【スパイ天国?】「今度来るときは女をはべらせて一緒に酒でも…」なぜ北朝鮮の幹部工作員は“帰国”できたのか スパイをめぐる当時の日本の実情(2003年12月15日放送「きょうの出来事」リメイク)
0:00 身元不明の遺骨が語りかけるもの
0:34 ある工作員の自死
2:06 当時の工作員の暗号の実態
4:53 日向事件とのもう一つの共通点
5:47 スパイをめぐる当時の日本の実情
8:27 幹部工作員が“帰国”直前に言い残した言葉
北朝鮮による拉致事件の被害者5人が帰国してから10月15日で20年になる。
しかし、まだ帰国を果たせていない拉致被害者は政府認定だけでも12人。
この20年間で拉致問題の解決に向けた大きな進展はないというのが実情だ。
また、戦後、北朝鮮の工作員が頻繁に日本に出入国を繰り返していたことが分かっているが、その多くは実態が解明できていない。
北朝鮮の工作員は当時、日本でいったい何をしていたのか。
日本テレビが独自入手した500ページを超える極秘捜査資料には、日本に潜入し41年前に逮捕された北朝鮮工作員の活動の実態が、供述とともに事細かに記されていた。
取材を通じてたどり着いた「ある北朝鮮工作員の死」から判明した工作員の巧妙な暗号、そして“スパイ天国”とも言える当時の取り締まり状況とは。(2003年12月15日放送「きょうの出来事」リメイク)
北朝鮮工作員が職務質問を受けたのが高岡市伏木町にある越中国分寺駅だった事からこの名称になったようですね。
wikiによると男は日本円で190万円あまりを所持。
小田実『世直しの倫理と論理・下』(岩波新書)を所持。(暗号解析の為なのでしょう)
2019年6月25日の特定失踪者問題調査会のサイト⇩ 荒木和博さんの投稿です。
伏木国分事件【調査会NEWS3013】(R01.6.25) | 特定失踪者問題調査会 (chosa-kai.jp)
荒木さんによると警察は事前に工作員密出入国の情報が入っていたのではないか。
しかしその割には警察の対応が杜撰だったとも。
また当時、拉致未遂事件が起こっていたとの事。
以下は上記荒木さんの投稿文の最後にこう書かれています。⇩
伏木国分事件の2年前、昭和54年(1979)12月には同じ越中国分駅の近くに自家用車を置いて山田建治さんが失踪しています。その半年前、5月には都庁職員のアベック拉致未遂と思われる事件が起きており、さらにその前年、昭和53年(1978)8月には越中国分の先、島尾駅と雨晴駅の間の海岸で政府認定の未遂事件であるアベック拉致未遂事件が起きています。
山田 建治 | 特定失踪者問題調査会 (chosa-kai.jp)
都庁職員アベック拉致未遂について【調査会NEWS3015】(R01.6.27) | 特定失踪者問題調査会 (chosa-kai.jp)
昭和53年(1978)8月 氷見線島尾・雨晴間の海岸でアベック拉致未遂(政府認定)
昭和54年(1979)5月 Aさん・Bさんの拉致未遂。
昭和54年(1979)12月 氷見線越中国分駅の裏に自家用車を残して山田建治さんが失踪
昭和55年(1980)1月 伏木港で貨物船船員城鳥正義さんが失踪
昭和56年(1981)3月 伏木国分事件(NEWS3013号)
昭和56年(1981)6月 現白山市から安達俊之さんが同僚女性と車ごと失踪
日本という国はなんてスパイに寛容だったのかと思います。
お花畑もお花畑もいいとこです。
だから工作員に舐められるのです。
工作活動されても軽微な罪状。
韓国では最高刑が死刑。
これは何も休戦中だからではなく、普通の国なら死刑もあり得ます。
それぐらい国にとってはスパイ活動は国の存続を脅かす重大な事です。
情けなくなります。
スパイ防止法に反対しているのは誰? そしてどの政党?
本当にもう。。。。って思います。