さくら・たわわにたわごと

四季折々、愛しきものたちとの日々と思いを綴ります。

絵画展あれこれ

2015-06-08 | 映画ほか芸術鑑賞記


ここしばらくの間に
いくつかの絵画展に出かけた。

映画でも個展でも、
行きたい行きたいと思いながら、
いつも期間が過ぎて見逃してしまうことが多いので、
このところちゃんと、見たいものがみられ、
行きたいところに行けていることに気をよくしている。

やりたいことがあるなら、
なにごともタイミングをのがさず、
まめに動かないといけないなと感じているこのごろ。

<誕生50周年記念 ぐりとぐら展>

多くの人びとに愛されている、野ねずみのふたご・ぐりとぐら。
おねえさんである中川 李枝子さんが文を書き、
いもうとさんの山脇 百合子さんが絵を描かれている、
おふたりの絵本の数々。

お料理がだいすきなぐりとぐらのつくったカステラを、
草食動物も肉食動物も、
みんな楽しくなかよくおいしくたべているこの絵が、
とてもすきだ。

絵本を読んだこども時代を思い出す人、
一生懸命子育てしていた頃を思い出す人…
それぞれの思い出の日々に、ぐりとぐらに親しんだひとは多いようだ。
わたし自身はというと、
おとなになるまでぐりとぐらを知らなかった。

自宅からも近い美術館。
休日がわたしとおなじ水曜日である友人と、
この個展とそのあとのランチをゆっくり楽しんだ。






<山本 容子展 「アート・イン・ホスピタル」>

年若い友人ふたりとの何年かぶりのランチ会。
そのレストランでふと目にとまった、
ビバルディの絵の、きれいな色使いのチラシ。
歌のお仲間・ぬっくさんにもあげよう、と1枚よぶんにもらって帰る。

チラシを渡したぬっくさんは、
この山本容子さんがスウェーデンの病院のアートを訪ねられたときの
TV番組をみたことがあり、
それがとても印象に残っていたのだそうで、
開催期限のせまったこの個展にすばやく出かけた。

とてもよかったとの感想をきいて、
わたしもぜひ行ってみたくなり、最終日にかけこむ。

行ってよかった。
ぬっくさんに教えてもらわなければ、
バタバタしている日の空き時間に、あえて出かけることはしなかっただろう。

優しい色使いの自然の風景。
人がいて動物がいて、そのなかに音楽がとけこんでいる。
風を感じさせる。こころ癒される絵。
実際に、音符やら歌詞やらが、いとも自然に絵のなかに描き込まれている。

Art in Hospital 
という言葉、概念も、はじめて知り、触れた世界だった。
これからも注目したい。








<堀 文子展 「一所不住・旅」>

開催中半ばと、最終日、2回も行ってしまった。
20代から90代の現在にいたるまで数々の旅をし、描きつづけられ、
たえず変化、進化しつづけている絵もすばらしいが、
このかたの生きかた、人生そのものがすばらしく、
胸をうたれる。

旅をつづける、定住しない というのは、
そのままの意味だけでなく、
こころのありようについても、そうなのだ。
破壊と再生のくりかえし。

わたしは、今年になってから
勤務先のナースさんであり院長夫人でもあるかたに
堀 文子さんの画文集「命といふもの」をかしていただき、
ファンになったひとりである。

それからまもなく、
これまた近くの美術館で個展が開催されるという幸運。
一堂に集められた絵の数々をゆっくり眺め、味わうことができて
幸せだ。

ますます堀 文子さんがすきになった。


 群れない、慣れない、頼らない。

 おごらず、誇らず、うらやまず。

 捨てなければ、次の感動は得られない。


こころに深く感じ入る、堀さんの言葉の数々。
















コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新しい人生のはじめかた…Last Chance Harvey

2010-03-11 | 映画ほか芸術鑑賞記



ひさしぶりに映画をみに行った。


なんといっても ダスティン・ホフマンがすきなのだ。
ずっとむかしから。

ハリウッドでもいちばん、
というより、
だれよりもすきだといえる俳優が、
わたしにとっては 彼。 


仕事が遅くなり、
とくに予定のなかった週末
カフェで のんびり遅いお昼を食べていたとき
なにげなく ひらいた雑誌に
この映画の紹介が載っていた。


すぐにみに行きたくなって、
上映時間も調べずに映画館へ向かう。

たどりついたら…残念。
午前中に2回しか 上映されていない 


翌日の日曜日、
夫は休日出勤。 
わたしもとくに予定なし。
これは行かねばと、また 出かける。

この、すきなひと すきなものにあうための
まっしぐらな感じ 

わくわくする。


いつもいつも 思っているわけではないけれど、
ダスティン・ホフマンは
わたしをそれほどひたむきにさせてくれる存在なのだ。
何年ぶりかの スクリーンでの再会。


もちろん、雑誌の紹介欄で読んだ映画のストーリーにも
こころ魅かれていた。

いつもタイミングをはずしてしまうことが多い映画だが、
絶対観なきゃ! という思いでいっぱい。


冒頭は、
主人公ふたりそれぞれの、

自分の肩にかかる、人生の荷 であったり
受けなければならないわずらわしさであったり

そこに 自分の居場所はない、
ここは自分のいる場所ではない という
なんともいえないいごこちのわるさ、疎外感、孤独感…

みたいなものを描いたシーンが
かなりの時間続き、
みているこちらも 自分におきかえれば
身につまされる思い。


ある程度 年を経て、
人生をかさねてきた人間なら
たいがいは経験し、味わっている思い。

けれど、

それらがあるからこそ、
他者へのいたわりや いつくしみ、
むりをすることなく、偽善でもなく
誠実に接するということを 知ってゆくのだと思う。

そして ここぞというときには
思いきった決断をし、行動に出る。


  「楽しかった、夢物語でいいの。
   明日からは またおたがいふだんの日常に戻る。

   あきらめて生きるほうが楽なの。

   傷つきたくないから。。。

   いまはよくても、
   ずっと一緒にいれば、イヤな面がみえてきて
   こんなはずじゃなかったって きっと思う日がくるわ。


   ねえ、わたしたち うまくいくと思う?」


泣きじゃくりながら 自分の思いを語り、
たずねるケイトに、

ハーヴェイ…ダスティンは 答える。


  「まったく 見当もつかないよ。

   でも、がんばるよ。 約束する」



  「きっと うまくいくさ」

なんて 無責任に言わないところが いい。


ケイトが、

  「こんな格好じゃ 行けないわ」

と、ハーヴェイの娘の結婚披露パーティーへ一緒に行くことを
ためらったときに、

  「わかった。ドレスを買えと言うんだな。
   よし、買いに行こう。

   だけど、ドレスに200ドル以上は使わないよ」


なんて ぬけぬけと言ってのけるあたりも、
イヤミがなくて かえって笑える。

  「一緒に行ってくれるなら、どんな高いドレスだって買うよ」

などと言われるより、わたしにはこのましい。


そんなふうに思えるのは、
わたしも 年をかさねたからかな。


まあ、ひとつには
ダスティンの人間味が、
あたたかいものを感じさせるから 
ゆるせてしまうし、

わたしが 彼をすきだから

というのも あるのだが。 


期待どおりの、期待以上の映画で
しあわせな贈りものをもらった気分で
映画館を出た。


それにしても この映画、

  「新しい人生のはじめかた」

と訳されているタイトルの原題が

  「Last chance Harvey」

だというのも、なんだか 考えさせられる。





コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シャガール展

2008-09-25 | 映画ほか芸術鑑賞記


シャガール展に出かけた。


すきな画家は? と たずねられたら、
いちばんにあげるのが このシャガール。


小学生か中学生のとき、
図画・工作(美術??)の教科書で はじめて絵をみたときから
こころ魅かれた。


その頃はただ、夢みるような 幻想的な絵と
色彩の美しさに 魅かれたのだが…



彼の ユダヤ人としての、そして彼個人としての生涯、人生観。


戦争に翻弄され、迫害され 絵を焼かれ、

周囲の無理解や 裏切りにもあい、

最愛のひとに先立たれ、

故郷のロシア・ヴィテブスクの町を想いこがれながら
他国を さすらい歩かねばならなかった


…そんな 苦しみの多い人生のなかでも

彼のうしなわなかった、

ひとの営みや 美しいこの世界を愛する気持ち

神を敬う気持ち が描かせた

美しい絵の数々。 


90歳を過ぎてもなお、なしとげた
偉大な仕事の 数々。


そんな彼の人生を知り、思いをはせるごとに
彼の絵は いっそう私にとって
味わいぶかいものとなり、
ますます すきになった。


彼の絵に登場する

恋びとたち、花束、3本のろうそく、街並み、

雄鶏や さかな、天使、時計 などに込められた意味 なども

知っていくにしたがって、

彼のその絵にこめた想いが 感じられるような気がする。


近くで個展が ひらかれるたびに、出かけては彼の絵をみたものだが、
前回出かけたのは いつだっただろう。


今回は ずいぶんひさしぶりのような気がする。


機会あるごとに 絵ハガキや 画集をみつけては買いもとめたので、
けっこうたくさん集まっている。
古本屋さんで 買ったものもある。


家に何枚か 飾ってあるのも、彼のポスターや絵ハガキ、
私が作った彼の絵のジグソーパズル。

ほんものは 一枚もない。

とても高くて買えないし、
自分が そんな身分ではないと思っていたから。


それでも、彼の色や 描こうとした世界を感じることはできる。


ふと思いたって、また画集をひらいてみる。
やはり 本物の絵と向き合うのがいちばんだけれど…。


今回も いざ絵をみに行ったら、
一枚一枚を じっくりみてしまうので とても時間がかかってしまった。

なかなか そこから
こちらの世界に 帰ってこられない(帰りたくない)
感覚。


何年も前にみた、ユダヤ劇場の壁画。

本の挿絵になった版画。


  ああ、またあえたね。。。


終わりのほうには、
ジグソーパズルでつくって わがやに飾ってある絵の本物版が(!)


そして、これまで知らなかったことだが、

彼の絵の一枚に モーツアルトが描かれていること、

オペラ・魔笛 に関わる仕事も 手がけていたのだということを

はじめて 知った。


モーツアルトの曲も 合唱や ドイツリートで習ったり、
オーケストラの演奏を聴いたり
オペラを観たりするようになって、
音楽の世界に ちょっぴりご縁ができた私にとって

うれしい発見と おどろき。


彼と こんなところで通じるものがひとつ、あったなんて。


期間中に もういちど行って、

じっくり シャガールさんの絵と対話してこようと思う。



画像の写真は、シャガール展の入り口にあった看板。

 「ふたつの顔を持つ花嫁」






コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

みたい映画

2005-12-28 | 映画ほか芸術鑑賞記

「あらしのよるに」


さくらおすすめの本を集めた

「さくら図書館」の 絵本の部屋 でも

ご紹介しておりますが、


アニメ化されて 今 公開中ですよね

みたいみたい絶対みた~いっ 


でも カゼがひどくて

さむいなか
でかける勇気と 根性もなく  

(仕事だけは 行ってるけど。。。)


それより なにより

いまだ おるすばんに慣れていない
りんのために

必要以上に 家をルスにはしないでおこうと
思うし で

出勤の行き帰り
駅前の映画館のポスターを
横目で みながら
通り過ぎる日々。。。


ごらんになったかた
おられますか??

みっふぃーちゃんに 教えてもらった
この絵本で
大笑い 大泣きした私です
私は ガブ がすき♪

映画は どんなかなぁ 




コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タッチ・オブ・スパイス

2005-11-29 | 映画ほか芸術鑑賞記

秋の夜長に

 (といっても 帰宅の遅いことが多く、

  すぐに ねむけが来る私にとって

  夜はあまり長くないのだが。。。)


近頃は
DVDをレンタルしてきて
家で 楽しむことが ちょくちょくある。


もともと 映画はすきなのだけど
長らく 映画館にも足を運ばず
レンタルで…と思っているうちにも
日が あわただしく過ぎる

という日々が 何年も続いていた。


時間のやりくりも ヘタなことに加えて

きもちの余裕も なかったのだと思う。


あれほど話題になった

「世界の中心で愛をさけぶ」

だって、レンタルして観たの
つい最近のことだもんね 


物語の内容すら知らず

”セカチュー” って

ポケモンの ピカチュウの仲間か何かだと
思っていたし。。。! 

平井 堅 の「瞳をとじて」は すきだなーと
思っていたけど

あれが 主題曲だとは知らずにいたし


今さら

「きのう観たよ」

なんていっても

「へっ 今ごろ??」
って あきれられるのが オチだろうな 


でもね

ブームが過ぎようと

話題にのぼらなくなろうと

   いいものは いいし
   いつ観たって いいじゃんか (遅れたって。。。) 

と 私は思ってる。


そんな私が 最近、観たのが

「タッチ・オブ・スパイス」

という映画。

これは、そんなに古くはない(ハズ)。


イスタンブールが舞台となる、ギリシャ映画なのだが


主人公の男のコは
ちいさいときから 

スパイスのお店をしている
だいすきなおじいちゃんに
スパイスや料理、天文学、ひいてはそこから
人生を 教えてもらってきたのだけど

戦争で はなればなれになってしまう。


再会の日を夢みながら
男のコは おじいちゃんに教えられた
スパイスを通じての知恵を
人生において 実践してゆくのだけど…


追憶や 現実のシーンで語られる
せりふが 絶妙だ。

う~んと うなってしまう。


 人生は 料理とおなじ。

 だいじなのは スパイスのさじかげん。。。

 味気ないと みじめだ

 たいせつなものは 目には見えない


トルコと ギリシャの
歴史的背景も 語られていて

愛する家族が 
はなればなれにならなければならなかった
かなしい歴史が 胸に痛い。


 宗教を変えれば(改宗すれば)
 どこよりも愛するこの地に残れると きいたとき…

 私は 5秒間 悩みました
 人生で最悪の 5秒間でした
 
 主よ おゆるしを


と のちに告白する
おとうさんが 印象的だった。


日本のことでさえ そうなのだけど

私は 歴史を知らなさすぎる。
いつも 思う。


歴史を学ぼうと思って 映画をみるわけではないけれど

こんなとき

ああ 知らなかったことを
またひとつ知ることができたなあ
って


その映画に より価値を感じたりする。


楽しんで、感動をもらえて、
知らないことを知って、
知らない世界に つれていってもらえて…

そんな映画を

これからも たくさん観たいなあ 


「タッチ・オブ・スパイス」

ラストは ちょっとせつないけれど、
あとあじよく、深い余韻がのこります。


よろしかったら ごらんあれ 




コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする