中・北・露のスパイに狙われ続ける日本 情報機関の重要性と課題 前国家安全保障局局長・北村滋さん『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』
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夕刊フジ
【BOOK】
デュアルユース(軍民両用)の先端技術は、人々の生活を豊かにする一方、海外に流出すれば、国家にとっての脅威に転化する。
中国、北朝鮮、ロシアなど権威主義的国家のスパイが執拗に日本企業の機密を標的としてきた。
9年半、官邸の要職を務め、経済安全保障政策を牽引(けんいん)した北村滋さんが、新著『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』で、情報戦が激化する時代に国家安全保障と国益護持の重要性を説く。
文・海野慎介/写真・三尾郁恵(5月31日に取材しました)
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■ヒューマン・インテリジェンスからテクニカル・インテリジェンスへ
――本書では、産業スパイの例が紹介される。時代はヒューマン・インテリジェンス(人的諜報)からテクニカル・インテリジェンス(技術的情報)に移行しつつある
「イラン核施設攻撃に使われたコンピューターウイルス『スタックスネット』は、USBメモリーで媒介され、ソーシャル・エンジニアリングと呼ばれる人為的作業により仕掛けられたと言われる。インテリジェンス・オペレーションは、技術的手段と人為的手段を組み合わせることで大きな成果が得られることがしばしばです」
――中国の脅威が高まる中、中国人民解放軍や、習近平体制の戦略や戦術を理解する上で、孫子を登場させるのは
「孫子の『戦わずして勝つ』との発想が、中国人民解放軍の高官が著した『超限戦』にも息づく。習国家主席は、経済への介入主義的な政治運営を強める一方、軍民融合戦略を通じて、民間技術の軍事への取り込みを進める。今後も中国による多様な形態の知的財産の侵害は継続することであろうと思います」
――日本では米中央情報局(CIA)や、英秘密情報部(SIS、通称MI6)のような情報機関の必要性を求める声も
「安全保障は、DIME(ダイム=外交・情報・軍事・経済)といわれ、1つが突出することはない。CIAも米国による世界規模の戦力投射に見合う情報活動の必要性から巨大化した。MI6の伝統も〝日の沈まない〟大英帝国があったためで、『女王陛下の007』とはこの意味です。日本に情報機関がないといわれるが、情報機能がなければ国家としては存続できない。2013年の特定秘密保護法成立で、外国機関と、わが国の機関の情報交換の質・量を劇的に改善しました」
――日本の情報機関の特徴と課題は
「外務省や防衛省、警察庁、公安調査庁は各所掌事務の中で情報収集をする。政府内で情報の収集・分析に特化した組織は内閣情報調査室(内調)だけ。政策部門から情報部門へのフィードバックも重要。政策の総合調整を行う国家安全保障局に対し、情報を収集・分析する内調を局に格上げし、同じステータスを与えれば、均衡がとれます」
――海外の事例はどこまで参考に
「英MI6やMI5(情報局保安部)、フランスの対外治安総局(DGSE)、国内治安総局(DGSI)などは調整部門より情報収集部門が強い。調整部門が強いのは米国の国家情報長官室(ODNI)や、オーストラリアの国家情報庁(ONI)が代表例。情報収集部門が強い方が機密を保護しやすいが、近年は、政策決定に情報を生かすという観点から、調整部門を通じたインテリジェンス・シェアリング(情報共有)も重要です」
■仏大使館 一等書記官時代 侵害された法秩序回復への 執拗さは法執行機関の美徳
――警察庁入庁後、仏大使館で一等書記官として勤務。得たものは
「英作家フォーサイスの名作『ジャッカルの日』に、テロ組織幹部の拘束シーンで、防諜・対テロ担当の仏国土監視局(DST)が登場する。1970~80年代に凶悪なテロを次々と実行したカルロスという国際テロリストがいた。逃走中に追跡していたDST職員2人を射殺した。20年後の94年、DSTはスーダンに潜伏中のカルロスを逮捕した。侵害された法秩序の回復に向けた執拗さは法執行機関の美徳であると感じました」
――インテリジェンス・オフィサーの原点に
「77年のダッカ日航機ハイジャックで『1人の生命は地球より重い』として、政府が釈放した日本赤軍のメンバーは、多くがレバント、マグレブなど旧仏領に潜伏しているとみられた。上司に仏留学をすすめられたことには、そうした背景もあったと思います。在仏大使館勤務の後、警察庁外事課で日本赤軍メンバーに対する情報収集や、捜査に関わることができたことは、一捜査官として誇りです」
元警察官僚で、官邸で情報、安全保障の責任者だった著者が最新の「経済安全保障」事情を詳解する。
外事警察時代の産業スパイ事件を振り返り、国家や社会全体を変革しうる最先端の民生用技術がいかにして軍事転用され、脅威になりうるかを提示し、警鐘を鳴らす。
米中対立の国際情勢や、「力による現状変更」を辞さない中国の野望と戦略も分析。無防備な日本に指針を示す。
■北村滋(きたむら・しげる) 1956年、東京都出身。東大法学部を卒業後、警察庁に入庁。フランス国立行政学院(ENA)に留学。警察庁警備局外事情報部長などを経て、2011年12月に内閣情報官、19年9月から国家安全保障局長・内閣特別顧問に就任。20年12月に米国政府から国防総省特別功労章を受章。21年7月に国家安全保障局長を退任。今年6月フランス政府からレジオン・ドヌール勲章オフィシエを受章。現在、「北村エコノミックセキュリティ」代表。