以下は前章の続きである。
経済学を知らない財務官僚
少し脱線するが、私の手元に一冊の書物がある。
『金融政策の経済学「日銀理論」の検証』(日本経済新聞社、初版一九九三年)というタイトルだ。
著者は岩田規久男上智大学教授(当時)。
のちに安倍政権が日銀副総裁に指名した岩田氏である。
岩田氏はこの本で、「通貨量をコントロールできない」という日銀理論を徹底的に批判した。
岩田氏はこの本を著す前、九二年頃から経済雑誌などで日銀理論の誤りを批判していた。
すると日銀は、のちに日銀金融研究所所長に就任する翁邦雄氏らを中心に猛烈な反論を繰り広げ、大論争になった。
日銀にとっては、自分たちの政策の正しさを裏付ける根幹の理論を真正面から批判されたので、とても放置できなかったのだ。
私は専門家ではないが、この本を読んで岩田氏の主張が正しいと確信した。
手元の本の後付けには、私が鉛筆でメモした岩田研究室の電話番号が記されている。
私は岩田氏の研咒室を訪ねて直接、教えを乞うた。
当時の雰囲気を鮮明に覚えている
が、残念ながら、当時は岩田氏の主張が異端とされ、日銀理論が大手を振って歩いていたのである。
日銀の誤りがようやく正されるのは、安倍政権が誕生し、アベノミクスの下で財務省出身の黒田東彦氏が日銀総裁に就任した2013年以降である。
黒田氏は財務省ナンバー2の財務官まで務め上げた経歴ながら、日銀理論ではなく、世界標準の金融政策を理解していた稀有な存在だった。
そもそも、財務官僚で経済学に精通している人物自体が珍しい。
彼らのほとんどは東京大学法学部出身であり、経済学を本格的に学んでいない。
そんななかで黒田氏が日銀総裁に指名されたのは、黒田氏が財務官僚当時から正しい金融政策の重要性を指摘していたことを、安倍首相がよく承知していたからである。
この稿続く。