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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ桐生 (23) ブルートレイン「富士」(後)

2012-05-27 09:14:23 | 現代小説
アイラブ桐生 第二部
(23)第2章 ブルートレイン「富士」(後)
 『初めての九州へ』


(車窓から見えるのは、瀬戸内海の夜明けです)




 鉄道ファンたちが屯していた深夜の大阪駅を出た寝台特急は、瀬戸内沿いに
約6時間あまりのノンストップ走行の時間帯にはいりました。
寝台特急は普通の電車とは異なり、電気機関車が寝台車を牽引します。
そのために、発車時には「ガツン」という、思いのほかの強い衝撃が発生します。
寝ている時にこれがあると、ちょっとびっくりします。
しかしその後のノンストップ走行中のここち良い振動に誘われ、いつしか深い眠りに
落ちました。



 朝は、定時の起床チャイムで起されました。
いつのまにか車窓を覆っていたカーテンは、開け放されていました。
その窓の外へ眼をやると、朝日がすっかりと登り綺麗に照り輝く海面が見えました。
小島が幾重にも連なっている、瀬戸内海の朝の風景です。
話し声に誘われて、下段を覗きこみました。
ベッドのカーテンを半分だけ開け放した状態で、お化粧をすませた
優子と恵美子が、仲良く並んで話しこんでいました。


 「よう、おはよう。レズの姉妹たち」

 「あら。よく寝るわねぇ~私たち、美女二人をほったらかしたままで。
 食堂車の準備ができたそうです。
 どうします?、私たちはこれから朝食へ行きますが」




 後から追いかけると返事を返して、私も急いで身支度を整えました。
二段目のベッドから降りる際に、ふと見ると、反対側の
10代のカップルたちのベッドは、もうすでにむぬけの空の状態です。
「あれ、もう途中下車したのかしら・・・」そう思って2段目のベッドを確認すると、
カーテンの隙間からは、昨日投げ上げたままの荷物がそのままに見えています。
それにしても、未使用と思えるほどに、綺麗に整頓されたベッドの様子は見事です。
人は見かけによらないと言いますが、しっかりとした後片付けの具合に感心をしつつ、
すこしだけ、あの若いアップルたちを見直しました。
それにしても朝早くから、どこに消えたのだろうと思っていたら、
食堂車へ向かうデッキの片隅で、仲良く肩を抱き合って、
海の様子を眺めている、羨ましいほどの2人の姿に出くわしました・・・・
(いいなぁ、君たち。羨ましいほどの青春をやってるなぁ・・・・)



 食堂車は青を基調にした洋風の、とてもシックな内装です。
いつか観た、映画の「オリエンタル急行」のような雰囲気が漂っています。
走行中の列車とは考えにくい、洒落たどこかのレストランと言う趣さえもあります。
恵美子が流れる景色に背にを向けて、こちらを向いて座っていました。
「こっち」と、手で合図をしています。
意外なほど座席は空いていて
食堂車のお姉さんも朝から手持ち無沙汰のように見えました。
優子の説明では、寝台特急は各駅ごとの停車時間が長いために、
駅弁を買い込むために、大変に便利だといいます。



 瀬戸内は魚が美味しいから
お昼はどこかの駅弁にしましょう、という段取りにもなりました。
この列車に乗車をしている限りは、朝食どころか昼食を食べ、そのうえにさらに、
夕方近くまで走りぬかなければ、列車は最終目的地の西鹿児島駅へは着きません。
優子が言うように、たしかに『果てしなく延々と続く途方もなく長い鉄路』です・・・・



 九州は、まだまだはるかに先の話です。
車窓にひろがっていくのは、列車がどこまで走ろうが、
複雑に入り組んだ瀬戸内の海と、小島の連なりだけが続いていきます。
やがて広島を越え、本州と九州の境目である門司をめざして、速度を上げた
寝台特急が朝の瀬戸内の海を横目に、ひたすら猛然と疾走をします。
8時を過ぎると係員がやってきて、一晩お世話になったベッドが撤去がはじまりました。
ブルートレインは、ふたたび2日目の特急列車へと、その装いを変えていきます。


 それでも事態は、ひとつとしていっこうに変わりません・・・・
(もう充分に退屈し切った乗客たちを、乗せたまま、)ひたすら特急寝台は、海岸線を
西へと向かい、いまだに本州の西のはずれを目指して走る続けているのです。
九州を南下する前に、寝台列車には装備の変更が待っています。




 本州最後の駅となる下関駅では、寝台特急ならではのイベントがあります。
九州用の電気機関車に、付け替えるための作業です。
ここでも鉄道ファンたちによる、カメラ撮影が待っていました。
熱狂的な鉄道ファンが、カメラをかまえて先頭車両のあたりで陣取っています。
さきほどの食堂車で退屈をしていたお姉さんたちも、ホームに降りたようです
車掌さんと、にこやかに談笑などをしています。




 私たちも降りましょうよ、
そう優子に誘われてホームへ降り、売店などを物色して時間をつぶすことにしました。
ここはもう本州の最西部の駅で、この先にある関門トンネルをくぐると
生まれて初めてといえる異国の地、九州の大地を踏むことになります。
いいえ、列車のままですから、正しくは、「乗り込む」が正解かもしれません・・・


 先頭車両へ向かって、九州仕様の機関車がゆっくりと後退をしてきました。
前後に立つ誘導員たちに細かく指示をされながら、九州用の機関車が
鈍い衝撃と共に連結をされてしまうと私たちの寝台特急は、やがて
関門トンネルをくぐり抜けるためのすべての準備を、無事に完了させました。
軽い発車の衝撃の後、ゆっくりと寝台列車が動き始めました。
門司のトンネルを目指して、車体が滑りはじめます。





 さしたる感動もなく、列車は10分ほどで関門トンネルをぬけました。
福岡県の門司駅では、列車を再編成するために5分間ほど、また列車が停まります。
ここからは、鉄路が西周りと東海岸行きとに、それぞれ分離がなされます。
ここまで連結をしてきた寝台特急の長い車両は、東へ回り込む日豊本線の「富士」号と、
西へすすむ鹿児島本線行きの急行寝台として切り離されていきます。




 ちょうどその作業が、通勤や通学の時間帯と重なりました。
やはりブルートレインの姿は、この人たちにも珍しいのでしょうか・・・・
通学中の女子高生たちが大きな窓に近寄ってきて、興味深そうに覗いていきます。
遠慮なしに大きな瞳を輝かせて、あからさまに覗きこんでいく
女子校生たちの視線に、ついに耐えきれなくなってしまったのか、
恵美子が勢いよく、カーテンを閉めてしまいました。





 「減るもんじゃ、ないのに・・」


 と、声を出して笑っていたら、恵美子が振り返って苦笑をしています。



 「ごめんなさい・・・・
 女子高校生たちの素肌が、
 あまりにもピチピチとしすぎていているんだもの。
 すこしだけ肌荒れ気味のお姉さんたちとしては、
 あわてて、嫉妬を感じて、カーテンなどを思わず閉めてしまいました!
 私たちも、ちょっと前までは、
 あんなも透き通った、綺麗で健康な肌をしていたのになぁ・・・」



 はにかみながら、そう答えています。
すかさずそこへ、優子の鋭い反論が飛び出しました。




 「そこの発言は訂正してください。
 私はまだ、不節制はしておりませんので、自称『美肌』を保っています。
 正しくは、一人称で、『わたし』と言ってください。
 誰かさんとは違って、日夜、品行方正に過ごしておりますので、
 そこまでの肌荒れなどは、一切ございません。
 私まで同類として、仲間にしないでください頂戴、えへへ・・・」



 と、すました顔でやり返しています。
やれやれ女というものは、どこまでいってもやっぱり些細なことで見栄を張る・・・・
話が厄介になる前に、気がつかないふりをしてそのまま立ちあがり
談話室で時間を潰すことにしました。





 九州の東海岸をひたすら南下を続けていく日豊本線も、やはり長い鉄路です。
それでも進むに連れて、車窓の景色からは早い春の様子が濃密になってきました。
本州の鉄路は、ひたすら地球を横に走ってきたという印象ですが、
九州に上陸したからは、ひたすら南下の旅が始まりました。
気のせいか、南下するにつけて海の色まで暖かく感じるから、不思議です。



 それでもここまで乗車を続けてくると、
すでに多くの乗客たちが、退屈し切っていることに変わりはありません。
それでも列車は、お昼の少し前から、ほぼ夕方近くまでの時間をたっぷりとかけて、
まったく初めて見る景色の中を、南下していきました。
気がつけば、10代の若いカップルの姿が座席には有りません。
九州にはいってからの、どこかの駅で降りたようですが、
私には、まったく記憶がありません。
(いい旅をしてくれよ、若いの・・・・)
過ぎ去ってきた鉄路に向かって、ポンと捨て台詞を吐いてみました。




 大分から宮崎を経由して、終点の西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)
に到着したのは、午後7時がほんの少し前と言う時刻でした。
ようやく到着したホームへ降りたってみると、
意外なほど、列車から降りる人影がありません。
いずれもが、途中の駅で降りたと思われるために、ちょっとだけ
寂しいと思われる風景の中での、到着になりました。




 改札口を抜けて駅舎の正面に出た瞬間
目の前の錦江湾越しに、煙をあげる桜島が見えました。
う~んと、3人並んで大きな背伸びをしたのもつかの間で、とりあえず、
宿を確保しなければなりません。



 鹿児島港から出る沖縄行きのフェリーは、
明日の夕方、18時ちょうどからの出航でした。
こちらの方はすでに手配済みですが、宿は行き当たりで探すことになっています。
幸いなことに駅前広場を見渡すと、それなりにホテルや旅館が並んでいます。
これならば、それほど宿探しに不都合しなくも済みそうです。




 「ねぇ・・・・ところでさぁ、
 群馬は、花柄と透け透けとでは、どちらの方がお好みかしら」




 「何の話だ、?」



 「今夜の夜伽(よとぎ)の話。
 ご希望は、とても乙女チックな花柄のパジャマがいいか、
 それとも、妖艶で、脳殺系の透け透けのネグリジェがいいのか・・・・
 あなたのご希望を聴いています。
 どっちかしら、群馬のお好みは、」


 澄ました顔で恵美子が、過激な発言をしています。
優子も負けてはいません。




 「私なら、雑魚寝でも平気だよ。
 ねぇ群馬、遠慮しないでさぁ、今夜は3人で川の字になって寝ましょうよ。
 それなら、百合絵もきっと文句は言わないと思うし、
 万一、その気になっても美女ふたりが傍に居れば、不具合もないし、
 どっちを選んでも不公平が出るから、皆で雑魚寝をしましょうよ」

 

 いいかげんにしろと・・・・まとめて二人をたしなめました。
25時間近くも列車に揺られ続けてきたために、
とりあえず早めに宿だけを決めて、早く呑みに出たい気分です。
今夜は、南九州いちだと言われている、天文館の歓楽街あたりで、たっぷりと
本場の焼酎を飲んでみたいと、到着の前からすでに決めていました。
そんな風につぶやいてから、ボストンバッグを肩に担ぎあげました。
暮れかけた鹿児島の町へ向かって、3人で歩き始めます。




 「ねぇ群馬。
 やっぱり花より、団子のほうがいいわよね。
 ここは焼酎の本場だもの。まずは無事の到着などを祝して
 心行くまで乾杯などをしましょうよ」



 私の気持ちを読んでくれたのか、優子が並んで歩きながら
横目で見上げてきました。
この子は控えめですが、時々優しい配慮も見せてくれる
嫌みのない、素直な性格の持ち主です。
おまけに、にっこりと笑うと八重歯がチラリと見えました。
この当時に、人気があった沖縄出身の少女歌手にも似た、そんな笑顔があります。



 先頭に立って元気に歩き始めた恵美子が
目の前にそびえたつ桜島に向かって、2度3度と気持ちよくジャンプをしながら
嬉しそうに大きく手を振りはじめます。



 「はるばる来たぜ、鹿児島へ~♪
 お~い、桜島さん、こんにち~わ!。
 あら・・・
 もう今晩はの・・時間帯かしら?
 どう思う、ねぇみんな。あれれ、もう後ろに居ない・・・
 ちゃんと私の後ろに着いてきてよねぇ、二人とも。
 着いた早々に迷子なんて、まったく話にも洒落にもなんないわよ。
 私は根っからの、方向音痴なんだから、
 勝手に歩いていかないでよ、
 置いていかないでったら!
 お願いだから。
 ねぇ優子。
 ねぇ、群馬ったら!
 んん、・・・・もう!」




(鹿児島中央駅です。かつてここは寝台特急の終着駅で当時は、西鹿児島駅と呼ばれていました)



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