蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

収容所から来た遺書

2022年05月20日 | 本の感想
収容所から来た遺書(辺見じゅん 文春文庫)

山本幡男は、満州でソ連軍の捕虜となり、ソ連の収容所(ラーゲリ)に入れられ、そこで重病となって帰国がかなわなかった。彼は収容所に囚われた日本人たちの士気を高めようとアムール句会を作り、自らが添削や評価をして収容者たちの心を慰めていた。
やがて重い病気となり収容所内の病院で死亡するが、彼が託した遺言は多くの日本人が暗記することで妻のモジミに伝えられた。収容が解除され帰国する際、文書等を持ち出していないか厳格な検査が行われていたためである。

現在の日本のような安全で平和な社会に生きていると、その安定のありがたさを忘れてしまって、虚しさや不安からこころを病む人も多い。
不便で危険で将来の不安に満ちた収容所内の人々は、かつえるように(帰国の)希望を追い求め、そのために今日という一日をどう生き延びるかにすべてを賭けていて、むしろ人生の輝かしさを放っているようにすら思えた。

山本幡男さんも立派な人だったが、その遺書を受け取った妻のモジミさんもまた素晴らしい。
彼女は、夫が不在の家庭にあって、隠岐で教職について子供たちを養っていた。
長男は学問に秀で、幡男さんは一流の学歴を修めることを強く望んでいた。
モジミさんは、長男が松江高校へ入ると隠岐から松江へ(転勤先の学校をさがして)転居し、東大をめざすために、松江から大宮へとさらに移住した。まさに孟母三遷を地でいく熱心さで夫ののぞみを実現させたのだった。
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