聖徳太子の目指す「和の国」は、第十五条を先取りしていえば、「公(おおやけ)」です。
「おおやけ」という読みは「大きな家」を意味しています。
日本を、リーダーとメンバーがそれぞれの果たすべき役割を果たしながら、助け合って穏やかに睦まじく暮らしていける大きな家族のような国にすることが、太子の夢だったといっていいでしょう。
(これは、戦中・戦後スウェーデン社民党のリーダーだったハンソンの「国家は国民の家でなければならない」という思想とまったくといっていいほど一致しています。)
最終的には、すべての人が礼あるふるまいができるようになって、強制的な規制なしに自ずから治まる、いわば究極の「自治」を目指していたと考えられます(第四条参照)。
そこに到るためには、当面は、まず徳のあるリーダーたちが模範・礼を示し、人々がそれをみならって礼を身につけていくという「徳治」でいきたいと思っていたのではないでしょうか。
しかし、そもそもサブ・リーダーたちからして、無明に覆われ、礼を知らないどころか、争いや貪りの心でいっぱいという現状を見ると、それも難しいので、まずせめてしっかりとした「法」を確立することによって治めること、「法治」を考えざるをえなかったのでしょう。
第六条には、そうした「法治主義」的な言葉が語られています。
六に曰く、悪を懲(こ)らし善を勧むるは、古(いにしえ)の良き典(のり)なり。ここをもって、人の善を匿(かく)すことなく、悪を見てはかならず匡(ただ)せ。それ諂(へつら)い詐(あざむ)く者は、国家を覆す利器(りき)なり。人民を絶つ鋒剣(ほうけん)なり。また佞(かだ)み媚(こ)ぶる者は、上に対しては好みて下の過(あやまち)を説き、下に逢(あ)いては上の失(しつ)を誹謗(そし)る。それ、これらの人は、みな君に忠なく、民に仁なし。これ大乱の本(もと)なり。
第六条 悪を懲らしめ善を勧めるのは、古くからのよいしきたりである。だから、他人の善を隠すことなく、悪を見たらかならず正せ。へつらい欺く者は、国家を覆す鋭利な武器のようなものであり、人民を絶えさせる鋭い刃の剣のようなものである。またおもねり媚びる者は、目上に対しては好んで目下の過失の告げ口をし、目下に向かっては目上の過失を非難する。こういう人間はすべて、君に対しては忠誠心がなく、民に対しては仁徳がない。これは、世の中の大乱の元である。
ここで、「古くからのよいしきたり」と訳したのは、太子は、中国古典の話だけではなく、日本の稲作共同体の伝統をも思い起こさせようとしているのだと解釈したからです。
慣習法であれ成文法であれ、法によって治めようとすると、貪りを元に動いている人間は、法の網をかいくぐって私腹を肥やそうと画策します。
集団のメンバーの中に、悪事についてのかばいあいや逆になすりあいがあっては、せっかくの法も効果が薄れてしまいます。
集団が健全に機能するためには、「信賞必罰」が必須です。
ところが、もともと私利私欲が動機で中間管理職的なポストについた豪族・官吏たちは、しばしば自己保身のために上役の不正に加担したり、しないまでも見て見ぬふりをしがちだったのでしょう。
また同じく自己保身のために、下から突き上げを食らうと、「悪いのは私ではない。上の人間なのだ。私は言われてやっているだけで、しかたないのだ」といった言い訳をしたりしたようです。
この風景は、いまでもあちこちの組織で見られるありふれた人間模様、凡夫の風景です。
しかし、中級官僚たちのそうしたふるまいは、国民の大きな家・共同体としての国家を崩壊させ、その結果人民の生活も崩壊させてしまいます。
そうしたふるまいは、リーダーへの忠誠心がないというだけでなく、そもそも民たち・生きとし生けるものすべてを支え慈しむというサブ・リーダーの本来の役目を忘れた行為です。
前条に続き、この第六条の「君に忠なく、民に仁なし」という言葉にも、太子の民への思いゆえの臣へのきわめて強い怒りが表現されているように感じます。
上司と部下の板ばさみの中でついつい自己保身だけを考えがちになる中間管理職的な官吏たちに、「そんなことをしていたのでは、国が大混乱に陥ってしまうではないか。そうしたら苦しむのは多くの民だ。君たちの天から託されている仕事は民を慈しむことではないのか。そのためには、自己保身を図っていないで、上下に関わりなく公正に、善行は勧め表彰し、悪行は告発し罰しなければならないではないか」と厳しく勧告をしています。
こんなある意味では当たり前のことを憲法に書かなければならなかった太子の思いは、察してあまりあります。
そして、現代日本社会の中間管理職的な人々の姿を見たとしたら、太子はどう思われ、どう言われるでしょうか。
ともあれ、太子の勧告は、現代でもまた繰り返さなければならないものだ、と私には思えます。
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