「COCOA」だけじゃない。 厚労省コロナ対策関連システムの惨状
厚労省の行うコロナ対策関連システム開発が、ことごとく迷走を続けている。
まず、濃厚接触者検知アプリ「COCOA」の惨状から見ていこう。
「お粗末」な「COCOA」
「COCOA」が鳴り物入りで導入されたのは、昨年6月中旬のこと。
スマホのBluetoothを利用し、「新型コロナウイルス感染症の陽性者と接触した可能性について通知を受けることができる」(厚労省『接触確認アプリの概要』)と謳うこのアプリは、朝野を挙げての宣伝活動も功を奏し、リリース後わずか半月で1000万ダウンロードを記録した。
しかしその直後から、「強制アンインストールされる」「同居の家族が保健所の検査で陽性判定されたのに、通知がない」などの不具合が報告され始める。
極め付けは、先日報道された、「アンドロイド版では昨年9月から4ヶ月以上にわたって全く機能していなかった」という不具合だろう。
記者会見や国会答弁での田村厚労大臣の説明によると
「9月28日のアップデートの際、開発業者が基本的なテストを行ない大丈夫だと判断した。 しかし、実機によるテストは行われておらず、不具合の発見が遅れてしまった」のだという。
ともすると人命に関わる可能性のあるアプリのアップデートが、実機テストなしにリリースされていたというのだから驚きだ。
2月4日の衆院予算委員会で菅総理が「お粗末だった」と謝罪に追い込まれたのも当然だろう。
ここまで「お粗末」な経緯を辿る「COCOA」だが、厚労省が昨年作成した補正予算要求資料を見ると、開発当時は極めて壮大な計画に基づいて設計されていたことがわかる。
当時の厚労省の目算はこうだった。
1)濃厚接触者と判定された人物が、保健所等でPCR検査をうける
2)保健所等検査実施期間が、検査結果を、厚労省が誇る集計システム「HER-SYS」(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム)に登録する
3)「HER-SYS」に登録された情報は、個人情報が伏された状態で自動的に「COCOA」用サーバーに同期される
4)「COCOA」用サーバーに同期された感染情報が、「COCOA」インストール済みのスマホに連携され、当該スマホのBluetoothが近接者を検知すれば濃厚接触の警告を発する
この手順のうち、菅総理が謝罪に追い込まれることとなった「COCOA」の不具合は、4)に相当する。だが不具合はこれにとどまらない。手順3)より上流のシステムも、決して正常に稼働しているとは言えないのだ。
動かなかった「HER-SYS」
上記の工程で中核をなすのが、厚労省の誇る集計システム・「HER-SYS」だ。あの手順通りなら全ての情報は、いったん「HER-SYS」に集約されるはずだ。厚労省の目算では、保健所など行政検査を実施する機関だけでなく、病院やクリニックなど民間検査を行う機関にも広く「HER-SYS」の利用を呼びかけ、PCR検査の結果集計の迅速化と、「COCOA」など関連アプリ・システムとの連携を推進することとなっていた。厚労省が昨年の第二次補正予算で要求した「HER-SYS」改修予算は二十億円超。
だが、二十億円超もの予算をかけた厚労省の目論見は見事に頓挫した。
厚労省のWEBサイトにある「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」のページには、厚労省がこれまで発出した「HER-SYS」関連の通達が列挙されている。
令和2年4月30日事務連絡 「導入について」
令和2年5月22日事務連絡 「導入について」
令和2年7月17日通知 「利用促進について」
令和2年8月28日通知「医療機関等への迅速なID発行について」
……などなどと、昨年、厚労省が、「導入」と「利用促進」に関して、繰り返し通達や連絡を発出していたことが見て取れるだろう。「導入」と「利用促進」の通達や連絡が繰り返し発出されていたということは、通達や連絡を受ける現場で「導入」や「利用促進」が全く進んでいなかったというなによりの証拠だ。
事実、検査機関等の現場における「HER-SYS」の利用は進んでいない。保健所など行政機関の検査現場では、いまだにファックスと電話による報告でオペレーションが回っているケースが大半だ。民間の先進的な医療施設では、検査結果の集約や患者との連絡に独自のシステムを利用しているケースもあり、そもそも「HER-SYS」の出る幕がないという施設も存在する。
「HER-SYS」の利用が進まないのは、現場だけではない。厚労省本省すら、「HER-SYS」を利用している節がないのだ。
厚労省によると、いまだに陽性者数の集計は「各都道府県のホームページを、担当者が目視確認する」手法で行われているという。「HER-SYS」の正式名称は「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム」。この名称からもわかるように、「HER-SYS」には集計作業の自動化と迅速化も機能として実装されている。しかし厚労省本省の集計作業が担当者による各都道府県のホームページの目視確認で行われているのならば、「HER-SYS」は一向に活用されていない事になる。厚労省からすれば、現場における「HER-SYS」の利用が進まない以上、ファックスや電話による報告を受けた各都道府県の「ホームページ」に頼らざるをえないのだろうが、このオペレーションでは本末転倒の感は拭えない。
このように、検査の現場でも厚労省本省における最終的な集計作業でも、「HER-SYS」が設計通りに利用されている形跡は一切ない。厚労省が「HER-SYS」改修のために獲得した二十数億円の予算は、ドブに捨てられたのも同然だ。
「HER-SYS」が検査の現場でも厚労省本省における最終的な集計作業でも利用されていないのだとすれば、「HER-SYS」に集約された情報を基に、感染者との濃厚接触を感知する仕組みの「COCOA」の不具合は、「アップデート作業で発生したアンドロイド版にだけ発生する不具合」などというレベル止まらない可能性がある。
参照する情報がサーバーに集約されていない以上、アンドロイド版のみならずiPhone版についても、「そもそも全く使い物になっていない」という可能性が濃厚だ。
だとすると、厚労省の一連のシステム開発に関する目算は、根底から崩壊していると言わざるを得ない。
もはや「お粗末」では済まされない
日本は、検査を抑制し、その代わりに濃厚接触者を追跡することで感染を抑え込む戦略を採用した。その戦略の是非はここではおく。
しかしその戦略を採用するのであれば、濃厚接触者の把握と管理は必要不可欠だったはずだ。
事実、それを大義名分として、数十億円の予算がシステム開発に投入され、「HER-SYS」も「COCOA」も日本独自の感染抑制戦略を支える「決戦兵器」として開発された。
しかしこれまで見てきた通り、「決戦兵器」であるはずの「HER-SYS」も「COCOA」も、利用された形跡や意図通りに稼働した形跡が一切ない。
これは「国費の無駄遣い」にとどまる問題ではないだろう。
政府の感染症拡大防止戦略を頓挫させかねない問題であると同時に、感染者や濃厚接触者の管理が行われず野放しにされているという意味において、感染拡大、ひいては、人命にも関わる問題だ。
しかし、厚労省は、本件に関し未だ明確な検証や説明を行っていない。
それにも関わらず厚労省は、来年度予算にも巨額のシステム開発費を積み上げている。
巨額の予算を注ぎ込んだシステムの不具合が次々と発見される中、その検証を行わず、更なる新しいシステムの開発を要求する厚労省の姿勢には首を傾げざるを得ない。
なお、 念のため、これらの点を厚労省に問い合わせたが、期日までに回答はなかった。
もはや、厚労省の姿勢は「お粗末」の一言で済まされない。
徹底的な検証が必要だ。
<取材・文/HBO取材班>