9月もどんづまり、釣友寅さんとの道行きが実現した。
3時間半歩いてN谷に辿り着く、大水で両岸が崩壊したのか広葉樹が川岸に迫って以前と雰囲気がまるで変っていた。
(対岸の繁みの奥にある平が寅さんの格好の天場である)
寅さんが提供してくれた笹ずしと十割蕎麦を頂きながらのビ-ル、もうたまらんのです。
一応僕らも釣り師の端くれなので、ちょいとばかり竿をふりましょうかね。
この日は厚い雲がかかって、強風が吹き、冷たい雨が落ちたかと思うとお日様が出ての繰返し。
魚留まで釣りあがりますが水温9度の激渋の中でのドライフライは正直厳しすぎました。
3時間ほど釣って二人で黒部岩魚を仲良く1尾ずつ、これ世界新記録かもねえ?
岩魚の命を有りがたく頂き、水筒に詰めた寅さんの日本酒を1合ずつ、甘い岩魚の刺身とのベストマッチに酔いしれてしまいました。
(この水筒、寅さんの親爺さんが兵隊時代に使ったもので75年経った今もいい味醸していますねえ、孫子に継承できる物っていいなあ)
酒が効いたのか千鳥足で歩く小屋までの道のりは絶望的に遠く感じたものでした。
小屋に入ってしまえばもうこっちのもの、食事もそこそこに佐伯さんを交えての釣り談義に夜の耽るのも忘れてしまいます。
午前5時起床、眠い目をこすりつつ渡船でH谷に渡ります。
40分ほど歩けば懐かしい木橋。
重役出勤の黒部岩魚にお目通りするためには午前11時頃まで待たなくてはなりません。
焚火に温まりながら寅さんが淹れてくれたネルドリップのコ-ヒ-をすすりつつ贅沢な時間を過ごします。
午前11時、水温7度、岩魚の活性は最悪、僕は終日雨具を着て寒さを凌ぎます。
今年の岩魚は中流域までで上流には遡上していないと小屋主に聞いていたのだけれど
他の同宿者の要望を受け入れて僕らは上流に入ります、こんなときジェントルマンを気取るとハズレくじを引くのですねえ。
寅さんがテンカラで先行し僕は後からドライオンリ-で釣りあがります、厳しいなあ!
あれっ、もう釣っちゃった?
寒いけれど黒部ブル-の空の下で竿を振れる幸せ、感じますねえ!
僕は途中からM沢を遡行します。
そして午後1時に合流して川飯です。
この旅で寅さんが担ぎ上げた食材やお蕎麦、酒類でザックは優に僕の2倍に膨れ上がっておりました。
(どうですかこのビリ-缶、焚火に焦がされて漂う風格は寅さんの天泊の歴史さえ感じるのです)
この日、シェフが繰り出したビッグサプライズはイタリアンポトフです。
7種の食材が織りなす鮮やかなイタリアンカラ-は見事なものでした。
料理は五感で味わうものと言いますが、目でも楽しめる料理はなんとも素敵ではございませんか!
ジャガイモに火が通ったら、さあ頂きましょうか。
ベ-コンと野菜類から染み出した出汁と相まって極上のス-プは昇天もの、僕はシェフに心の中で手を合わせておりました。
釣りは刺身のツマのようなもの、のんびりと旨い川飯を味わい、まったり眠る、僕にとって理想の一日が幕を閉じました。
翌朝は、遅めに起きてゆっくり歩いて帰ります。
この日から禁漁、谷では竿を出している輩もおりましたが我らはそんな無粋な釣り師にはなりたくありません。
岩魚はようやく自由で平穏な日々を取り戻し、我らは自由で美味しい川飯を思い出にこの旅を終わろうと思います。
結局、僕の持参した川飯の出番はなく、全て寅さんからのごちそうになるばかり。
この十割蕎麦のゆで汁からできる蕎麦湯の美味しかったこと、シェラカップで2杯も飲み干してしまいました。
終わりに、この旅で出逢った尺岩魚だけを開陳しておきましょう。
これ僕の尺
これ寅さんの尺
これも尺
黒部はもうすっかり秋めいて、ゆく夏を惜しむかのようにモミジが朱の化粧を施して少女からおんなへと色っぽく着飾り始めておりました。
シ-ズン終焉で寂しさもひとしおですが、これからも自由という空気をザックに詰め込んで気ままな旅に出ようと思います。