居酒屋日記・オムニバス (92)
第七話 産科医の憂鬱 ⑫

「それにしてもお前。なんでとつぜん、帰って来たんだ。
九州でしばらく、マンションの仕事をしているはずだろう?」
「それがさ・・・」と智恵子が顔をあげる。
「ここだけの話。背中が痛みがもう限界なんだ。朝起きるたびに悲鳴をあげている」
情けないけどね・・・と、顔を伏せる。
「例の背中の痛みか。そんなにひどいのか、今回は・・・」
「うん」智恵子が、顔を伏せたまま唇を噛む。
「で。いいのかよ。
背中が痛いというのに、そんなに酒ばかり呑んでいて?」
「酔っぱらったほうが気がまぎれるし、痛みからも解放される」
「馬鹿やろう。
酒で痛みが、麻痺しているだけの話じゃねぇか。
もっと大事にしたらどうだ。
親からもらった身体だ。
長く大切にして健康を保つのも、親孝行のひとつだ」
「そう言ってくれるのは、あんただけさ。
一週間、休みをもらった。
やることがなくなったら、ふと群馬を思いだした。
あんたの顔が浮かんできた。
そう思った瞬間、もう無性に会いたくなって、電車に飛び乗った。
福岡から群馬まで、夜行バスと電車を乗り継いで、18時間。
やっぱり遠いんだね。北関東は・・・」
「あたりまえだ。
でもなんで・・・俺の顔なんか思い出した。
他にもいろいろいるだろう。俺なんかより、はるかにいい男が」
「うん。たしかにあんたよりいい男は、いっぱい居る。
でもなんでだろう。
なぜだかあんたの顔を、一番先に思い出した・・・」
「そうか。そういつは嬉しいな。遠いところを良く来くれた」
もう一杯呑めと智恵子の前に、熱燗を置く。
「体に悪いんでしょう、ろくに治療もしないで、酒ばっかり呑んでいたら・・・」
智恵子の瞳が、幸作を見上げる。
「酒は百薬の長だ。適量に呑む酒は、どんな薬よりも効果がある。
呑んべェに、それ以上呑むなというのも酷な話だ。
よく帰って来た。
それで、いつまで居られるんだ、群馬に?」
「今日を入れて1日か、2日。
あんたの顔を見たら、もう気が済んだ。
明後日は、両親の墓参りに行く。
遅いと思うけど、たまには、親孝行の真似事くらいしなくちゃね。
そのつもりで、一週間の休みをもらってきた」
「たしか福島だったっけ、おまえさんの故郷は?」
「そう。智恵子が安達太良山の上に出ている青空が、ほんとうの青空と言った
安達太良山の麓、大玉村がわたしのふるさと」
「いいところらしいな。一度は行って見たいと思っていたんだ、俺も」
「ホント?。あんたと一緒に行けたら楽しいだろうね、きっと・・・」
「だがその前に、おまえさんには、行くところが有る」
「行くところがある?」
「明日の朝、8時に、店に来い。
ある場所へお前を連れて行く。必ず来いよ。
と言うことで今夜は、これを呑んだら解散しょう。
ホテルへ帰り、明日のために、しっかり睡眠をとっておけ」
(93)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第七話 産科医の憂鬱 ⑫

「それにしてもお前。なんでとつぜん、帰って来たんだ。
九州でしばらく、マンションの仕事をしているはずだろう?」
「それがさ・・・」と智恵子が顔をあげる。
「ここだけの話。背中が痛みがもう限界なんだ。朝起きるたびに悲鳴をあげている」
情けないけどね・・・と、顔を伏せる。
「例の背中の痛みか。そんなにひどいのか、今回は・・・」
「うん」智恵子が、顔を伏せたまま唇を噛む。
「で。いいのかよ。
背中が痛いというのに、そんなに酒ばかり呑んでいて?」
「酔っぱらったほうが気がまぎれるし、痛みからも解放される」
「馬鹿やろう。
酒で痛みが、麻痺しているだけの話じゃねぇか。
もっと大事にしたらどうだ。
親からもらった身体だ。
長く大切にして健康を保つのも、親孝行のひとつだ」
「そう言ってくれるのは、あんただけさ。
一週間、休みをもらった。
やることがなくなったら、ふと群馬を思いだした。
あんたの顔が浮かんできた。
そう思った瞬間、もう無性に会いたくなって、電車に飛び乗った。
福岡から群馬まで、夜行バスと電車を乗り継いで、18時間。
やっぱり遠いんだね。北関東は・・・」
「あたりまえだ。
でもなんで・・・俺の顔なんか思い出した。
他にもいろいろいるだろう。俺なんかより、はるかにいい男が」
「うん。たしかにあんたよりいい男は、いっぱい居る。
でもなんでだろう。
なぜだかあんたの顔を、一番先に思い出した・・・」
「そうか。そういつは嬉しいな。遠いところを良く来くれた」
もう一杯呑めと智恵子の前に、熱燗を置く。
「体に悪いんでしょう、ろくに治療もしないで、酒ばっかり呑んでいたら・・・」
智恵子の瞳が、幸作を見上げる。
「酒は百薬の長だ。適量に呑む酒は、どんな薬よりも効果がある。
呑んべェに、それ以上呑むなというのも酷な話だ。
よく帰って来た。
それで、いつまで居られるんだ、群馬に?」
「今日を入れて1日か、2日。
あんたの顔を見たら、もう気が済んだ。
明後日は、両親の墓参りに行く。
遅いと思うけど、たまには、親孝行の真似事くらいしなくちゃね。
そのつもりで、一週間の休みをもらってきた」
「たしか福島だったっけ、おまえさんの故郷は?」
「そう。智恵子が安達太良山の上に出ている青空が、ほんとうの青空と言った
安達太良山の麓、大玉村がわたしのふるさと」
「いいところらしいな。一度は行って見たいと思っていたんだ、俺も」
「ホント?。あんたと一緒に行けたら楽しいだろうね、きっと・・・」
「だがその前に、おまえさんには、行くところが有る」
「行くところがある?」
「明日の朝、8時に、店に来い。
ある場所へお前を連れて行く。必ず来いよ。
と言うことで今夜は、これを呑んだら解散しょう。
ホテルへ帰り、明日のために、しっかり睡眠をとっておけ」
(93)へつづく
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