パスカルがマルグリット嬢のことを酷く話しづらそうにしているのは明らかで、殆ど嫌がっているようにさえ感じられた。真の情熱の奥には常に秘密にしておきたい欲求があり、純潔な愛情にはベールを脱いで明らかにしたくないという恥じらいがあるものだ。フェライユール夫人はこのことを理解できる人間だった。しかし彼女は母親であり、息子が愛情を向ける対象への嫉妬があった。今までは彼女が独占していた息子の心に突然入り込んできたこの競争相手のことを詳しく知りたいと思った……。彼女も女だったので、他の女への敵愾心や疑いの気持ちがあった。そのためパスカルの感じている気まずさに同情することもなく、詳しく話をするよう強要した。
「御者には五フラン渡して急いでくれるよう頼んでいました。馬は速掛けで走っていましたが突然ド・シャルース邸の前まで来ると奇妙な変化が生じたのです……外を見ると邸の前の道には一面に藁が分厚く敷き詰められているのが分かりました……。
そのとき僕の感じた不吉な思いをとても口では説明できません……突然身体中から冷たい汗で吹き出しました。苦しんでいるマルグリットの姿が稲妻の光の中に浮かんで見えるようでした……死にかけている彼女、僕から離れたところで僕の名前を呼びながら……。
馬車が停まるまで待ちきれず、僕は地面に飛び降りました。ド。シャルース邸の門番に亡くなったのは誰なのか尋ねようと駆け出しそうになり、無理やり自分の身体を抑えねばなりませんでした。
予想もしていなかった問題です。直接自分で行ってマダム・レオンを呼び出して貰うことは出来るだろうか? 答えはノンです。では誰を差し向けたらいいか?こんな時間なので、いつもなら道のどこかにいる使い走りも一人もいません。界隈の酒屋の小僧に頼むことなど出来る筈もなし。ところが幸いにも私を乗せた馬車の御者が---この馬車の御者なのですが---気の利く男で、自分が伝令を引き受けると言ってくれたのです。その間彼の馬を見ていてくれたら、と。
十分後、マダム・レオンが出てきて私の方に歩いて来ました。彼女のことは、マルグリット嬢がリュクサンブールの近くに住んでいたとき一緒のところを何度も見ていたのですぐ分かりました。マダム・レオンの方でも僕がしょっちゅう家の前を通るのを見ていたので、僕のことが髭を落としていてもすぐ分かったようです。
彼女の最初の言葉『ド・シャルース伯爵がお亡くなりになりました』というのを聞いたとき、どれほど重圧から解放されたことか。僕はやっと楽に呼吸が出来るようになりました。
でも彼女はとても急いでいたので、詳しいことは何も教えてくれませんでした……。11.29