辻政信の真実(前田啓介 小学館新書)
陸軍参謀として有名な戦闘(ノモンハン、シンガポール、ガダルカナル、ビルマ)の作戦指導をし、戦後はベストセラー作家、国会議員となり、議員として訪れたラオスで失踪した辻政信の評伝。
どこで読んだのか失念してしまったが、戦後辻が国会議員としてシベリアの抑留者を慰問した際、抑留者達のために献身的な働きをした、という挿話を知って、辻のイメージが大分変わった。それまでは本書の冒頭で紹介されてる半藤一利の言った「絶対悪」というものしかなかったからだ。本書は、世間の多くが抱いている、そうした辻の印象とはかなり離れたエピソードを多数紹介している。
辻が陸軍内で大きな発言力を持った原因としてよく言われるのがその命知らずなまでの勇敢さ。
本書でも詳しく描写されるが、参謀なのに最前線で作戦指導や督戦を行うのが常で、例えば、ノモンハンでは大敗後、友軍の戦死体を自ら先頭にたって回収する作戦を実施したという。
天保銭(陸大出)、気力・体力とも抜群、宴会嫌いで潔癖、そこに最前線に赴くことを厭わないと来ると、格上の将軍であっても一目置かざるを得ないというのは理解しやすい。
本書によると、陸大の教官に左遷されていた時期も、多数の生徒の回答を細かくチェックするなど極めて熱心な勤務ぶりだったという。上からは煙たがられても、どんな時も部下からは慕われたそうだ。
そんな辻も初陣の上海事変においては、相当にビビっていたらしいし、後年においても
「私の過去を見て、辻は生命知らずだ、勇敢だ、とほめる人がたまにはあるが、それは皮相の見方だ。死なぬと思っていても弾丸がくると恐いものだ。恐いから私は戦場では冷静によく勉強する。一つの石にも、一本の木にも、弾丸が来たらそれをどのように利用するかに十二分に気を配りながら行動する。その研究と対策があって始めて、大胆そうに弾丸の中を潜れるものだ」と語っていたそうである。この点が本書を読んで最も感銘できたところだった。