ケンのブログ

日々の雑感や日記

うりざねがおの美人

2019年04月16日 | 日記
今日ラジオを聞いていたら
パーソナリティが新しい五千円札の肖像は
長澤まさみ 石原さとみと二回ぼけたあとで
津田梅子ですなと言っていた。
パーソナリティの相方も相手がぼけても
強く突っ込むことはなく
まあ長沢まさみさんなら綺麗ですけどね
とけっこうさらりと流している。
ひととおりボケが終わると
ラジオのパーソナリティは話を始めた。
津田梅子の肖像を見たんですが
これはうりざねがおの美人というか
本当にべっぴんさんです。
とパーソナリティは言った。
僕も何日か前に新しい五千円札の話が
出たときさっそく津田梅子をネットで検索して
美人だなあと思った。
それでラジオのパーソナリティの言葉に
僕と同じこと思うんだなと共感してしまった。
なんとも言えない貫禄のある女性だなと思った。
この当時は西洋に日本は追い付かなければならないという
時代で津田梅子も五才か六才くらいのときに
親を伴わないでアメリカへ行ったんですな
とパーソナリティは言った。
こういう話を聞いていると
津田梅子の顔もそういう時代の
心意気のようなものがなんとなくあるように思える。
思い過ごしかもしれないけれど、、。
新しい五千円札も楽しみにしたいなと思う。
まだ5年先らしいけれど、、。

金光さんの本を見ていたら
例えば、汚れた靴の泥を落としてから
ご飯を祭壇にそなえなればならないとき
靴の泥を落とすのが面倒だなと思ってそなえるくらいなら
釜のなかでご飯をかきよせてその場で
神様に祈ればよいという趣旨のことが書いてある。
本当に金光さんは形式よりも
中身が大切という考えのようで
そういう点はありがたい神さんだなと思う。
八王源先生が祈るのは寝床に入ってからでもよい
とおっしゃっておられたことを思い出す。

スイスロマンド管弦楽団大阪公演 ジョナサンノット

2019年04月15日 | 音楽
昨日はシンフォニーホールに
ジョナサンノット指揮スイスロマンド管弦楽団の
コンサートを聴きに行った。
オーケストラは指揮者の左手から
ファーストバイオリン、チェロ、ビオラ、セカンドバイオリンが並ぶ
対向配置だった。
最初に演奏されたのが
メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲ホ短調作品64
バイオリン独奏 辻彩菜さん
第一楽章
落ち着いた感じの演奏の開始。
弦楽器はピチカートも含めて
マイルドな響き。
マイルドでふくよかな響きと思う。
ティンパニもマイルドに鳴っていた。
フルートで出てくる甘い第二テーマも
マイルドな音色だった。
カデンツァの直後の木管と金管、バイオリンの
アンサンブルはしみじみと美しいと思った。
第二楽章
第一楽章に続いて演奏の切れ目なしに
第二楽章が始まる。
バイオリンソロのテーマの奏で方が
しっとしとしていて美しい。
オーケストラの音はやはり
マイルドでふくよか。
弦楽奏者はみんな体格がいいので
余裕をもって演奏しているように見えた。
第三楽章
第二楽章からほとんど切れ目なく
演奏が始まる。
オーケストラがやや短めのフレージングで
バイオリンソロをサポートしているのが印象的。
オーケストラの弦がやわらかいメロディを
奏でるときは音にとてもリアリティが
あってうっとりした。

辻 彩奈さんがアンコールに演奏したのは
J.Sバッハの無伴奏バイオリンパルティータから
第3番ガボットアンロンド。

ホールの残響をとてもうまく生かした
透明感のある素晴らしい演奏だった。
そういえばメンデルスゾーンのコンチェルトの
第一楽章カデンツァも
どことなくバッハに似た部分があったなあと思った。

20分の休憩をはさんで次に
演奏されたのが
マーラー 交響曲第6番 悲劇的

オーケストラはメンデルスゾーンと同じく対向配置。


第一楽章
混沌とした趣をたたえながらも
古典的な意味ですっきりした演奏であるように思えた。
古典的と思ったのは
モーツァルトのソナタ形式の作品の
多くがそうであるように
提示部で第一主題から第二主題まで
同じテンションですっと駆け抜けるような
演奏だったから。
あるいはこれは古典回帰の演奏なのかと最初は思った。
しかし演奏がだんだん展開していくと
そこはマーラーの交響曲なので
いろいろ混沌とした部分
ロマンティックな部分、さまざま出てきて
とても古典回帰などどいう一般論では
くくれるものではないことを思い知った。

第二楽章
悪くないけれど
ちょっととらえどころがないなとおもっているうちに
演奏が終わってしまった。

第三楽章
ここは深くて美しい世界だと思った。
ただ、演奏を聴いていて
今までに僕が聴いたどんな範疇にも
属さない演奏のように思えて
なんだかとりとめがないなと感じていたことも事実。
それは第一楽章から第三楽章まで
通しての話だけれど、、、。

第四楽章
ここも渋い演奏とは思ったけれど
退屈した部分もあったというのが事実ではある。

最近、マーラーをあまり聴いていないので
良い機会ではあったと思う。

演奏後の指揮者に対する拍手やブラボーが
すごくて、
最後は指揮者一人でステージに出てきて
それでもかなり拍手が鳴っていたので
どういうことかとあとで調べたら
東京交響楽団などけっこう日本で
なじみの指揮者であることがわかった。

関西でぼーっとすごしていると
そんな情報にもうとくなってしまうなと思った。





活字以外の令和を初めて見た

2019年04月13日 | 日記
今日、隣の町の駅前の横断歩道を渡ると
エステサロンが入っているビルの一階の
階段を下りたところに令和とチョークで書いた
ボードがおいてあった。
エステサロンのスタッフの方がお書きになったものと思う。
活字以外の令和を初めて見たなと思った。
本当に活字ばかりの世の中だから
手書きをみるとほっとするなと思う。
とてもきれいな字で令和と書いてある。
こういう風に書くのかと思った。
実は僕は令という字を手書きで
ほとんど書いたことがないので大変参考になった。
いろんな報道では令の冠の下は
片仮名のマでも可というようなことが
書いてあったけれど
今日見た令和は冠の下は片仮名のアに近い形になっている。
こういう風に書くといいのかとしみじみと思った。
僕がとっている新聞には天皇皇后両陛下が結婚の
60年のお祝いの一貫として昨日
横浜青葉区のこどものくにを訪れになったときの
写真が出ている。
見慣れた両陛下のお顔だけれど
写真を拝見していると
いままでありがとうございましたという気持ちになる。
まだいろいろな式典がひかえているのだと思うけれど
お体を大切にいつまでもお元気でと思う。

昭和は遠くなったと思う

2019年04月12日 | 日記
ラジオを聞いていたら昭和歌謡ということばが出てきて
五木ひろしの「よこはまたそがれ」などそのころに
流行した歌が何曲かメドレーで流れた。
なんかこれから令和になるし
昭和もほんとうに遠くなったなと思った。
たしかに「よこはまたそがれ」ってかなり古い歌という気がする。
紅白歌合戦がなんかの都合で有楽町フォーラムに移るという
話もラジオでしていた。
そのことをあるスポーツ新聞が有楽町で逢いましょう
という見出しで伝えたという。
ラジオのパーソナリティがアシスタントの女性に
有楽町で逢いましょう知ってますか
と尋ねると、ベテランの方のアシスタントの方は
知ってますと言い、若手の方のアシスタントの方は
知りませんと言った。
それは知らんわねとラジオのパーソナリティも言ったけれど
僕もそれは知らないだろうと思った。
思えば昭和を代表する娯楽映画 男はつらいよ
もずいぶんいまは昔になってしまったなあと思う。
昭和は遠くになりにけりだと思う。
ネットのニュースを見ていたら
40才以上のひきこもりというのは
これまであまりクローズアップされてこなかったけれど
統計をとると若者のひきこもりよりも数が多いというようなことが
出ていた。
そして中高年の引きこもりの4人に3人は男なのだとでていた。
たしかに市民交流センターなどの場所へいくと
女性が圧倒的に多いし
そんな統計もきっと本当なんだろうなと思う。
ラジオで人の意外な側面を見たとき
というテーマでお便りを募集していて
こんな概要のお便りが紹介された。
いい人だなと思って一緒に食事をしにいくと
年下には厳しい人だとわかり
ちょっとなあと思った。と
それに対してラジオのパーソナリティは
職場にはいろんな人がいますからね。
年上、年下気にしない人もいれば
体育会系の人とか上下関係で
引き締めるひともいます。
いろんな人がいて職場の統制がなりたちます。
と言ったあとで
でも、いまは厳しい世の中ですから
あんまり引き締められるとつらいですね
と言った。
本当にそのとおりだなと思う。
すこしでもみんなどんな世代の人にとっても
住みやすい世の中になるといいなと思う。

そんたくって

2019年04月11日 | 日記
何日か前にそんたくっていう言葉を使って
更迭された大臣がいると報道が出ていた。
昨年来そんたという言葉がよく報道に出ていて
たしか昨年の末にはそんたくという名前のおせち料理が
市場に出回っていたように記憶している。
でもそんたくってよく意味がわからないなと思っていた。
こうやってぼくのキーボードでそんたくって入れても
すぐに漢字変換の候補が出てこない。
僕自身も今までそんたくってことばを
実際の文章のなかで一度も使ったことがない。
どんな意味だろうと思って調べてみると
おしはかるとなっている。
あなたの気持ちをおしはかって
ここは僕がおごります、ならば
あなたの気持ちをそんたくして
ここは僕がおごります
という風になるのだろうか。
あなたの気持ちをおしはかって
僕がかわりにやります、ならば
あなたの気持ちをそんたくして
僕がかわりにやりますになるのだろうか。
なにしろ一度も使ったことがない言い回しなので
自分で使ってみてあっているかどうか
ちょっと自信が持てない。
ある大臣が総理や副総理の気持ちをおしはかって
どうろ工事を急ぎます
というような意味合いで
そんたくをつかったら大臣を首になったというようなことを
ラジオのパーソナリティは言っていた。
その大臣もひょっとしたら
そんたくということばを一度
使ってみたくて
つかったら不適切発言になってしまったのかもしれない。
あるいは日頃
そんたく、そんたくとマスコミはうるさいなあ
と思っているうちにぽろっと
使ってはまずいところで使ってしまったのかもしれない。
政治家はそんたくということばは
いまや文脈に関わらず人前で使うことは
しない、くらいの気持ちでちょうどよいのかもしれない。
他の言い回しを使えば
すむ話だし、、、。
(この事例に則して言えば総理や副総理の気持ちを
おしはかること自身が問題だということだったけれど、、、。)
僕がとっている新聞に
山梨県の富士吉田市で桜の花に雪が
積もった写真が出ていて
昨日は一月下旬並みの気温だったと出ていた。
関東甲信越地方は昨日は寒かったとのこと。
大気が不安定な状態が
しばらく続くかも知れないけれど
関西ではつばめも来たことだし
やがて暖かくそして暑くなっていくと思う。