◎身を隠して跡をとどめず、跡のないところに身を隠し
唐代の破仏(仏教弾圧)の時代、花亭和尚は小舟で往来しながら、これぞと思う嗣法の大器を探していた。ある日少々見込みのある夾山(天門)を見かけ、夾山の方から質問が来た。
※まっすぐな釣針で魚を釣るのは、周の太公望の故事。
『「毎日、まっすぐな釣針で魚をつっていられる、先生のねらいは何なのです」
「わしが千丈の絲を垂れている、そのねらいは千丈の水底だ。水面の絲の動きと安定・有無など、そんな釣り道具のような、舌頭三寸のかけひきなしに、君はどうしてわたしに問わぬ」
そこで、天門が問いかけようとすると、花亭はオールで、かれを正面からつきたおす。しかし、天門は逆に進み出て言う。
「先生の言葉は深い道理を含んでいて、言葉の域を超えています。舌先で言ってみたところで、まったく答えになりません(話帯玄而無路、舌頭談而不談)」
「わたしは今まで、まっすぐな釣針で魚を釣って来たが、ようやく今日は、一匹かかりおったぞ(毎日直鈎釣魚、今日釣得一个)」
そこで、告げて言う。
「竿の端から垂れている絲は、あなたのあやつり方次第です、静かに澄んだ水面を乱さぬ、あなたの心はまったく見事です」
花亭が、天門にたずねる。
「学生よ、君はいったい、わたしを捨ててゆく気か」
「はい、わたしは参ります」
「行くことは勝手だが、いったいあの事実を、見とどけたか」
「見とどけました」
「どう見とどけたのだ」
「岸の草を、見とどけました」
花亭は再び、言いふくめて言う。
「君はこれから、くれぐれも身を隠して跡をとどめず、跡のないところに身を隠して、それらの何れにも、とどまってはならぬ(蔵身処没跡、没跡処蔵身、不住両処)、これがわしの教えだ」』
(純禅の時代 [正] 祖堂集 柳田聖山 禅文化研究所p39-40から引用)
夾山(天門)は、既にそれを得たが、ひらけらかしてもいけないし、それにこだわってもならないと戒められた。
今でも自宅の自室で坐るのなら。枯禅の時代である。
唐代の破仏(仏教弾圧)の時代、花亭和尚は小舟で往来しながら、これぞと思う嗣法の大器を探していた。ある日少々見込みのある夾山(天門)を見かけ、夾山の方から質問が来た。
※まっすぐな釣針で魚を釣るのは、周の太公望の故事。
『「毎日、まっすぐな釣針で魚をつっていられる、先生のねらいは何なのです」
「わしが千丈の絲を垂れている、そのねらいは千丈の水底だ。水面の絲の動きと安定・有無など、そんな釣り道具のような、舌頭三寸のかけひきなしに、君はどうしてわたしに問わぬ」
そこで、天門が問いかけようとすると、花亭はオールで、かれを正面からつきたおす。しかし、天門は逆に進み出て言う。
「先生の言葉は深い道理を含んでいて、言葉の域を超えています。舌先で言ってみたところで、まったく答えになりません(話帯玄而無路、舌頭談而不談)」
「わたしは今まで、まっすぐな釣針で魚を釣って来たが、ようやく今日は、一匹かかりおったぞ(毎日直鈎釣魚、今日釣得一个)」
そこで、告げて言う。
「竿の端から垂れている絲は、あなたのあやつり方次第です、静かに澄んだ水面を乱さぬ、あなたの心はまったく見事です」
花亭が、天門にたずねる。
「学生よ、君はいったい、わたしを捨ててゆく気か」
「はい、わたしは参ります」
「行くことは勝手だが、いったいあの事実を、見とどけたか」
「見とどけました」
「どう見とどけたのだ」
「岸の草を、見とどけました」
花亭は再び、言いふくめて言う。
「君はこれから、くれぐれも身を隠して跡をとどめず、跡のないところに身を隠して、それらの何れにも、とどまってはならぬ(蔵身処没跡、没跡処蔵身、不住両処)、これがわしの教えだ」』
(純禅の時代 [正] 祖堂集 柳田聖山 禅文化研究所p39-40から引用)
夾山(天門)は、既にそれを得たが、ひらけらかしてもいけないし、それにこだわってもならないと戒められた。
今でも自宅の自室で坐るのなら。枯禅の時代である。