父の日に長男から贈られた杖もだいぶ使い慣れてきた。トレッキング用だから軽くて丈夫、扱いやすい。杖を突くと特に歩きやすくなったかどうかはよく分からないのだが、急な坂道を下るときにはいい。雨の日以外は持つことにしている。
ところが杖を持つようになると、電車で座席を譲られるようになったのには、いささか困惑している。一日に3回譲られたこともある、いずれも一駅で降りるところだったから、そう言って辞退するのだが立たれてしまうから礼を言って座るが、どうも居心地が良くない思いをする。私が杖を持っていなかった時は、席を譲られることはほとんどなかった。この10年で、2,3回くらいのものだ。私がよく利用する私鉄の路線は出発駅から終着駅まで15分だから立っていることは苦にならない,どうしても座りたいときは一電車遅らせたりした。
それが杖を持つようになった途端に席を譲られる。よほど老人に見えるのか。いや老人には違いないのだが、杖を持つと老人というイメージが強くなるのか。街に出るとところどころに大きな鏡が据えつけてある場所がある。そこを通る時に自分の姿を見てみると、なるほど「おや、おじいさん、こんにちは」と呼びかけたくなるような姿がそこにある。杖一本でこれほど見た感じが変わるものかと、ちょっと情けなくなった。歩き方もゆっくりになったから、ますます老人臭く見えるのだろう。
「トボトボと歩いて妻に注意され」という川柳を見た。「おとうさん、そんな年寄り臭い歩き方しないでよ」とでも言われたのか。妻が生きていたら今の私を見てどう思い、どう言うだろうかと考えた。いや、私より2歳下の妻こそがどんなお婆ちゃんになっているのかとも考えるが、生きていてくれるなら、どんなにお婆ちゃんになっていても良いと思う。