2024年4月27日(土)、栄中日文化センター主催、「愛知の街道を行く シリーズ1」(2024年1~5月)「有松宿」へ行ってきました。 講師は、七種英康先生です。その様子を、4回にわたって紹介します。
街道シリーズは宮宿、鳴海宿に続いての3回目です。宮宿については 「宮宿」-1- を、鳴海宿については 「鳴海宿」-1- ご覧ください。
今回のルートです。前回のゴール有松駅(左上)から富士松駅(右下)までオレンジ色の線を歩きました。
今回は、愛知の街道を行く シリーズ1「鳴海宿」-10- の続きからです。
スタートは有松駅。
駅の案内板です。
ここが前回のゴール。
ここで解散しました。
ここが今回のスタートです。
有松宿を歩きます。
有松宿は「宿場」ではありません。
間の宿(あいのしゅく)です。
宿場間の距離が長い場合や、峠越えなどの難路の場合に宿場と宿場の間に自然発生的に成立した休憩用の町場です。
公的には宿場と認められていないため旅行者の宿泊は禁止されていました。
有松は、むしろ、土産店の集まりです。
弥次さん喜多さんも有松での買い物を楽しみました。
藍染め・絞りの手拭いです。
服部家です。
卯建 が目立ちます。
美濃にもありますが、当時の繁栄の証です。
説明です。
文字起こしは不要ですね。
その隣も服部家。
倉です。
説明を見てみましょう。
動画を見てみましょう。
お金のある町には、山車がつきものです。
祭りの様子です。
6月の絞りまつりでは、笛や太鼓の音に乗って、3輌の山車のからくり人形が躍ります。有松天満社の秋季大祭とともに、多くの観光客がやってきます。秋季大祭の夜祭りでは、山車に数多くの提灯がともり、とても幻想的です。
いかにも街道沿いの町です。
手越川、別名 藍染川です。
昔の様子
地図
絞りの反物の絵が橋に描かれています。
有松東海道沿いには、7つの歌碑があります。これはその一つ。
たちならぶ
花のにしきと家ごとに
かけ渡したる
くくり染かな
離屋 鈴木 朖
鈴木 朖(すずき あきら、1764~1837)は本居宣長の国学に傾倒し、寛政4年(1792年)29歳で入門、のち
藩校明倫堂の教授をしていました。
大将ケ根
すごい地名ですね。
鳴海町の小字名。古くは「太子ヶ根」「太子が根」「太子賀根」と呼ばれていましたが、桶狭間の戦いの際、織田信長がここで兵を結集して旗揚げをしたことから「大将ヶ根」に変化したのだそうです。
小和田先生によれば、中島砦を出て、この「大将ヶ根」を南下して、現在の桜花学園のところに待機し、「桶狭間山」を攻めたのではないかと言っておみえです。
動画です。
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