落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ桐生 (17) 3人組の女の子たちと、さっちゃん

2012-05-20 09:47:47 | 現代小説
アイラブ桐生・第二部
(17)3人組の女の子たちと、さっちゃん





 あの日の一件以来、茨城君との交遊が一気に親密になりました。
とはいえその目的は明白です。
もちろん当の茨城君の下心も見え見えです。度ある毎に、呑みに誘われます。
さっちゃんを誘い出すことが目的ですが、そうなると当たり前のように、
例の3人娘もおまけに着いてくるのです。



 すこしだけ、(あの3人娘が)苦手だと言うと
まァいい手を考えるから、今晩あたりにまたどうだ、と茨城くんが誘っています。
呑むのは嫌いでもないし、しばらく呑みにも出ていないので
いいだろうと落ち合う時間を決めてから、あとは、いつものように適当に仕事を片づけました。
心当たりがあるわけでもないので、守が行きつけの、あのお下げ髪で、
栃木なまりの娘のいる店で待ち合わせることになりました。


 「あら、群馬。
 (東京が)初めての割には、
 ずいぶんと、小洒落た処を知ってるのね~」

 「へぇ~見かけに寄らず、中は広いんだぁ!」




 がやがやどかどか、好き勝手な感想を口にしながら
怪奇館の3人娘とさっちゃんが現われたのは、約束時間の少し前です。

 「茨城は、まだ来ていないけど・・・・」



 「いいからいいから気にしない。気にしない。
 あいつなら、一張羅の背広にネクタイをむすぶのに手こずって
 どうせ遅刻してくるから、もう勝手に私たちだけで始めましょう」

 え、あいつが背広にネクタイ?・・・・
ほんとうですかと大げさに驚いて見せると
澄ました顔で、スレンダーな姐ごがスッパリと断言をします。

 「いつものことで有名な話だわよ。ねぇ~みんな」




 当のさっちゃんも、それには苦笑をしています。
どうやらこうした展開はいつものことで、初めてのことではないようです。


 「私たちは、ダシなのよ。
 まぁ、それはあんたも一緒だけど。
 それでね、そのうちになんだかんだと茨城が理由をつけて、
 苦しい言い訳をさんざんしゃべたあげくに、さっちゃんと二人になりたがるの。
 まぁね・・・・それも毎度のことだけど。」

 さっちゃんは、下をむいたまま必死に笑いをこらえています。



 「ばっかなんだよね~茨城は。
 さっちゃんも、もうその気になっているから、いつでもOKなのに、
 あのバカったら何を勘違いしているのか、さっちゃんの本心に気がついていないのよ。
 鈍感と言うか、臆病すぎるというのかしら、
 とにかくなにかにつけて『晩熟(おくて)』なのよ・・・・
 相も変わらずあの手この手で、さっちゃんにカマをかけ続けているんだもの。
 面白いから、もうすこしだけ、みんなもさっちゃんも、
 気がつかないふりをしてるだけなの。」

 ここだけの話だよ、と姐肌がきつくクギをさしています。





 やがて茨城君が、姐肌が言い当てた格好のそのままで現れました。
三畳の小上がりで、男女の6人がひしめきあいながらの酒盛りがはじまりました。
途中で、顔を出した守が一声だけの挨拶に来ましたがすぐに離れて、
一人でカウンターで飲み始めます。



 やがて姐肌が言ったとおりに・・
席をたつための言い訳を、さんざん繰り返した茨城君が、
さっちゃんに、せわしない目配せをしながら赤い顔をしながら立ちあがりました。
茨城君がみんなに背中を見せて、わずかに隙を見せた一瞬に、
さっちゃんが、すかさずV字のサインをつくります。
3人娘も、すかさず返事のOKのサインを出しています・・・・。
なんと全員が、両手で頭の上に大きな丸の形をつくりました。
どうやらこれも、恒例の決まり事のようです・・・
知らぬは茨城くん、ただ一人です。




 人の恋路にもいろいろあるものだと、つくづく思った瞬間です。
あいつ、いや茨城君は、まださっちゃんを口説けていないのでしょうか・・・
人ごととはいえ、すこし茨城君が不憫になった瞬間です。




 茨城君とさっちゃんが去ったその後も、4人で2時間余りの談笑がつづきました。
会話が途切れた瞬間に、ふと本土復帰闘争中の沖縄の話題が飛び出しました。
沖縄には東南アジアへの圧力のために、圧倒的な規模を誇る米軍基地が
ほとんど全土にわたって密集をしています。
沖縄自体も終戦以降、長年にわたってアメリカ軍に統治をされたままです。
72年の本土復帰が決まったものの、いまだに戦争が終結をしていない
日本国内では唯一の、いまだの『占領支配地』です。



 「えっ、パスポートが必要なの、沖縄って」

 「知らないのっ、あんた」

 「いやいや、米軍に占拠されて、
 アメリカの統治下だというのは知っているけど
 まさか、そこと行き来するのにパスポートが必要なんて、
 そこまでは知らなかった。」

 「安保のデモに、行ったんでしょ。」

 「しかしそこまでは・・・」



 「施政権がないということは、
 日本であっても、日本の法律が通用しないからには、そこは外国だという話でしょ。
 外国ならパスポートもあたりまえでしょう」

 「へぇ、そうなんだぁ・・・」



 びっくりするほど、実は意外にまじめな3人娘です。
見た目と、着飾っている雰囲気とは裏腹に、
政治的にはしっかりとした自分の意見も持っています。




 「そういえばどうなった、今度の沖縄派遣のはなし?」

 「今年は行こうと思っているの。
 一度、むこうの様子をじかにこの目でみたいもの。」

 「さすが全共闘!」

 「馬鹿ね、
 私の兄貴が全共闘くずれだけの話だわ。
 今はもう卒業をして、学校の先生を真面目にやっているわよ。
 その兄貴がいつも言うの。
 沖縄には、日本の未来が潜んでいる。
 ただ単にアメリカに占領されているだけでなく、
 やがてアジア全体も巻き込んで、日本が戦略上で重大な役割を担うことになる。
 日本が、アメリカに従属しているということの本当の意味が沖縄にある。
 いまがそれを見る最後のチャンスになるだろう、
 施政権返還前に一度、本当の姿を見てこいって、いつも言ってるの。
・・・だから今回こそ、優子と行ってこようと思ってる」





 優子と呼ばれた、沖縄出身の女の子も同じようにうなずいています。
この時はたまたまに出てきた話題のひとつとして、気にも留めず、
ただ漠然と簡単に、聞き流していました。
しかしこれから数カ月の後に、この子と沖縄出身の優子の3人で
まる2日間の日程をかけて、沖縄を目指して旅に出ることになるのです。


 少し遅い時間になってくるとお店も空いてきて、
カウンターの客は守と、もうひと組みのサラリーマンだけになってしまいました。
守は声をひそめてカウンター越しに、お下げ髪と先ほどから延々と話込んでいます。
そのうちにお下げ髪がなにかを守に耳打ちをすると、そのまま厨房へ消えてしまいました。
あれ・・・なんだか妙な雰囲気になってきたぞと、ぼんやり見ていると、
また、姐肌の不意打ちが飛んできました。


 「ねぇ、じゃあ、あんたも来るわね、群馬くん」

 えっと驚いて女性陣を振り返ます。
姐肌が、やっぱりという顔で待ち構えていました。



 「あんたは人の話を全然、聞いてない。
 みんなでやっているデッサン会にあなたもまぜてあげるから、
 遊びに来てくださいって言ったのに!」


 そうだ・・・・その話で盛り上がっていたところです。
ここにいる3人娘は、週に一度そろって全員でデッサンの勉強会を開いています。
全共闘くずれの兄を持つ。妹の部屋で、夕方から深夜までとにかく集中して
書きまくるという勉強会でした。
男は混ぜない主義でやってきたけれど、あんただけは特別だからといわれました。
もしもデザインをやるのなら、デッサンは欠かせないから、
武者修行に出掛けるつもりでやってこいと、重ねてクギをさされました。




 「遊び呆けて堕落しないために、
 週に一度の精神修行の場みたいなものよ。
 誘惑が多いんだもの、田舎から出てきたばかりの美人には。
 ・・・冗談はさておいて、
 地方出身は状況に流されやすいのよ。
 初めて親元を離れてきたために、最初のうちは緊張をしているけど、
 見るものも、聞くものも新鮮だもの、やがて次から次に手を出すの。
 あげく、私たちは3人そろって、最初の一年目は、遊びすぎちゃいました。
 その反省からの、勉強会です。
 見た目以上に、結構まじめでしょう・・
 わたしたち。」



 真面目な美大生ぶりに、思わずこの3人を見直しました。
そろそろ上がろうかと言う声が出て、じゃあその時にはよろしくと言って席を立ちました。
女性陣は思いのほか呑み過ぎているために、酔いざましもかけて
すこし夜道を歩いてくると、反対側の方向へ、もつれ合いながら歩き始めました。
その辺でつまらない男に手を出すんじゃないよと一声かけたら、
そんなに心配ならボディガードに着いて来いと、姐肌が切り返されました・・・・

 「送り狼になってもいいのか」と再び言葉を投げると、
今夜は酒で充分に酔っているから、男に酔うのはまた明日で結構ですと、
拒絶の捨て台詞をはいて、3人組が夜の町角へ消えて行きました。




 3人へ手を振るのをやめて、帰りの方向に顔を向けた時、
お店の路地にたたずんでいるお下げの姿が、流れる視線の中で垣間見えました。
あれ・・・何だろうとも思う間もなく、こちらの気配に気がついたのか、
ぺこりと頭をさげたお下げが、あわててお店の裏口に駆け込んでいってしまいます。


 ふと、なんとなくですが、この瞬間にいやな予感がありました。



 そういえば、守との
カウンター越しのひそひそ話が、妙に長かったと感じたことが
いまさらのように思い出されました。
そういえば、守はいつの間に帰ったのでしょうか、それすら
まったく気がつきませんでした。








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