2018年のブログです
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テレビのニュース番組を見ていると、時々、ニュースのランキングというのが出てくることがあります。
ニュースのランキング?
たとえば、10位大阪の地震、9位サッカー初戦勝利、8位未成年者の小学生切りつけ…、といった具合。
しかし、ニュースにランキングがつけられるのでしょうか?
放送順ができるのはしかたないとしても、それとニュースのランキングは関係ないでしょう。
ニュースの内容の軽重、事件の軽重、話題の軽重…、それぞれ全然別物です。
それをごっちゃにして、ランキングをつける、無謀です。
おそらくは、視聴率優先のあまり、そういう精神的に混乱しているとしか言いようのない事態になっているのでしょう。
子どもの虐待のニュースの次にアイドル総選挙のニュース、その次は女子児童殺害、次に芸能人の不倫、そして、森友加計…。
頭が混乱しそうになりますし、なにが大事なニュースかさっぱりわかりません。
おとなだけでなく、子どもたちへの影響も心配です。
世の中の価値観は多様なほうがいいと思いますし、特に、ニュース番組は国家権力などに影響されることは避けるべきですが、それにしても無秩序すぎです。
できれば、新聞のようにジャンル別であればいいのでしょうが、ここでも視聴率がネックになりそうです。
資本主義社会ですから、視聴率は大事ですが、あまりに人間性を無視したニュース番組はいずれそっぽを向かれてしまうのではないでしょうか。
…と言いたいことを頭に浮かべながら、テレビを消して、パソコンに向かうじーじでした。 (2018.6 記)
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2024年2月の追記です
そもそも、ランキングというのがなかなか難しい存在ではないかな、とじーじなどは思います。
例えば、司法試験の出身大学別合格者数ランキング、これだと一見、明確そうですが、その中で、現役と浪人、一浪、二浪と、九浪(?)、十浪(?)とでは、同じ大学出身とはいっても、比べることに無理がありそうな気がします。
一見、明確そうなランキングでも、このありさまですから、他のランキングではもっと比較が難しいでしょう。
ですから、順位づけはやめて、せめて、松竹梅の3グールプ(?)に分けるとか、そういった感じのほうが実態に近いのではないかな、と思ったりします。
少なくとも、日本が4位になった(?)、などとランキングで大騒ぎはせずに、物価がどんどん上がっているよねぇ、10パーセントくらいかな、というような生活実感のほうを大切にしたいものだと思います。 (2024.2 記)
何でもかんでもランキング。誰かに順位をつけてもらって生きるしかないという、悲しい国民性を逆手に取られているのでしょう。まあ、観ている方もそんなものかというぐらいで、テレビニュースが垂れ流す情報に対してどれだけ感心を持っているかという疑問も湧いてきます。
無意味な順位づけは人を惑わすだけですし、順位至上主義に陥ることになります。
順位なんて、結果のごく一部であって、もっと大切なことがあるように思うのですが…。
「次は・・」と、ガラッと表情を変えて繋がれて行くニュースに、
これを見続けて育つと心が壊れて行くのではないかと案じます。
すべては仕事の材料に過ぎないのなら、せめて、昔のように
無表情な棒読みにしてほしいです。