素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

『選択の科学』第一講゛選択は本能である”を読了

2013年01月11日 | 日記
 「選択」という問題を真正面からとらえた本書には魅力がある。昨年は日本を含め世界の多くの国でトップを選ぶ選挙や大会があり否が応でも選択の結果に関心を持つことが多かった。

 また政治だけでなくさまざまな事件でも「なぜその道を選んだのだろう」と思ってしまう。例えば尼崎死体遺棄事件の被害者の行動選択、大津中や桜宮高校での生徒の自殺という選択などが私にとっては不可解な部分がある。そのヒントがほしいというのもこの本を手に取った大きな動機である。全部で8講、じっくり読みながら考えていこうと思っている。

 第一講では、「選択」の定義から始まる。⇒『自分自身や自分の置かれた環境を、自分の力で変える能力

 そして、「選択」には、まず「自分の力で変えられる」という認識を持たなければならない。ということを動物園での動物、老人ホームでの実験を例にわかりやすく説明している。

 動物園の動物を“贅沢な監禁”ととらえた話は説得力があった。安全で食料も確実に手に入るにもかかわらず動物園の動物の寿命は短く、出生数も減少し、乳児死亡率は高いという事実がある。それは、動物に最も深く刻み込まれた生存本能(=選択したい)とはまったく相容れない環境におかれているからだという。

 また、老人ホームでの実験でも、自己決定権の有無の認識の差だけで身体的な健康状態に大きな影響が出てくるということがわかったという。生活実態そのものは同じで、違うのは認識だけであるというところがポイントとなる。

 たとえささいな選択であっても、頻繁に行うことで「自分で環境をコントロールしている」という意識を意外なほど高めることができる。裏返せば、選択したいという欲求が満たされないことが積み重なると大きなストレスとなるということである。

 社会生活を営んでいる以上、全体の利益のために、個人の選択を部分的に制限するような体制を人間は生み出し、それに従わざるをえないこともある。自分自身の今までを振り返ってみても仕事においても私生活でも思い当たることは多々ある。

 大切なことは自由と統制のバランスをいかにうまく図れるかということである。

 そういうことをベースにおいて教育や仕事のことを見つめ直すと新たな視点が生まれてきた。
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