突然自分のものになったこのアパルトマンをウィルキー氏がじっくり見て回りさえしたなら、この場所が愛情をもって設えられたことがおそらく彼にも分かったであろう。そこにあるすべての調度品は新品でありながら血の通った温かみがあった。注文すればすぐ手に入るような、大抵は値段と家具商の好みに応じた冷たい家具付き住居とは違っていた。些細な点にまで女性の細やかな愛情に溢れた手が行き届いていた。先々まで前もって配慮する母親の優しさが感じられた。若い男を喜ばせそうなちょっとした贅沢品は一つとして忘れられていなかった。西インド諸島産の高級木材の煙草入れにはロンドレス葉巻が入れてあり、テーブルの上や暖炉の上にはタバコの一杯入った壺が置いてあった。
ウィルキー氏にはこれらすべてに気づく時間が十分にあった筈だ、本当に! ところが彼は急いで五百フランをガゼット財布(ズボンの帯革の中に入れるようになっている小さな財布)に流し込み、残りの財産は引き出しにしまうと外に飛び出して行った。まるでパリ全体が彼のものになったかのように、あるいはそれを買う金を持っているかのように意気揚々として。こうなるとこの解放感を共に祝ってくれる誰かが欲しくなり、彼はルイ大王高等学校で一緒だった仲間を探しに行った。そのうちの二人が見つかった。一人は順調に事が運んでいなくて、もう一人は一年半ぶりの再会だったが、彼の全財産である四万フランほどを使い果してしまっていた。ウィルキー氏には大層プライドの傷つくことだったが、自分が生まれて初めて自由を手にしたということを二人の古い友達に打ち明け、気まずそうにした。彼らの方では全く動じることなく、パリに住む気の利いた若者ならこうでなくちゃ、という生き方を必ず教えてやると約束した。そしてその証拠に、彼らはウィルキー氏が熱心に誘った夕食への招待を受けた。それは豪勢な夕食だった。他の友人たちも加わり、最後に少しばかり健全なバカラをし、夜はダンスをした。
明け方になり、初めてのバカラの授業料を払ったウィルキー氏はポケットの金がすっからかんになっているのを発見した。四百フランなにがしかの勘定書を突き付けられ、彼はレストランの給仕に付き添われ自宅に戻ってその金を取って来なければならなかった。
このような最初の試練で、彼はうんざりするか、少なくとも反省をしてもよかったのだが……そうはならなかった。柔弱な放蕩者たちや厚化粧の女たちの中で、彼は自分が水を得た魚のように感じていた。自分はここに留まり、ここで名を上げるか、実力者になってみせると自分に誓った。言うは易く行いは難し、の好例であった。一カ月経ち、彼は四半期分として貰ったお金の五千フランがまだ残っていると思っていた。ところが残っていたのは十五ルイと小銭だけだった。一年に二万フランというのは、どのように生活するかによって大金にもなるし、はした金にもなる。11.10