいしているのを、彼は今までに見たことがなかった。銀製のものも鋼鉄製もあったが、ピンセット、ナイフ、小刀、ハサミ、研磨器、ヤスリ、柳葉刀、等である。
「まるで足治療医か歯医者みたいっすね」と彼は下男に言った。「お宅のご主人はこういうの全部、毎日使われるんすか?」
「もちろんさ……しかも二回使うことが多いかな……身だしなみのためにね」
シュパンはしかめっ面を抑えることが出来なかった。そして皮肉な驚きを込めて言った。
「ひえ! さぞかし綺麗な肌になるっしょね!」
召使たちはどっと笑い声を上げた。それから門番の方が下男に示し合わせるような視線を向けてから、半分声を潜めて言った。
「男前でいることが、ここの旦那の仕事なのさ」
おお、重要な言葉が漏らされたではないか!
このまるで偶像の神殿のように優美さと洗練を追求した住居が柔らかで官能的な贅沢さを備えているのが何故なのか、シュパンは自分の予感が当たっていたことを確信した。
花台を取り替えている間、すなわち門からアパルトマンの間を十回ほども往復する間、シュパンは門番と下男の間で交わされる会話をこっそり聞き、言葉の断片から奇妙な事実が次第に明らかになっていった。ある植物をどこに置いたら良いかという議論が持ち上がると、常に下男の方が断固たる口調で、男爵夫人はこちらの場所に置いた方がお好きであるとか、このように配置するのがお好みである、などと言って結論を下し、男爵夫人から与えられた指示に従わねばならない、とも言っていた。
このようなやり取りを聞いていたシュパンは、どうやらこれらの植物が男爵夫人なる人物から送られてきたものであり、彼女はこのアパルトマンに何らかの権利を持っているのだと結論付けた。しかし、その男爵夫人とは一体誰なのだろう?10.22
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