月末の金曜日、いつものように仕事先からの帰路、ふる里の溪で束の間のひとときを楽しみました。
今日は田植えの終わった田んぼの畔から入溪します。

変わらぬ溪の緑に包まれて、とがっていた心はいつの間にかまあるく穏やかに癒されていくのでした。

ヤマメの気配。

ほらね!

この上も

ほ~らね!

釣りを終えて林道を下ると、田んぼを見つめる親父さんがいました。この田んぼの所有者としばし立ち話。この田んぼがあれば3家族で食べる1年分のお米が収穫でくるのだとか。この田んぼと、野菜を作る畑と、雀の涙の年金があれば充分豊かに生きていけるのだそうです。国になんかに頼るものかと言う強い意志を感じさせられました。

いつの頃からか、この風景を眺めながら親父さんと話すひとときが大好きになりました。
いつものように秋山温泉で汗を流し、生ビ-ルでほっこりし、まったりとうたた寝の時間をすごします。

こんな束の間のひととき、実は至福のひとときだと言うこと、↓によって改めて実感されられるのでした。
感動のメッセ-ジ。
ちょうど1年前の同じ日、これと全く同じ日記を書いていました。全く同じ日に。
かつて、友人から友人へとメ-ルを通じて次々と駆けめぐった作者不明の感動のメッセ-ジ『もしも世界が100人の村ならば』。ご紹介します。
『現在の人類統計比率を使って、全世界を100人の村に縮小したらどうなるでしょうか?その村には、57人のアジア人、21人のヨ-ロッパ人、14人の南北アメリカ人、8人のアフリカ人がいます
52人が女性で、48人が男性です
70人が有色人種で、30人が白色人種です
70人がキリスト教徒以外の人たちで、30人がキリスト教徒
89人が異性愛者で、11人が同性愛者
80人は標準以下の住居に住み、70人は文字がよめません
50人は栄養失調に苦しみ、1人が瀕死の状態にあり、1人がいま生まれようとしています
1人は大学教育を受け、そして1人だけがコンピュ-タを所有しています
また、次のような視点からも考えてみましょう
もしあなたが今朝目覚めたとき、健康だなと感じることができたなら、あなたは、今週生き残ることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています
もしあなたが戦いの危険や投獄される孤独や獄門の苦悩、或いは飢えの悲痛を一度も経験したことがないのなら、世界の50億人の人たちよりも恵まれています
もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上には屋根があり、寝る場所があるのなら、あなたはこの世界の75%の人々より裕福です
もしあなたの両親が共に健在で、そして二人がまだ一緒なら、それはとても希なこと』
このメッセ-ジを受けて、あなたはどのように感じますか?
ちょうど釣りの日記を書き終えようとしたとき、このタイトルのテレビ番組の予告編が放映されました。マニカと言う12才の少女、毎日毎日10時間、ゴミの山でゴミを集めて一家5人の生活を支えています。想像を絶する貧しさ、人間のものとは思えない過酷な生活、3日に一度だけの食事、あとの2日間は空腹を水で満たす生活。勉強したい、でも明日への希望の光など一筋も見えません。

私たちには家があり、3度の食事があり、家族や健康があり、高い教育を受け、明日を語る夢があり、ケイタイやパソコンも所有しています。そして、これらが保証されていることを当たり前のことと思いこんでいます。
私は、懸命に働くマニカと言う少女を見て、涙することしかできませんでした。自分に何ができるだろうか。何かできることは無いのだろうか。今まで、ユニセフとフォスタ-プラン(あしながおじさん)などに募金を続けてきましたが、今の私にできることはたったこれだけ、こけだけしかできることがありません。
今夜9時、8ch、このテ-マの番組が放映されます。
どうか皆さん、世界の中に存在する悲惨な人たちの生活を見ていただけませんか。
そして、自分に何ができるだろうか?
少しでも考えていただければ幸いです。
最後までご覧頂きましてありがとうございました。
今日は田植えの終わった田んぼの畔から入溪します。

変わらぬ溪の緑に包まれて、とがっていた心はいつの間にかまあるく穏やかに癒されていくのでした。

ヤマメの気配。

ほらね!

この上も

ほ~らね!

釣りを終えて林道を下ると、田んぼを見つめる親父さんがいました。この田んぼの所有者としばし立ち話。この田んぼがあれば3家族で食べる1年分のお米が収穫でくるのだとか。この田んぼと、野菜を作る畑と、雀の涙の年金があれば充分豊かに生きていけるのだそうです。国になんかに頼るものかと言う強い意志を感じさせられました。

いつの頃からか、この風景を眺めながら親父さんと話すひとときが大好きになりました。
いつものように秋山温泉で汗を流し、生ビ-ルでほっこりし、まったりとうたた寝の時間をすごします。

こんな束の間のひととき、実は至福のひとときだと言うこと、↓によって改めて実感されられるのでした。
感動のメッセ-ジ。
ちょうど1年前の同じ日、これと全く同じ日記を書いていました。全く同じ日に。
かつて、友人から友人へとメ-ルを通じて次々と駆けめぐった作者不明の感動のメッセ-ジ『もしも世界が100人の村ならば』。ご紹介します。
『現在の人類統計比率を使って、全世界を100人の村に縮小したらどうなるでしょうか?その村には、57人のアジア人、21人のヨ-ロッパ人、14人の南北アメリカ人、8人のアフリカ人がいます
52人が女性で、48人が男性です
70人が有色人種で、30人が白色人種です
70人がキリスト教徒以外の人たちで、30人がキリスト教徒
89人が異性愛者で、11人が同性愛者
80人は標準以下の住居に住み、70人は文字がよめません
50人は栄養失調に苦しみ、1人が瀕死の状態にあり、1人がいま生まれようとしています
1人は大学教育を受け、そして1人だけがコンピュ-タを所有しています
また、次のような視点からも考えてみましょう
もしあなたが今朝目覚めたとき、健康だなと感じることができたなら、あなたは、今週生き残ることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています
もしあなたが戦いの危険や投獄される孤独や獄門の苦悩、或いは飢えの悲痛を一度も経験したことがないのなら、世界の50億人の人たちよりも恵まれています
もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上には屋根があり、寝る場所があるのなら、あなたはこの世界の75%の人々より裕福です
もしあなたの両親が共に健在で、そして二人がまだ一緒なら、それはとても希なこと』
このメッセ-ジを受けて、あなたはどのように感じますか?
ちょうど釣りの日記を書き終えようとしたとき、このタイトルのテレビ番組の予告編が放映されました。マニカと言う12才の少女、毎日毎日10時間、ゴミの山でゴミを集めて一家5人の生活を支えています。想像を絶する貧しさ、人間のものとは思えない過酷な生活、3日に一度だけの食事、あとの2日間は空腹を水で満たす生活。勉強したい、でも明日への希望の光など一筋も見えません。

私たちには家があり、3度の食事があり、家族や健康があり、高い教育を受け、明日を語る夢があり、ケイタイやパソコンも所有しています。そして、これらが保証されていることを当たり前のことと思いこんでいます。
私は、懸命に働くマニカと言う少女を見て、涙することしかできませんでした。自分に何ができるだろうか。何かできることは無いのだろうか。今まで、ユニセフとフォスタ-プラン(あしながおじさん)などに募金を続けてきましたが、今の私にできることはたったこれだけ、こけだけしかできることがありません。
今夜9時、8ch、このテ-マの番組が放映されます。
どうか皆さん、世界の中に存在する悲惨な人たちの生活を見ていただけませんか。
そして、自分に何ができるだろうか?
少しでも考えていただければ幸いです。
最後までご覧頂きましてありがとうございました。