アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

トースとダンテスの合体と伊都能売(いづのめ)-1

2023-05-25 16:22:57 | 究極というものの可能性neo

◎先行モデルとしてのアトランティス

(2021-08-11)

 

ダンテス・ダイジの語るトースとは、アトランティスの聖王。ダンテスとは、政教一致のアトランティスの神の宮 の13人のリーダー(超人)の一人だが、後に神の宮アメンティを離れ放浪する。これで12人+1人となる。

 

これでトース側12名とダンテス1名と別れたので、両性分離の嚆矢となった。

アトランティス時代にも黄金時代があり、黄金時代から時代が悪化する流れの始まりは、男女、陰陽、善悪など二元の分離から始まった。

この分離からしばらくしてアトランティス大陸は沈没し、アトランティス文明は滅亡。文明滅亡前夜にアトランティス密教のリーダー達は、エジプト、ギリシア、日本、中米、北欧などに別れて、古伝承、神話などを残し、それから1万2千年後の現代に再び人類滅亡の危機を迎え、その後にアトランティス時代を凌ぐ世界的に広がる黄金時代、至福千年、千年王国の到来を予見している。

ダンテス・ダイジは、フロリダ沖に再度浮上するネオ・アトランティスに再誕する予言を残している(今生を短縮したことで残しておいた寿命を用い)が、その際、トースとダンテスが合体してやって来るとも予言。このトースとダンテスの合体こそが伊都能売。

古事記に一行だけ神名が書かれてあって、日本書紀には記述のない伊都能売神。

だが伊都能売(いずのめ)神とは、古神道家出口王仁三郎の唱える重要な高級神霊であり人間でもある。伊都能売神こそは、男女両性具有であって、出口王仁三郎の云うところの厳(いづ)と瑞(みづ)の合体形なのである。

こうした伊都能売神を出口王仁三郎は、慈悲の本源であり、愛の神であるとする。更に伊都能売神こそが、またの名を観世音・観音といい、木花咲耶姫命ともいう。伊都能売神には既に男女の区別なく、善悪を超越し且つ審判思想を打破する、大愛大善大慈悲神である。大善大慈悲と言えば、天国のイメージだが、審判思想を超えているとは、天国も地獄も越えたところにあるということ。男女の別を超えるのは、人間としての完成形でもある。神でもあり、人でもあり。

さて出口王仁三郎の「大本の道」に伊都能売に関する短歌が並んでいる。

須弥仙の山の尾の上(え)に立ち給ひ宇宙を統べます伊都能売の神

須弥仙(すみせん)の山に腰かけとことはに天地六合(てんちりくごう)まもる伊都能売

伊都能売の神の御稜威(みいづ)は天地(あめつち)のももの神たち統べ守りませり

 

八百万神ゐませども伊都能売の神の分ちし霊魂(みたま)なりけり

八百万神はませども伊都能売のまことの神の御使(みつかい)なりけり

神柱あまねく地上にまくばりて世を清めます伊都能売の神

 

伊都能売は三十三相に身を変じみろくの御代を開かせたまひぬ

神となり仏ともなり鬼となり世を生かしゆく伊都能売の神

釈迦となりキリストとなり木(こ)の花の姫とあれます伊都能売の神

 

釈迦(さか)孔子(くじ)もその他の聖(ひじり)も伊都能売の神のいさをの分かれなりけり

弥勒といひキリストといふも伊都能売の御活動の一つなりけり

キリストの再臨弥勒の下生(げしょう)とは伊都能売神(かみ)の顕現なりけり

(続)

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トースとダンテスの合体-3

2023-05-25 16:14:28 | 現代冥想の到達点neo

◎マニピュラからアナハタへ

(2017-09-13)

 

ダンテス・ダイジ座談の中で、ある来訪者に対し、人生の裂け目のことを表現するのに、『「戻ってこーい。戻ってこーい」と叫んでいるような何かを感得すること』というように表現し、かの来訪者もそれを感得するシーンがある。

トース、あるいはトオオスの系流の行き方は、自己実現なき感情中心の意識世界からスタートし、社会で社会的役割を果たすことにより、自我を強化膨張させ、自己保存、我欲の虚しさ、人間の無力さ、情けなさを極め、絶望に至る。そこで何かが起こる。

そこで愛に出会う。

 

つまり神秘生理学的に言えば、自己実現のマニピュラ・チャクラからスタートして、愛のアナハタ・チャクラに至ったのだ。

 

現代は、マニピュラからアナハタに至る中間点。だが、相当にアナハタのゴールがもう見えそうなところまで寄せてきている。

「戻ってこーい」、「帰ってこーい」と呼ばれて、その場で感得できた彼は、既に愛というゴールに近かった。

そのゴールが、トースとダンテスの合体ではある。

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トースとダンテスの合体-2

2023-05-25 11:18:33 | 現代冥想の到達点neo

◎ダンテスの甘いささやきと悪影響

(2017-09-12)

 

ダンテスの系流に属する聖者たちは、アトランティス末期のダンティス・ケンタウロス、クリシュナ、臨済などがいる。

彼らの主張は、ステップや方便を越えて単刀直入に「現実」に言動せしめること。つまり、時により、人により、状況によっては、冥想もいらない、宗教もいらない、戒律を守ることもいらないなどと語ることである。ところが、これにより、様々な倒錯や、誤解を実践に移す人が出たことは問題であった。

ダンテス・ダイジは、このことを彼の著作メディテーション・トラベル・ガイドにおいて、臨済の悪影響として挙げている。

それは、坐禅は無意味だと言ったり、その場の人間的気分で好き勝手なことをするのが究極の悟りだと思ったり、大声で一喝するのが禅だと思い込んだり、この肉体がこのままで仏だなどと叫ぶ人物が出ることなどである。

臨済は僧堂の中で語ったがゆえに、その真理にストレートに肉薄する言動は、TPOを備えていたので、ある程度真意は伝わったが、市井で、TPOにおかまいなく、じゃんじゃんこうした素っ裸の真理を語られた場合には、悪影響は、臨済の比ではなく、邪教を発生せしめたり、宗教テロみたいなことを惹き起こすことにもなっていく。その場の人間的気分で好き勝手なことをするのもノンデュアリティではあるまい。

 

ダンテスの系流の言葉は甘い。

『そのお前の肉体が絶対の真実だ』(臨済)

『汝は神なり』(ハインラインのSF異星の客に出てくる教団信者同士の挨拶がこれ)

『アルジュナよ、君は決して生まれることも死ぬこともない』(バガヴァッド・ギータでクリシュナが語った)

『君達はもともと救世主である』(ダンテス・ケンタウロス・アメンティー)

人生を十全に生きる情熱を欠いて今生を生きる人には、こういう甘いささやきに乗せられて、人生全体や人生のワン・シーンを誤ることがある。

 

こんな甘いささやきに騙されない情熱豊かで疑り深く、苦労人で、だが素直な人物が、ダンテスの系流の求道の道を辿れるのだと思う。

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トースとダンテスの合体-1

2023-05-25 11:13:19 | 現代冥想の到達点neo

◎組織宗教と個人宗教、顕教と密教

(2017-09-11)

 

エジプト神話では、トースは出てくるし、アメンチーの名も出てくるが、何のことかは、想像すらもできない程度に。

ダンテス・ダイジ座談では、アトランティスでは、神の宮という中央官庁兼最高神殿みたいなのがあり、その奥殿がアメンティ。そこにトースを中心とする12人の超人がいて、彼らは組織宗教的を体現していた。そしてもうひとりダンテス・ダイジは13番目の超人としてそこにいたが、彼は遊戯者であり、宇宙を遊び戯れる超人であった。

アトランティス末期に、ダンテス・ダイジは、神の宮を後にして、トース系の12人と袂を分かった。

以後、アトランティス沈没を経て、この中有の如き時代は、自分のわがままを通す、自己主張を強烈に行うのが当たり前みたいな社会通念が年々強まってきた。これは、トースの系流の悪い方の特徴である。

 

トース系は、組織宗教が、教義でもって大多数を縛り、教義という思想・イデオロオギーでもって集団統制・集団教育をやっていく結果として、個々人の自意識の分化が発達し、自分の欲望を実現しようとすればするほど、他との孤立化、分断化が進むというあい路に入っていく。

それが、非常に進展した社会が、現代社会である。この結果、この生き方が、多数の社会的不適応者、つまり薬物依存、ギャンブル依存、モバゲー依存、ひきこもり、うつ病者などを多数出している。

悟りはこうした社会的不適応者への最終的救済とも位置付けられるが、これだけ社会的不適応者が輩出するということは、この文明社会がそれだけ、悟りを希求するほど切羽詰まっているということ。

これに対して、ダンテス系は、行雲流水の如き遊び戯れる者。ただし人間を忘れてはいない。

密教のエッセンスの相承が、肉体でなく、アストラルの師匠から行われるらしいことは、これまでの例で見てきたところではある。密教系では超能力を駆使するがそれは総じて人間を扶けるためである。

西洋錬金術は、キリスト教の影絵として連綿として存在し続け、道教の錬丹は、その本質は内丹にありながら、外丹という薬物服用にみせかけては、命脈を保ってきた。

仏教系の密教では、成就者を何百年に一度は出しながら、観想法、呼吸法、呼吸覚醒、カーマ・ヨーガ、ソーマ・ヨーガなどいまだ世に知られぬテクニックをも含めて、秘密裡に存続してきた。

錬金術、密教系、クンダリーニ・ヨーガ系は、そのあらゆる危険性のゆえに組織宗教の埒内ではできず、どうしても、『寺を出て出家する』タイプの独自の秘密の道を歩まねばならなかった。これがダンテス系。

 

来るネオ・アトランティスでは、トースとダンテスが合体するという。人が神を生きるのに何の憚りもない時代よ。

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万世一系から地上天国へ

2023-05-25 06:42:37 | アヴァターラ神のまにまに

◎言ってはいけないし、言わないと判らないし

 

出口王仁三郎が、神の顕現である万世一系が日本だけから世界全体に広がることを言う。

 

『○経と緯の万世一系

 

天皇は天御中主神の顕現であって、名前が万世一系だ。今までは経(たて)ばかりの万世一系ばかりであったが、これから緯(よこ)の万世一系を拵えて朝鮮、支那というふうにして世界十字に踏みならすのだ。お筆先のことを開祖と自分(王仁)のことのみにとっているのは小さい事で、実はこの事である。

 

火は経であって日本は今まで経で来たのである。火だけではいかぬから緯をつくるのだ。言うてはいかぬし、言わな判らぬし、それで困るのだ。 この事は今までに書いていない。

(昭和十八年)

 

〇天皇

明治天皇・・・・・・天皇と申し上げるのはおくり名であって時代のことである。天皇は御名はないのである。

(昭和十八年)』

(新月の光 (下巻)/木庭次守/八幡書店P92-93から引用)

 

天御中主神の顕現という人間は、以前は社会組織の頂点に一人しか置かなかったが、万人が神知る地上天国の時代にあっては、各国にそれぞれ存在することになることを予言する。

 

天御中主神の顕現という人間のことをアヴァターラ、神人というが、君主として居るのではなく、友人として居る。

 

火は経(たて)で、水は緯(よこ)。火は経(たて)というのは、組織宗教トップの神人が火は経(たて)であって、トース型。一般民草の中に一友人としている神人が水は緯(よこ)であって、ダンテス型。

 

こういうのがトースとダンテスの合体の密意の一つなのだろう。

言ってはいけないとは、現今の社会秩序や将来の世界武装解除に悪影響があるからなのだろう。

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