2023年6月10日(土)、中日文化センター主催、「歩いて巡る愛知の古城と史跡」第3回 「織田信長初陣の地で家康伊賀越上陸地の三河大浜」へ行ってきました。
その様子を、6回にわたって紹介します。今回はその最終回。
宝珠寺です。
ここは、永井直勝の父・長田重元の屋敷(大濱羽城)があった場所といわれ、直勝もここで生まれました。異説ありですが・・・。
家康に仕官しようとしたのですが、父・長田重元は、平治の乱の際に源義朝を殺した長田忠致の兄親致の後裔ということで、断られました。源氏を名乗る家康なので、無理な話です。
そのため、長田から永井に変えました。
天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでは池田恒興を討ち取る戦功を挙げました。
家康や織田信雄らから賞賛されたそうです。
画像出典 https://sengokushiseki.com/?p=3100
文禄3年(1594年)、恒興の次男・池田輝政は家康の次女の督姫を娶ります。
その際、輝政は、父・恒興が長久手の戦いでを討ち取った時の事を教えてほしいと家康の臣下・直勝に申し入れました。
このとき、直勝の知行が5000石と知った輝政は、父を討ち取った功績の価値が5000石しかないのかとため息をついたとこか・・・・。
直勝はイケメンだったそうです。
直勝の父・長田元重の墓です。江戸時代の墓の形です。
墓の側面を見ると、長田平右衛門尉重元墓と刻まれています。
直勝の子孫
子孫に作家の永井荷風や三島由紀夫、狂言師の野村萬斎などがいる。すなわち、直勝と大河内秀綱次女の由利姫との間に生まれた正直(鳴尾永井家)が荷風の12代前、萬斎の14代前の祖先であり、直勝と阿部正勝の娘との間に生まれたの尚政が三島の11代前の祖先にあたる。
宝珠寺の奥に戦国時代から江戸時代にかけて名を残した永田徳本(ながた とくほん)由来の大濱羽城徳本稲荷があります。ここからも、羽城の存在が偲ばれます。
永田徳本は、今の製薬会社トクホンの由来になっています。
出典 https://www.tokuhon.co.jp/company/
解散後、碧南駅から帰途しました。
知らない話が多く、とても有益な会となりました。
碧南はおもしろい!
みなさんも、お出かけください。
碧南FWへ行ってきました -1-
碧南FWへ行ってきました -2-
碧南FWへ行ってきました -3-
碧南FWへ行ってきました -4-
碧南FWへ行ってきました -5-
碧南FWへ行ってきました -最終回-
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