ちょっといいHanashi

Tea Cupブログからお引越ししました。日常の生活のちょっといいHanashiを書いています。

寂しいな

2010年12月26日 23時48分00秒 | ノンジャンル
昨年の年賀状を見ながら、表書きをしていた。
腹話術仲間のHATTYさん、今年は奥様から喪中のはがきがきた。
お亡くなりになられたそうだ。
昨年の年賀状には、「抗がん剤が・・・・」との表記があり、
そうかあ、がんでなくなられたのかとあらためて。
お人形のKENTAくんは、どうしているのかなあ。

そして、斎藤先生。先生の奥様からも喪中のはがきがきた。
小学生のころの合唱の先生。
ほめてくださった一言が何十年たった今でも、心に残っている。
最後まで指揮をされたり、コンサートをされていたけれど、他界されたそうだ。
体調は良くないと聞いていたけれど、残念だ。
先生が作曲されたというオペラ
「種子島若狭物語」を聞いてみたかった。

****以下南日本新聞南風禄6月24日付からの転載*****

4月に78歳で亡くなった鹿児島市の作曲家・齊藤正浩さんも「はやぶさ」のような生涯だった。大病を繰り返しながら“復活”し、作曲や合唱指導を続けた。27年がかりで仕上げた歌劇「種子島若狭物語」は、命がけの大作である。


 1987年に膵臓(すいぞう)がんを発病し、7年後には脳内出血で倒れる。まひの残る体を押して最初に手がけたのが、長崎の被爆したクスを歌った詩の曲作りだった。黒こげになりながらよみがえったクスを、「僕と同じだ」と話していたという。


 指導を受けた若い音楽家は「先生の存在が私の一生を決めた」と話す。県内外の学校のために作曲した多くの校歌は、日々歌い継がれている。命が燃え尽きた後も、生前にまいた種は各地で芽吹く。

*******************************

 前任校「大泉小学校」の校歌も斎藤正浩先生の作品だ。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

年賀状

2010年12月26日 23時41分00秒 | ノンジャンル
朝から年賀状を作った。
でも、印刷機が紙詰まりのまま、ずっと使えない状態。
困ったなあ。・・・ってことで学校へ。
でも、学校には学校の事情が・・・・。

印刷機を修理に出さないといけないかなあと思い、大きな印刷機を
下におろし、よくよく見ると、まだ詰まった紙切れが残っていた。
念入りにとって、作動させると・・・・やった!使えるやん。

なんのこっちゃ。もっとよく見ればよかった。
もう一月あまり、学校での印刷を続けていたので。ばかみたい。

ってことで、無事に印刷もできるようになった。
200枚の印刷を終え、今度は表がき。

うぇーん。一難去ってまた一難。
新しい印刷機が古いデスクトップで使えない。
カラリオのデータがデスクトップに入っているから。
もう、ええ加減に処分しないと。OSが98ですから。
でも、このデスクトップのデータを引越しするのが大変。

ま、とりあえず、印刷はできたし、表がきは手書きですが、ぼちぼち書きます。
家がいつまでも片付けられない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする