落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ、桐生 (25) 船旅は、木の葉のように・(後)

2012-05-29 10:03:21 | 現代小説
アイラブ、桐生
(25)第2章 船旅は、木の葉のように・(後)
『沖縄上陸』


(海の色が美しい、那覇の港)




 船酔いから解放されたのは、夜明けが真近になってからでした。
朝飯をすませた後は、日差しの溢れる甲板で3人で過ごすことになりました。
食事を半分ほどに切りあげてしまった恵美子は、まだ船酔いの半ばのような気配です。


 本部港から那覇港へとむかう午後の甲板で、
優子からはつい最近起きたばかりの、コザ事件の話を聞きました。



 沖縄は、戦後20年余りにわたって
日本の法律も、アメリカの法律も適要されないままに、
軍事政権の支配下で、強制的に支配されてきた軍事最優先の島です。
特にベトナム戦争が激しくなってきた60年代の後半になると
コザ市(今の沖縄市)は、ベトナム派遣の兵士たちの休暇地として、
遊興と飲食でたいへんな賑わいをみせました。
Aサイン(米軍OKのサイン)を掲げる飲食店は、
沖縄全土の3割を占めるほど、ここコザに集中をしています。




 そうした背景としては、この中部地区一帯に、
海兵隊基地を中心に、きわめて大規模な米軍施設が集中したためです。
極東最大の規模をほこる「嘉手納」空軍基地の存在は、あまりにも有名です。
米兵たちのたび重なる犯罪や暴挙に 市民がたちあがり、
米軍施設や車を焼き討ち事件に発展をした暴動が、コザ事件」です。
(詳細は、のちほど再掲載します)


 優子の出身地は、伊江島です。
那覇からは海沿いに西海岸を北上をします。
中部にある巨大な米軍施設群を抜けてから、西へ突き出た本部半島をめざします。
そこから見える、東シナ海に浮かぶ小さな小島が伊江島です。
恵美子のほうは、沖縄派遣の結団式のために、2日ほど
那覇とその周辺へ滞在をする予定です。
再会を約束して、船の上陸地点で別れることになります。

 「群馬は、どうするの?」

 そう聞かれましたが、特に予定はありません。
優子が、米軍の射爆場が伊江島に有るので、一緒に行くかと誘ってくれました。
とりあえず、(面白そうだと)同行することを決めてしまいましたが、
しかしこれがまた、後々でたいへん後悔をする羽目になるのです・・・・

 「うわぁ~」



 ようやく船酔いから生還をはたした恵美子が、
輝く海面を覗きこみながら、実に大きな歓声をあげました。
那覇の市街が青い海面の彼方に、白く輝いて肉眼にも見えてきました。
長い船旅がようやく終わろうとしている時刻です。
浅くなってきた透明な海は、足元に横たわるサンゴ礁と
真っ白な砂を一面に敷き詰めた海底を、どこまでもさらけ出しています。
何処までも透き通り、透明度をほこる浅瀬です。
覗きこむ視線の先を邪魔をするものは、舳先から後ろへ向かって
次々と砕けていく、白い波と航跡だけでした。


 鹿児島港からは、まる一昼夜。
那覇港へ上陸したのは、午後7時を少し回っただけで、
ほぼ定刻で最終地へ到着しました。
恵美子はここから全青連が指定した宿舎へ直行します。



 「群馬~、ちょっと!」

 美恵子が帽子のひさしをちょこんと持ち上げながら、私を呼んでいます。




 「ちょっとだけ、耳を貸してよ・・」

 なんだろうといぶかりながら、横顔をむけたら、
いきなり両手で顔を挟まれて、ほっぺにチュッとキスをされてしまいました。



 「美女二人の、度重なる誘惑にも負けることなく、
 無事にここまで到着した事への、私からのご褒美です!
 あんたも、いい人生のきっかけが此処で見つかるといいわねぇ。
 じゃぁ、ここでお別れです。
 て、あ~あれ~、・・・
 3日後には、再会の約束だったわねぇ
 何をあせってんだろ~あたしったら・・
 沖縄到着で、今から舞い上がっていてどうするんだろう。
 んじゃ、またね~」

 苦笑いの恵美子を乗せたタクシーが、那覇の市街へ消えていきます。

 「わたしはしないわよ、キスなんか・・・・
 期待しないでちょうだい、群馬 」




 笑い声を残して、優子はバス停に向かって歩いていきます。
南の太陽はまだ、強い日ざしのまま西空のかなり高い位置で、まだまだ
サンサンと輝いています。
夕焼けどころかこの時間になっても沖縄の空はまだ、まったくの青空のままです。
南にくると、日暮れも遅くなるのかな・・・・と見上げていたら、



 「群馬~、バスはあるけど、
 伊江島への連絡船が、もう間にあわないみたい。
 仕方ないから、那覇で一泊しましょう。
 ねぇ、聴いている?
 ・・・・どうしたのさ、何かあるの、
 空ばっかり見て」


 「いや、
 7時を過ぎたというのに、まだサンサンとした青空だぜ。
 内地じゃ考えられない現象だ・・・・」

 「あ、そう。
 じゃあ、あんたはそこで野宿だね。
 私は嫌だよ、散々連絡船に揺られてたきたのだから、
 今夜はベッドでゆっくりと寝たいもの。
 じぁあねぇ~またあとで」

 「おいおい、右も左もわからないところに
 置いていくなよ・・・・薄情者が」




 
 結局、那覇市内の小さなホテルで一泊し、
翌朝は早い時間から本部半島を目指して、バスで移動することになりました。
おどろいたことに、那覇の市街地にさえ空軍基地が有りました。
民家の隙間から、迷彩色の大きなジェット戦闘機の尾翼が見え隠れします。




 「なにを大げさに・・・・
 こんなのはまだまだ、まったくの序の口です。
 なにせ、沖縄じゅうが基地だもの」



 大きな日差しの帽子をおさえながら、
優子が後部座席から私の耳元へ、囁くようにつぶやきました。


 東シナ海を左に見ながら
北上しつづけるバスの行く手には、高くそびえる鉄条網が見えてきました。
その向こう側には、草地と滑走路が広がっています。
たったそれだけで、それ以外には何も見当たらない光景が
道路に沿って、延々と何処までも続いていきます。




 これが、基地?


 ところどころにゲートが有り、
基地内へ入り込むための道路が現れてきました。
草地ばかりだった一帯が、綺麗に刈り込まれた芝生に代わり、
綺麗に舗装をされた広い道路が金網越しに並走して走り始めました。
ほどなくすると、大きな一軒家の集合地が現れてました。

 「居住地の、米軍住宅よ」


 すべてが家が、庭付きの一戸建てです。
アメリカサイズと言える、きわめて大きく立派な2階建て住宅です。
家族も含めて、軍事基地にはすべての生活必需品が揃っています。
基地内には居住用の住宅をはじめ、学校から病院や教会、スーパーマーケット、
飲食店や映画館などなど・・・、娯楽施設なども完備をされています。
さながらアメリカの町そのものが、そのまま沖縄へ移住をしていました。



 それらの一帯を通り過ぎると、また広大な草原が始まります。
鉄条網には、一切途切れがありません
先ほど見えたのは、実は海兵隊の小規模な基地と施設でした。




 今度は前方に、大型の輸送機たちが見えてきます。
その横には、迷彩色のジェット戦闘機が数え切れないほど見えてきました。
朝の日差しに鈍い光を放ちながら、整然として並んでいます。
極東で、その最大規模を誇る空軍の『嘉手納基地』です。 
この嘉手納基地からは、かつての朝鮮動乱では、
ここから直接、半島を爆撃のために毎日ここから爆撃機が飛び立ちました。
ベトナム戦争が泥沼化を見せる中で、嘉手納基地は一途の拡大強化の
道を走り続けています。



 アメリカ本土から空母によって大量に運ばれてきた戦闘機や爆撃機は
ここ嘉手納基地に集結をしてから、ベトナムへ出撃をします。
極東を代表する米軍の基地軍は、そのまま戦争の最前線の拠点です。
沖縄に基地が集中する最大の理由が、実はここにこそありました。



東シナ海に沿って走るバスの窓からは、
身体を大きく、いくら前方に乗り出して見たところでも
鉄条網の終点は、まったく見ることができません・・・



第2部・第2章 完





(バスの前方に有るのは、沖縄でも最大規模を誇る嘉手納の米軍基地です)




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