持続可能な国づくりを考える会第五回学習会 案内

2017年02月11日 | 持続可能な社会

  長年「世界の警察」であり、自由主義市場経済のグローバリゼーション」の先頭を切ってきたアメリカが大きな方向転換をするかもしれないという歴史の曲がり角に来ています。

 これまで私たちは主に持続可能な「国」づくりについて様々な識者のアイデアと私たちのアイデアを突き合わせながら学んできましたが、そうした状況のなか、今回はさらに大きなスケールの持続可能な「世界」の可能性について、フランスの経済学者・思想家ジャック・アタリの著作を手がかりに、ご一緒に考えていきたいと思います。

 アタリは経済学者・思想家でありつつ、政界・財界でも重責を負って発言・行動を続けており、すでに2006年の『21世紀の歴史』(邦訳2008年、作品社)で世界金融危機を予見して言い当て、またさらにアメリカ帝国の終焉と世界の多極化を予見しています。

 そして、国家を超える〈超帝国〉の出現、さらにグローバルな紛争や地球規模の動乱すなわち〈超紛争〉の可能性も指摘しながら、その先に「人類が自らのアイデンティティが破壊される前に、世界の連帯の必要性を意識」し〈超民主主義〉に到達する可能性をも語っています。

 その驚くべき博識と展望力は、これからの世界を考えるうえで大きな指針になるのではないかと思います。ご一緒に学びましょう。

         (持続可能な国づくりを考える会運営委員長・岡野守也)


 テーマ:J・アタリ『21世紀の歴史』から何を学ぶか

 メンバーの増田満氏が内容を要約・紹介し、運営委員長岡野がコメントした後、参加者のみなさん全員と話し合いの時間を持ちます。本を読んでいなくても参加していただけます。かなり大部の本なので、概要を知った後さらに詳細に学びたくなったら読むという方法もいいと思われます。

 日時:3月17日(金)19時―21時

 会場:新宿区戸塚地域センター 5階会議室2(JR高田馬場徒歩3分)

 参加費:無料

 申込先:「持続可能な国づくりを考える会」事務局申込担当:増田満
      FAX 042-792-3259 E-mail:mit.masuda@nifty.com



菩薩の32の特徴4:唯識のことば16

2017年02月11日 | 仏教・宗教

 菩薩の特徴の二十六から三十四番目です(原文には「三十二」とあるのに、実際に区切ってみると三十四なのはなぜか、最初の①②が総題で、③から数えるのかもしれませんが、よくわかりません)。


 ㉖「低次の乗(小乗)を喜ぶ心を生ぜず、大乗の教えに実の功徳があると見る」とは、すなわち功徳について正しく思惟することである。

 ㉗「悪しき友を離れ、善き友に親しむ」とは、善き友に師事する功徳を明らかにしている。


 ㉘「常に四種類の浄らかなあり方(四梵住)を治める」とは、完成のカルマを明らかにしている。

 ㉙「無量の心の清浄さを治め、常に五種類の神秘的力(通)の智慧に遊んでいる」とは、すなわち気高い徳を得ることである。

 ㉚「常に智慧によって行動する」とは、すなわち覚りを得るという功徳である。

 ㉛「正しいカルマにとどまる者と正しいカルマにとどまらない者のどちらの衆生に対しても見捨てる心がない」とは、すなわち他者に安らぎを与えるカルマである。

 ㉜「はっきりと方向の定まった言葉を説く」とは、すなわち迷いの心がなく、正しい教えと学の内容を定立することである。

 ㉝「実りあることを尊ぶ」とは、すなわち教えと資財の二つの教化手段である。

 ㉞「まず敬意をもって菩薩の心を行ずる」とは、すなわち汚れのない心のことである。

 こうした特長をもつ者を菩薩と名づける。

 このような句によって、前に説いた初句を知るべきである。
 

 こうした特徴は、最後の句にあるようにすべて「一切の衆生を利益し、安楽ならせたいという意志」という最初の句の内容説明だといわれています。

 つまり菩薩の特徴は、別のことばでいえば「慈悲」に集中しているのです。

 読んでいてそこにいつも、筆者は深い感動をおぼえます。

 四梵住(しぼんじゅう)とは四無量心(しむりょうしん)ともいわれ、慈・いつくしみ、悲・あわれみ、喜・ひとを幸福にする喜び、捨・平等な心を意味しています。

 五神通(ごじんずう)とは、ひとの見えないものを見る天眼通、聞こえないものを聞く天耳通、他人の心を知る他心通、過去世のことを知る宿命通、どこへでも自由に行くとのできる神足通という五つの超自然的な能力です。

 釈尊は超能力を禁止したとされますが、大乗では、どんな能力であれ、マナ識的に使えば歪み、平等性智・慈悲の手段=方便として使えば生きるという理由から、あえて使うのです。

 しかも大乗の慈悲は「自利利他」であって、単なる自己犠牲ではありません。

 だからこそ、自分の学びのために場合によって「悪しき友を離れ、善き友に親しむ」という一見差別的なつきあい方をしてもいいし、もう一方では行為・カルマの良し悪しにかかわらず「どちらの衆生に対しても見捨てる心がない」という無差別平等のつきあい方も目指すのです。

 以上学んできたような菩薩の諸特徴を身につけたいという高い自己成長の目標を持つことの、あえていえば「メリット」は、人生で時に苦しいこともあるにしても、その苦しみをどう受け止めればいいのか、どこに向かえばいいのか、ゆるぎない方向性が確立できることだと思われます。