落合順平 作品集

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居酒屋日記・オムニバス (92)        第七話  産科医の憂鬱 ⑫

2016-06-20 09:28:41 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (92) 
      第七話  産科医の憂鬱 ⑫


 
 「それにしてもお前。なんでとつぜん、帰って来たんだ。
 九州でしばらく、マンションの仕事をしているはずだろう?」


 「それがさ・・・」と智恵子が顔をあげる。
「ここだけの話。背中が痛みがもう限界なんだ。朝起きるたびに悲鳴をあげている」
情けないけどね・・・と、顔を伏せる。



 「例の背中の痛みか。そんなにひどいのか、今回は・・・」


 「うん」智恵子が、顔を伏せたまま唇を噛む。



 「で。いいのかよ。
 背中が痛いというのに、そんなに酒ばかり呑んでいて?」



 「酔っぱらったほうが気がまぎれるし、痛みからも解放される」



 「馬鹿やろう。
 酒で痛みが、麻痺しているだけの話じゃねぇか。
 もっと大事にしたらどうだ。
 親からもらった身体だ。
 長く大切にして健康を保つのも、親孝行のひとつだ」



 「そう言ってくれるのは、あんただけさ。
 一週間、休みをもらった。
 やることがなくなったら、ふと群馬を思いだした。
 あんたの顔が浮かんできた。
 そう思った瞬間、もう無性に会いたくなって、電車に飛び乗った。
 福岡から群馬まで、夜行バスと電車を乗り継いで、18時間。
 やっぱり遠いんだね。北関東は・・・」



 「あたりまえだ。
 でもなんで・・・俺の顔なんか思い出した。
 他にもいろいろいるだろう。俺なんかより、はるかにいい男が」



 「うん。たしかにあんたよりいい男は、いっぱい居る。
 でもなんでだろう。
 なぜだかあんたの顔を、一番先に思い出した・・・」



 「そうか。そういつは嬉しいな。遠いところを良く来くれた」



 もう一杯呑めと智恵子の前に、熱燗を置く。
「体に悪いんでしょう、ろくに治療もしないで、酒ばっかり呑んでいたら・・・」
智恵子の瞳が、幸作を見上げる。


 「酒は百薬の長だ。適量に呑む酒は、どんな薬よりも効果がある。
 呑んべェに、それ以上呑むなというのも酷な話だ。
 よく帰って来た。
 それで、いつまで居られるんだ、群馬に?」


 「今日を入れて1日か、2日。
 あんたの顔を見たら、もう気が済んだ。
 明後日は、両親の墓参りに行く。
 遅いと思うけど、たまには、親孝行の真似事くらいしなくちゃね。
 そのつもりで、一週間の休みをもらってきた」



 「たしか福島だったっけ、おまえさんの故郷は?」


 「そう。智恵子が安達太良山の上に出ている青空が、ほんとうの青空と言った
 安達太良山の麓、大玉村がわたしのふるさと」



 「いいところらしいな。一度は行って見たいと思っていたんだ、俺も」


 「ホント?。あんたと一緒に行けたら楽しいだろうね、きっと・・・」


 「だがその前に、おまえさんには、行くところが有る」


 
 「行くところがある?」




 「明日の朝、8時に、店に来い。
 ある場所へお前を連れて行く。必ず来いよ。
 と言うことで今夜は、これを呑んだら解散しょう。
 ホテルへ帰り、明日のために、しっかり睡眠をとっておけ」



(93)へつづく


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