エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IX-13

2023-10-13 10:54:40 | 地獄の生活
「ああ、もちろん、何か厄介なことで来たわけじゃありませんよ」と彼は答えた。「つまりこういうことでして。マドレーヌのパサージュ(マドレーヌ寺院のある広場から始まるガラス屋根のアーケード)を歩いていると凄い綺麗なご婦人が俺を呼び止めてこう言ったんです。『ド・コラルトさんはダンジュー通りに住んでいらっしゃるってことだけど、私は番地を知らないの。まさか一軒一軒尋ねて歩くわけに行かないから、お願い、もしあなたが彼の住所をここまで知らせにきてくれたら百スーあげるわ!』 そんなわけで百スー頂き、ってわけなんですよ」
パリっ子ならではの豊富な経験を活かし、シュパンは今の場面にぴったりな言い訳を選んだので、聞いていた二人はどっと笑い出した。
「聞いたかい、ムリネ爺さん!」と赤いチョッキの召使が叫んだ。「爺さんの住所を知るために百スー出すような凄く綺麗なご婦人なんているかね?」
「そりゃいねぇな。けど、お前のためにこんな花を送ってくる女だっていやしねぇ……こんな珍しい花だぞ!」
シュパンは敬礼して立ち去ろうとしたが、門番が引き留めた。
「お前さん、手間賃を稼ぐのが上手そうだな」と彼はシュパンに言った。「こういうのはどうだい、ここにある花の鉢を全部三階まで運んでくれたら俺たちの手間が省けるんだがな。ワイン一杯でどうだい?」
シュパンにとってこれほど歓迎すべき提案があったろうか……? 自分の思惑がこのように上手く行ったことに気を良くしていたとは言え、まさかド・コラルト氏の家の中にまで入れるとは夢にも思っていなかったのだ。
赤いチョッキの召使が子爵の世話をする下男であろうということは、訳なく推察できた。従って花の鉢を運んで行く先は子爵の部屋であろうことも……。
しかしシュパンは喜びを押し隠した。喜んで飛びつくのは不自然に見えるであろう……。
「ワイン一杯、ねぇ」と彼は不満そうな口調で答えた。「二杯、と言ってくれたら……」
「よし!そんなら、一瓶まるごとってことにしてやるよ、小僧!」と、費用を他人の懐に委ねられる者の気前の良さで、愛想よくにこにこしながら下男が言った。
「よしきた!」とシュパンは叫んだ。「乗った!」
 少年時代、花売りをして稼いでいたとき身に着けた巧みさで複数の鉢を抱え上げながら、彼は付け加えた。
「どこへ持ってくか、案内をしてくださいよ」
下男と門番が階段を先に上っていった。当然のこととして自分たちは何も運ばず、三階まで来るとドアの一つを開けて言った。10.13

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