我が家の東側は、元は家が建っていたのだが住んでいた方が亡くなってから壊されたそうで、空き地になっている。
二十メートルくらいだろうか、山茶花の生垣がそのまま残っており、冬に入ってからずっと咲いていて、とても美しい。
おなじ種類の花でも、花のかたちが微妙に違っていて、さほどでないのときれいなのとがあるが、お隣りの山茶花は花びらが薄めでとても可憐である。
隣家の花が美しいというのは、とても有り難いことだ。

山茶花の生垣の脇の小道を通って散策に出ると、家の近所の田んぼは冬景色である。
少しさみしいが、まさにわび・さびの感じがあって嫌いではない。

道端の野仏も、寒々としていてしかも風情がある。

枯れた畦道を通って、町の名前の元になっている綾川の辺りまで歩いた。
綾川も冬景色である。

綾川は、西行も訪れたことがあって、川の見えるところの石で昼寝し、以下のような一首を残したという言い伝えがあって石碑が建てられている。
自ら岩にせかれて諸人にもの思はする綾川の水
史実かどうかはわからないけれど、岩の多い綾川の様子をよく捉えていて、西行らしいいい歌だと私は思う。確かに、綾川の流れには、ものを思わせるところがある。

あたりはみな冬景色だが、川の近くのお宅では、もう蝋梅がみごとに満開だった。寒さのなか、それでも確実に春が近づいてきていることを感じる。
