エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-IX-6

2021-04-11 10:22:50 | 地獄の生活

『伯爵、御覧のように』と修道院長は彼に私を見せながら言いました。「すべてあなた様のご指示どおりに致しました」

『感謝します、シスター』と彼は言いました。『他の皆さんにも感謝をお伝えください』

それから私の方を向いて言いました。

『マルグリット、お別れの挨拶をしなさい……修道女様がたに。これからも決して忘れることはありませんとお伝えするのだよ……』」

マルグリット嬢の声が途切れた。大粒の涙が零れ落ち、彼女の声は殆ど聞き取れぬほどになった。が、すぐに気を取り直し、先を続けた。

「この瞬間に初めて、自分が修道女様がたをどんなに愛していたかよく分かりました。ときには殆ど悪口を言ったことさえありますのに。この孤児院、ここにいる孤児たち全員、捨てられた惨めな運命を共にしてきた仲間に対し自分がどれほど愛着を持っていたか、身に染みて分かったのです……。私の心は張り裂けそうでした。いつもは感情を表にお出しにならない修道院長様も私と同じぐらい心を動かされておいでのようで、涙が……。私は小さな存在ですし、偶然の出逢いではありますけれど、彼女はその愛情の一部を私に注いでくださっていたのです……。

ついにド・シャルース伯爵が私の腕を取って私を連れて行きました。通りには一台の馬車が停まっていて、それは私を迎えに仕事場まで来たあの馬車ほどは立派ではありませんでしたが、鞄やトランクを十分積み込めるほど大きなものでした。それは灰色の四頭の馬に繋がれており、パリの駅馬車の制服を来た御者たちが御するのでした。

『さあ乗って』と伯爵が言いました。私は従いましたが、まるで死人のようでした。座るよう指定されたのは奥の座席でした。伯爵自身は私の向かい側に座りました。ああ、このときの気持ちと言ったら!それからどんなに年月が流れようと、思い出すだけで心の底から強くこみ上げてくるという、そんな感情があるものです。孤児院の門のところにはシスターたちが全員集まっていて涙に暮れていました。修道院長でさえ涙を隠そうとしませんでした。

『さようなら!』と彼女たちは叫んでいました。『可愛い子、さようなら……私たちのことを忘れないでね……私たちはみなお前の幸せを祈っているよ』

でも神はその声をお聞きにならない運命でした。

ド・シャルース伯爵が合図をすると従者が馬車のドアを閉め、御者たちが鞭を当てると、重いベルリン馬車が全速力で動き出しました。

賽は投げられたのでした。このときから私と孤児院の間には深淵のようなものが出来ました。あの孤児院には、生まれてすぐ半死のような状態でおくるみにくるまれて連れて来られたとのことです。そのおくるみの四方の端は切り取られていました……4.11


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