しかし彼女のそのような感情は全く表には出なかった。気品ある美しい顔の筋を一本も動かすことはなく、目は誇り高く澄んだままだった。内心は緊張で一杯だったが、澄んだよく響く声で彼女は言った。
「わたくしはド・シャルース伯爵に後見を受けておりました者でマルグリットと申します。貴方様はわたくしの手紙を受け取って下さいましたか?」
フォルチュナ氏は、結婚相手を探すために出かけて行くパーティでするような、この上ない優雅さでお辞儀をし、やり過ぎなほど気取り返ってマルグリット嬢に椅子を勧めた。
「お嬢様のお手紙は確かに届いてございます」と彼は答えた。「お越しをお待ち申しておりました。私どもに信頼を寄せて頂くとはまことに名誉なことと存じます。お嬢様から以外の依頼はすべて断ってございます……」
マルグリット嬢が座ると、しばしの沈黙があった。双方が相手を観察し、なんらかの判断を下そうとしていた。フォルチュナ氏の方は少し戸惑いを感じていた。この威厳に満ちた美しい令嬢が、あの製本職人の工房にいた少女であったとは俄かに信じられなかった。だぶだぶのサージの作業着を着、乱れた髪で、紙の裁断作業から出る裁ち屑を全身に浴びていたあの少女と同一人物だとは。
マルグリット嬢の方では、この男を頼ったことを後悔する気持ちであった。というのは、相手を観察すればするほど、何かいかがわしく、信用できないものを感じ取ったからである。このいかにも物柔らかな紳士然とした偽善者よりは、世間からはみ出した悪党のような男の方がまだましに思えた……。
彼女が口を開くまでに間を置いたのは、フォルチュナ氏が傍らの作業着姿の若い男を下がらせるのを待っていたからだった。彼女には何故彼がここにいるのか理解できなかったが、シュパンの方はうっとりとした表情で無言のままその場に立ち尽くしていた。視線はずうっと彼女に釘づけになっており、その目には大いなる驚きとこれ以上ないほどのあからさまな賛嘆が現れていた。いくら待っても埒が明かないので、彼女は口を開いた。
「わたくしが参りましたのは、ある重要なことで貴方様にご相談があるからでございます。それも、ごくごく内密にお願いしたいのです」
シュパンはその言葉の意味を理解し、顔を赤らめ、出て行こうと一歩踏み出した。が、フォルチュナ氏は親愛のこもった身振りで彼を押し留めた。
「ヴィクトール、ここに居てくれ」
それからマルグリット嬢の方を向いて言った。
「この青年から秘密が漏れるようなことは決してございません。その点はご安心くださいませ」と彼は言い切って、更に続けた。「いろいろな方面の情報収集をこの者にさせておりまして、もう既に大いにお嬢様のお役に立つような情報をもたらしてくれました」
「え、どういうことなのか、よく分かりませんけれど……」とマルグリット嬢は呟いた。
『相続人探し人』たるフォルチュナ氏の口元に御機嫌取りの微笑が漂った。
「つまりはこういうことでございます、お嬢様。私は既にお嬢様の案件に取り掛かっているのでございます。お手紙を頂いてから一時間後には、私はもう調査を開始していたというわけでございまして……」
「でも、わたくし、まだ何も申し上げておりませんけれど……」2.3
「わたくしはド・シャルース伯爵に後見を受けておりました者でマルグリットと申します。貴方様はわたくしの手紙を受け取って下さいましたか?」
フォルチュナ氏は、結婚相手を探すために出かけて行くパーティでするような、この上ない優雅さでお辞儀をし、やり過ぎなほど気取り返ってマルグリット嬢に椅子を勧めた。
「お嬢様のお手紙は確かに届いてございます」と彼は答えた。「お越しをお待ち申しておりました。私どもに信頼を寄せて頂くとはまことに名誉なことと存じます。お嬢様から以外の依頼はすべて断ってございます……」
マルグリット嬢が座ると、しばしの沈黙があった。双方が相手を観察し、なんらかの判断を下そうとしていた。フォルチュナ氏の方は少し戸惑いを感じていた。この威厳に満ちた美しい令嬢が、あの製本職人の工房にいた少女であったとは俄かに信じられなかった。だぶだぶのサージの作業着を着、乱れた髪で、紙の裁断作業から出る裁ち屑を全身に浴びていたあの少女と同一人物だとは。
マルグリット嬢の方では、この男を頼ったことを後悔する気持ちであった。というのは、相手を観察すればするほど、何かいかがわしく、信用できないものを感じ取ったからである。このいかにも物柔らかな紳士然とした偽善者よりは、世間からはみ出した悪党のような男の方がまだましに思えた……。
彼女が口を開くまでに間を置いたのは、フォルチュナ氏が傍らの作業着姿の若い男を下がらせるのを待っていたからだった。彼女には何故彼がここにいるのか理解できなかったが、シュパンの方はうっとりとした表情で無言のままその場に立ち尽くしていた。視線はずうっと彼女に釘づけになっており、その目には大いなる驚きとこれ以上ないほどのあからさまな賛嘆が現れていた。いくら待っても埒が明かないので、彼女は口を開いた。
「わたくしが参りましたのは、ある重要なことで貴方様にご相談があるからでございます。それも、ごくごく内密にお願いしたいのです」
シュパンはその言葉の意味を理解し、顔を赤らめ、出て行こうと一歩踏み出した。が、フォルチュナ氏は親愛のこもった身振りで彼を押し留めた。
「ヴィクトール、ここに居てくれ」
それからマルグリット嬢の方を向いて言った。
「この青年から秘密が漏れるようなことは決してございません。その点はご安心くださいませ」と彼は言い切って、更に続けた。「いろいろな方面の情報収集をこの者にさせておりまして、もう既に大いにお嬢様のお役に立つような情報をもたらしてくれました」
「え、どういうことなのか、よく分かりませんけれど……」とマルグリット嬢は呟いた。
『相続人探し人』たるフォルチュナ氏の口元に御機嫌取りの微笑が漂った。
「つまりはこういうことでございます、お嬢様。私は既にお嬢様の案件に取り掛かっているのでございます。お手紙を頂いてから一時間後には、私はもう調査を開始していたというわけでございまして……」
「でも、わたくし、まだ何も申し上げておりませんけれど……」2.3
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