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荻生徂徠と赤穂事件

2019-01-09 05:51:28 | 哲学の窓
丸山真男『日本政治思想史研究』は、学生時代の必読書でしたが、
そこに日本人の「近代的思惟」が育ってきた例として挙げられたのが荻生徂徠です。


写真はWikipedia より

近代的思惟とは合理的思考への過程です。

その典型的な事例が、赤穂事件での処分裁定論議です。

林鳳岡や室鳩巣が義挙に感激して、浪士を絶賛し、助命論を展開しました。

しかし、柳沢吉保に仕えていた徂徠は、「徂徠擬律書」と名付けられた意見書の中で、次のように述べました。



「義は、自分を正しく律するための手段であり、法は天下の治を正しく維持するための基準である。礼に基づいて心の働きを調節し、義に基づいて行動を決定する。

今、四十六士が主人のために復讐するのは、侍としての恥を知るものである。それは自分を正しく律する遣り方であって、それ自体は義に適うものである。

けれども、それは彼ら一党に限られたことであるから、要するに、私の論理に過ぎない。というのも、浅野は殿中をも憚らずに事を起して処罰されたのに、またもや吉良氏を仇として、公儀の許しも得ずに騒動を企てたのは、法として許せぬことだからである。

今、四十六士の罪を明らかにし、侍の礼を以って切腹に処せられるならば、実父を討たれたにもかかわらず、手出しすることを許されぬ上杉家の願いも満たされようし、彼らの忠義を軽視してはいけないという道理も立つ。それが公正な議論と言うべきである。

もし私的な論理を以って公の論理を害なうに任せれば、今後、天下の法は立ち行かなくなるだろう」

(「図説 忠臣蔵」(河出書房新社)より)



「私」より「公」、「義」より「法」を重んじた合理的な考えです。

結局、50日にものぼる大論争の結果、徂徠の意見が取り入れられたのは、
それだけ日本人が近代的になってきたということです。


しかし、今の日本人はどうでしょう。

この出来事は、地元では名君と言われた幕府高官に対する集団暗殺事件です。いわばテロ事件。

幕府が正式に「犯罪」と結論づけた事件に対して、「赤穂浪士」「忠臣蔵」などといってもてはやしています。

今の日本人の非合理的な思考に対して、天国の徂徠は苦笑していることでしょう。











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