昨日、アドエスを無線LAN経由でPanda-Zのサイトへつなげました。OperaからGoogleで検索しようと、「パンダー」と入れたところ、予測変換で「パンダーゼット」と出てきました。過去を忘れるリセットを何回か実行していますし、アドエスでパンダーゼットなんて変換したことはないと思いますので、辞書に入っているとしか考えられませんが、どんな人がこの辞書を作っているんだろうとわくわくしちゃいました。分からない人には分かりませんね。
大学に入ったころ、ワンボードマイコンが流行っていました。ディスプレイは2桁の数字を示すだけ。画面じゃないですよ。数字を示す点灯管が2つ並んでいるだけ。
2年生でシャープのポケコンを買いました。実験のデータ処理のためです。本体は大きめの電卓、プリンタとマイクロカセットテープのストレージ(こんな言葉はなかったが)が一体になった今で言えばクレードルが付いていました。プリンタと言ってもレジのレシートそのものである。マイクロカセットは頭出しが大変だった。カウンタが付いているので、「508から最小二乗法」などと記録しておかねばならない。言語はBASICとマシーン語。ニーモニックを憶えた。
計算機概論という講義では、コーディングシートにプログラムを書き、カードにパンチしました。パンチって、穴開けですよ。一枚に1つのコマンドを書くのである。「write a」など。言語はFortlan77でした。
4年で研究室に入るときには、NTSS(ネットワークTSS)になっていた。紙に打たなくて済むようになったが、古いプログラムはやはりカードで保存されていたので、えっちらおっちら大量のカードを持参した。分子軌道計算をやっていたので、かなりの枚数でした。
この頃ようやくPC(パーソナルコンピュータ)が登場しました。パソコンって、パーソナルコンピュータですよ、知ってますか。パソコンの反対はというと、大型コンピュータですね。TSS=タイム・シェアリング・システムで大きいコンピュータをみんなで分け合って使っていました。東大のHITAC H280は1秒9円でした。下々の我々は「Aジョブ」という優先度が最低のレベルでした。時々現れる「Eジョブ」のおかげで、結果の出力が数日後になることもありました。話をPCに戻すと、最初に使ったのがNECのPC8001です。クロックが4MHzくらいだったと思います。メモリは32Kbyte。FDDしかありません。HDDなん
てありませんよ。FDDはSCSIの外付けで、8インチです。今のFDDは3.5インチです。その前が5インチで、さらに前が8インチ。でかいよぉ。卒業する頃外付けのHDDが来ました。20Mbyte で2リットルのペットボトルを寝かしたくらいの大きさでした。営団地下鉄の車両のような形をしていました。
PC6001というのもありました。ディスプレイが電卓そのまま。今で言えばノートPCの液晶を取り去り、電卓の表示部分をつけた感じです。これにはカプラが付いていて、電話機の受話器をはめて電話回線でTSSをしていました。通信速度は300bpsなので、出力される文字を目で追えました。
そのあと、PC8801、PC9801が来ました。NEC98は有名ですね。Windows98じゃないですよ。ここで大学卒業です。次は別の大学の大学院に来ました。つづく。
2年生でシャープのポケコンを買いました。実験のデータ処理のためです。本体は大きめの電卓、プリンタとマイクロカセットテープのストレージ(こんな言葉はなかったが)が一体になった今で言えばクレードルが付いていました。プリンタと言ってもレジのレシートそのものである。マイクロカセットは頭出しが大変だった。カウンタが付いているので、「508から最小二乗法」などと記録しておかねばならない。言語はBASICとマシーン語。ニーモニックを憶えた。
計算機概論という講義では、コーディングシートにプログラムを書き、カードにパンチしました。パンチって、穴開けですよ。一枚に1つのコマンドを書くのである。「write a」など。言語はFortlan77でした。
4年で研究室に入るときには、NTSS(ネットワークTSS)になっていた。紙に打たなくて済むようになったが、古いプログラムはやはりカードで保存されていたので、えっちらおっちら大量のカードを持参した。分子軌道計算をやっていたので、かなりの枚数でした。
この頃ようやくPC(パーソナルコンピュータ)が登場しました。パソコンって、パーソナルコンピュータですよ、知ってますか。パソコンの反対はというと、大型コンピュータですね。TSS=タイム・シェアリング・システムで大きいコンピュータをみんなで分け合って使っていました。東大のHITAC H280は1秒9円でした。下々の我々は「Aジョブ」という優先度が最低のレベルでした。時々現れる「Eジョブ」のおかげで、結果の出力が数日後になることもありました。話をPCに戻すと、最初に使ったのがNECのPC8001です。クロックが4MHzくらいだったと思います。メモリは32Kbyte。FDDしかありません。HDDなん
てありませんよ。FDDはSCSIの外付けで、8インチです。今のFDDは3.5インチです。その前が5インチで、さらに前が8インチ。でかいよぉ。卒業する頃外付けのHDDが来ました。20Mbyte で2リットルのペットボトルを寝かしたくらいの大きさでした。営団地下鉄の車両のような形をしていました。
PC6001というのもありました。ディスプレイが電卓そのまま。今で言えばノートPCの液晶を取り去り、電卓の表示部分をつけた感じです。これにはカプラが付いていて、電話機の受話器をはめて電話回線でTSSをしていました。通信速度は300bpsなので、出力される文字を目で追えました。
そのあと、PC8801、PC9801が来ました。NEC98は有名ですね。Windows98じゃないですよ。ここで大学卒業です。次は別の大学の大学院に来ました。つづく。
ubuntuでOperaを入れたのですが、久しぶりに見た見事な文字化けです。昔のWindows版もこんなでした。設定→詳細設定→フォントとたどって、すべての項目についてIPAモナーフォントに変えました。しかし、「ー」が「+」のままじゃないですか。前はこれで直ったはず。調べてみると文字別フォント…というボタンがあります。何回も試行を繰り返しましたところ、「日本語(漢字)」だけは自動選択ではなく特定のフォントに設定しなければ直らないようです。何日かかったかな。
無線ラン他でいろいろと触っていた結果、起動しなくなってしまいました。過去をすっかり忘れさせるリセットをして、オンラインサインアップ、安定していた頃のバックアップをリストアしました。全然安定せず。仕方なく再構築しました。必要なアプリを改めて集めて、インストールしました。バージンアップされているものもあり、すっかり新しくなりました。
マイクロソフト純正のテーマを適用して、シンプルなTODAYにしました。
今朝は夏休み中にしては早めに散歩に出ました。5時50分くらいです。気温も低かったせいか、蝉が大発生中の田島氷川神社横の公園周辺は、地面に蝉が待機していました。動けない様子です。それに気づいたあかぎは、腰が引けた手つきで一応アタックしてます。そこらじゅうにいるので、全然散歩になりません。自分でも歩いていて蹴っ飛ばしてしまうくらい転がってました。
そういえば、今まで見たことがない種類の蝉がいます。北上してきたクマゼミか。それにしても今年は蝉が多いです。
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