蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

不屈の棋士

2017年05月20日 | 本の感想
不屈の棋士(大川慎太郎 講談社現代新書)

将棋ソフトの評価などについて棋士へのインタビューを収載する。
羽生、渡辺といったトップクラスから、第一回電王戦で敗れた山崎、将棋ソフトに造詣が深い千田、ソフトを利用することに批判的な糸谷と多彩な角度から将棋とソフトの関係性に切り込んでいる。

昔、米長さんが「兄達はみな頭が悪いから東大へ行った。私は頭がいいから棋士になった」といった主旨のことをおっしゃっていたと思う。
確かに多くのプロ棋士は、記憶力、数理的能力とも抜群らしい。高校レベルの数学や物理なら学習しなくてもその場で考えて問題をとけるみたいなことも聞いたことがある。
彼らは天才揃いなのだけれど、その彼らの本業である将棋でソフトに勝てなくなりつつある。
本書でもほとんどの棋士が「終盤はソフトの方が強い」と認めており、プロ棋士のカンニング疑惑が起きるのも、棋士たちがソフトの実力を恐れているからこそだろう。ただ、そのことが人間同士が戦う将棋の魅力を減じてしまうとは思えない。機械を使えば人力を上回れることは数多あるので。
しかし、将棋ソフトが数年でここまで強くなったという事実は(将棋ソフトが、ワトソンのように大企業が巨費を投じて作りあげたものではなく、個人が細々と開発したものでることを考え合わせると)、別に2045年を待たなくても現在の技術力で、様々な分野でコンピュータが人間の能力を凌駕しそうなことを予感させる。

さらに、ソフトをプログラミングしたのは天才である棋士たちではなくて、将棋に関する能力においては大きく劣る人たちであって、ソフトは(多くの棋譜を読み込むなどの)自己学習で強くなったという点に特に脅威を感じる。自己学習を重ねた機械が、人間が想定していのと全く異なる認識や判断をし始めるのではないか、という恐怖をリアルに感じるのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

皿の上に、イタリア

2017年05月20日 | 本の感想
皿の上に、イタリア(内田洋子 講談社文庫)

内田さんの作品を読むたび、「これはもしかしてフィクション?」などと思ってしまいます。
そう思えてしまうくらい、多彩で、ドラマのような著者の日常が記録されています。

タイトル通り、イタリア料理を紹介するエッセイ集なのですが、料理とともに登場するお酒(主にワイン)がとてもうまそうで、通勤電車で読んでいると「帰ったらすぐにビールかワインが飲みたい、新鮮な魚のツマミも」と思うことしきりでした。

本書は短いエッセイの集合体で、それぞれ異なるエピソードが語られますが、冒頭に登場するカラブリア出身の屋台の魚屋兄弟3人は何度も登場します。そこで売られている魚もとてもおいしそうなのですが、ハードボイルドな魚屋兄弟3人の描写もまた素敵でした。

いろいろな料理、食べ方が登場しますが、素材のよさがポイントになっていることが多く、同じ料理をつくってみたい、と思えるようなものはあまりありません(詳しいレシピとかも書いてないし)でしたが、オリーブ油にまみれたフォカッチャをコーヒーにどっぷり漬けて食べる、というのはやってみようかな、と思いました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする