落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ桐生・(26)  銃とブルドーザ―・伊江島(前)

2012-05-30 09:46:34 | 現代小説
アイラブ桐生・(26)
第3章 銃とブルドーザ―・伊江島(前)
『優子とおばぁ』



(本部半島の先端へ続く道)




   ■アメリカ軍による沖縄統治の歴史は、
   1945年の太平洋戦争終結時からはじまりました。
   まったく無権利状態下での、アメリカ軍による沖縄の占領は
   1972年5月15日までの沖縄本土復帰まで、およそ27年間に及んでいます
   日本の法律はおろか、アメリカ合衆国の法律さえも適用されないままに、
   軍事政権下で、無権利状態におかれた統治政治のことをさしています。




 沖縄本島北部の、本部港から連絡船に乗りました。
瀬底島を左手に見て、海上にひらりと浮かんでいる小さな水納島を眺めているうちに、
30分ほどで、優子の実家が有る伊江島に到着をします。
連絡船を降りて桟橋の近くの歩いていると、
水面の小舟から声がかかりました。


 「お~い、優子でねえか。
 いつ戻った。
 その連れはなんだ、亭主か・・
 バァちゃんが見たら、さぞかしよろこぶぞ~
 ちょっとこのあたりでは見かけない、よさそうな男だのう。
 見かけない顔だが、内地のもんか?」



 「おじいちやん、ただいま。元気そうだわねぇ、いつ見ても。
 あいかわらず、口だけは悪いけど・・・・
 私のお客さんよ、
 伊江島を案内してあげるの」



 「そうか、それなら、タッチューがいいぞ。
 あそこからなら、360度を見渡せる」



 「うん、ありがとう、後で行ってみる!」


 「本当は、都会から連れて来た、お前の亭主じゃろう?
 本当に違うのか・・ばぁさんにいっておけ、あとで魚を届けると。
 お~い、そこのご亭主、酒は呑めるのかぁ。」




 違う、違うとうれしそうに手を振りながら、
近所のおじさんでいつも出会ってもああなのよ、と、ケラケラと優子が笑っています。
この旅で優子が初めて見せる、屈託のない柔らかい笑顔です。
生まれ育ったところに戻ってくると、人は心がなごみます。
優子の心にも、なにかほっとしたものが生まれてきたようです。



 「タッチューって?」

 「伊江島のシンボルみたいな山のこと。
 ほら、本部港の桟橋からも良く見えていたでしょう。
 洋上にぽかんと浮かんでいて、尖ったように見えていた山のこと。
 後で行こう、眺めはいいわよ~、最高だから!」





 やはり、テンションはあがっています。
発着桟橋から5分も行かないうちに、もう優子が小走りになりました。
昂ぶってきた気持ちを抑えきれなくなってきて、
最後は脱兎のように、元気よく走りだしてしまいます。




 「おばぁ~ただいま!」


 優子がとびこんでいったのは、お土産屋さんのような小さな食堂です。
優子がおばァの首にかじりついたまま、涙をこぼして笑っています・・・・


 「本当にさぁ、
 この子ったら、なんの前触れもなしに、
 突然に帰ってくるんだから~」


 受け止めているおばぁの顔も嬉しそうです。
その訳は、すぐに分かりました。
射爆場の中にあるサトウキビ畑で、実践訓練中の流れ弾に当たり、
優子の父親は10年前に亡くなりました。
その後、母親は本島へわたり、水商売だけで優子の学費を稼いでいます。
実家にのこったのは、おばぁただ一人になってしまいました。




 幼い時から優子は、
おばぁと二人だけで暮らしてきました。
母と会えるのも、1年に数回だけに限られています。


 ここまで一緒に旅をしてきたというのに、この子、(優子は)
そんな自分の生い立ちなどは、只の一度も口にしませんでした。
青い海に囲まれて、青い空に抱かれて幸せに暮らしてきた・・・・
そんな私の自分勝手な思い込みは、伊江島へ上陸をして30分もたたないうちに、
ものの見事に打ち砕かれてしまいました。



 そうだ、ここは米軍の基地の重みで沈みかけている島なんだ・・・・
初めて内地と異なる、独特の沖縄の空気に初めて触れた瞬間です。
そしてまたそれと同時に、あまりにも壮絶すぎる、
初めて知った、悲痛な優子の生い立ちでした。





 伊江島は東シナ海に浮かぶ、周囲22キロ余りの東西方向に細長い小島です。
高低差の少ない伊江島の目印のように、島の中央から東に少しずれたところに、
高さ172mで、唐突にそびえている岩山があります。
これがタッチューとも呼ばれる、景勝地の城山(グスクヤマ)です。
急な階段をゆっくり登っていくと、15分ほどで山頂に着きました。




 頂上からは見ると遮蔽物が、なにひとつありません。、
ほんとにぐるりの360度、伊江島のすべてを見渡すことができました。
優子が西の草原を指さします。



 「群馬。
 向こうにあるのがサトウキビ畑の真ん中にある、米軍の射爆場。
 今日は飛んでいないけど、ほとんど毎日のように、戦闘機が飛んでくる。
 あそこは、毎日が実弾射撃の練習場なの。
 私のおとうは・・・・
 あそこのサトウキビの畑の真ん中で、流れ弾に当たって命を失った。
 先祖伝来の土地の上で、仕事をしながら死んだのよ・・
 何んにも悪いことなんかはしていないのに、
 たまたま流れ弾に当たって、死んじゃった」



 東シナ海に浮かぶ伊江島は、
島の西北部のほとんどが、米軍基地と軍事演習用地になりました。
もともとあった日本軍の基地を接収以降に、その支配の範囲は年とともに広がりました。
増え続けた支配面積は、いまでは実に島の50%ちかくを占めています。




 「基地反対闘争の運動の中で
 すこしずつだけど、強制収容された土地も帰ってきた。
 でもねぇ、まだ、4割近くが奪われたままなんだよ、群馬。
 おとうの土地も、あの射爆上のすぐ近所にあるの。
 先祖伝来の土地だもの、誰もサトウキビ畑から、離れることなんてできないわ。
 ねぇ、群馬、
 なんでだろう・・・・なんで沖縄だけがこんな目にあうのさ。
 なんで伊江島にだけ、殺人のための練習場があるのさ。
 なんで、おとうがサトウキビの畑で死ななければならなかったのさ・・・
 悔しいよね。
 悔しいよ、私たちの大切な伊江島が、
 こんな島にされちゃってさ・・」




 優子が手の甲で、そっと目がしらをぬぐいます。



 「わたしにもっと才能があれば、
 この伊江島の現実を、しっかりと社会に届けられるのに。
 伊江島の辛すぎる現実を、世間に知ってもらえるというのに。
 まだまだ、全然ダメなんさ。
 絶対それを描いて見せるって、私はおとうに約束して島を出たというのに、
 気持ちだけでは、画は描けないよ。
 努力はいっぱいしているつもりなのに・・・・
 まだまだ優子の絵は、全然だめなんだ。私は、それだけが悔しい」




 優子の言葉を聞いているうちに、背筋を電流が走りました。
画にひたすらうちこんでいる優子の原点は、ここから生まれていたのです。
いつも笑顔を絶やさない優子は、実はこれほどまでに
ほとばしり続けている激しい気持ちを、いつもひた隠しにしたままでした。
必死に自分の才能を信じて、絵を描こうとしているのです。
この伊江島に来るまでは、まったく気がつかなかった優子の素顔です。




 泣いている場合じゃないよ、ね・・・・
振り返った優子が、照れくさそうに両目をこすってから
口元をそっとおさえました。




 「ここへ戻ってきたと思ったら、また、泣いちゃった。
 絶対に泣かないつもりでいたのに、また泣けちゃった・・・
 ここは、おとうの思い出の場所なんさ。
 いつも私を肩車してくれて、はるかな海の向こうには、
 まったく別の世界があることを、私に教えてくれた場所なんだ。
 戦争ばかりの島だけど、ちゃんと平和な町も有る。
 希望だけは失わないようにして生きていくんだぞ、と、おとうが教えてくれたんだ。
 私が生まれたあの時と、まったく同じ海なのに、
 まったく同じに見える島なのに、
 今、此処に居ないのは、私が大好きだったおとうと、
 離れて暮らしているおかあだけだ・・」



 帰ろう群馬、と、ぽつりと言い、
優子がくるりと背中を向けて、山を降り始めました。





 「お~い、婿どのは、おるか~」




 約束通り、昼間会った(近所の)おじさんが、
獲れた魚と泡盛をぶらさげて、暗くなる前におバァの店にやってきました。
少し遅れて、おじさんに呼びつけられた海人(ウミンチュー)の2人もやってきました。
ちいさな食堂で、もてなしの宴が始まりました。


 「米軍たちは、有る日、突然やってきた」



 お前らも良く聞いておけ、と海人2人を指さしながら
ねじり鉢巻をしたおじさんが、泡盛をぐいと飲みほしてから古い話をきりだしました。




 「上陸用の船からは、
 たくさんの米軍兵とブルドーザーが降りてきた。
 南の海岸から上陸してきて、島の西にあった日本軍の飛行場へ向った。
 それから、あっというまに基地を作り始めた。
 それだけじゃないぞ。
 海岸からは、来る日も来る日も米兵と、
 ブルドーザ―が上陸をした。
 この島が、銃とブルドーザ―でいっぱいになった。
 沖縄が日本から切り離されて、アメリカ軍の占領地にかわったんだ。
 それからだ、この島がいっぺんに変わり始めた。
 わしらが耕作をしている畑に、アメリカ軍が突然やって来て、
 今日からここは、基地と軍事施設になるから出ていけと威張りだす。
 ちっとやそっとの話じゃないぞ。
 あいつらときたら、銃を片手に、次から次に土地と畑を取り上げる。
 島じゅうが、あっというまに鉄条網だらけになった。
 気がつけば、島の半分が米軍基地だ。
 それこそが、あっというまの出来事だった」



 おい呑め、婿どのと、
一気に泡盛を注ぎ足してから、おじさんはその続きを語ります。




 「朝鮮動乱が始まると、
 またまた軍事基地が拡大をされた。
 ベトナム戦争が始まれば、
 ここは軍事演習場だと、有無をいわさずまた取り上げに来やがった。
 野菜の植わった畑だろうが、
 サトウキビ畑だろうが、片っ端から奪いに来た。
 銃とブルドーザーで、アメリカのあいつらはやりたい放題だ。
 これで、いったいどこに平和がある?
 太平洋戦争は、とっくの昔に終わったというのに、
 ここではまだ、毎日が戦争が続いたまんまさ。
 銃とブルドーザーで、絶対に平和なんかが来るものか!
 そう思うだろ、なぁ、
 内地から来た、婿どの!」



 まったくだと、心底思いました。
熱く更けていく伊江島での、上陸一日目の夜のことです。


(本部から見た、洋上に浮かぶ伊江島の全景)







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