硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

いくつになっても・・・。最終章

2024-08-03 15:42:43 | 日記
しばらく歩いてゆくとビジネス街になり人通りも少なくなり、大通りを右に曲がり朝日の上る方向へと進むと、ビルの合間からテレビ塔が見えた。
いや違う。テレビ塔はもうその役目を終えているんだったとハタと気づく。その手前の角には高い仕切りが建てられていて、既にビルは取り壊されていた。
一瞬、何だったかなと思うもすぐには出てこない。目の前にはかつてのテレビ塔。(今は中部電力ミライタワーというようである)
ああそうだ。東急ハンズのビルだ。
20代の頃、雑貨を目当てにわざわざ来ていたことを思い返す。田舎ではないものがそろっていて見ているだけで本当に楽しかった。(現在ではだいたい地元のホームセンターやショッピングモールで事足りるようになった。Amazonもあるしね。時代は留まる事を知らない)
確かオープンしてからすぐにきた気がする。しかし、今はその形もない。今振り返れば、あっという間だった。

セントラルパークもリニューアルされていて洒落た感じになってはいたが、ここにも若者たちがいて、ある人たちは語らい。ある人は酔いつぶれてベンチや地べたに寝ていて、ある人は一人でスマホに向かっていた。(一人でスマホを見ているだけなら家に帰ればいいのにと思ってしまうのはやはり違うのだろう)
「その頃は、時間は無限にあるものだと思っていたなぁ」と思いながら歩いていると、オアシス21近くの交差点まで歩いてきた。ずいぶんと汗もかいた。のども乾いた。これ以上の散歩は身体に悪かろうと思いお宿へ。

泥酔中の若者たちが海に浮かぶクラゲのように街の中を漂っている。タクシーを止めるために走行車線の真ん中まで出ている若者もいる。少し肩を落としたホストさんやキャバ嬢さんも家路に向かっているようである。
「お疲れ様」と小さな声でつぶやく。接客業、特に直接熾烈な競争の場にその身を置いているのであるから、リターンも大きいかもしれないが、身の削り方も凄まじく大であろう。

朝日が少しずつ高くなってきて、街の輪郭がはっきりと際立ってきた。再びお宿に潜り込んで大浴場で朝風呂につかる。
贅沢しているなと思う瞬間である。
足腰に溜まっている疲れを癒し、お腹が空いたので最上階で軽く食事を摂ると、少しずつ身体が覚醒してくる。食後、ミルクたっぷりのコーヒーを飲みながら、まったりとテレビに映し出されるオリンピックの結果をぼんやり眺める。
水泳の池江選手が悔しさをにじませながらインタビューに答えていた。
周りのお客さんを見回す。意外にも誰もテレビを見ていなかった。
怠惰に時間を過ごして10時に出発。
考える事が同じなのか、この時間チェックアウトする人が多く、エレベーターも満員、フロントでも列をなしていた。手際よくチェックアウトを済ませ、お宿の外に出ると、もう夏の強い日差しがアスファルトを焦がしていた。
さすがにもう歩道には、座り込んでいる若者はいなくなっていて、朝から活動する人たちが闊歩していた。
しかし、夜の痕跡を残したゴミは変わらず散乱していて、片付けてくれるのを待っているように映った。
朝通った時は気が付かなかったが、その通りにはいくつものごみ放置禁止の注意喚起の看板が表示されていて少し驚いたが、悪意のある無邪気さが彼らをそうさせているだろうと思った。

地下鉄駅に向かう途中、アミューズメントビルの前に小さな人垣ができているのが見えた。興味がわいたので立ち寄ってみると、どうやらアイドルさんのミニコンサートが始まるようだった。タイムスケジュールを見ると開始時間は10時20分。あと5分もあれば始まる。
会場が地下にあり、見下ろせる位置から周りを見てみると、女性もいるけれど30代から50代くらいのおじさんがメイン。それぞれが個々にアイドルの登場を待ち望んでいた。
どんなアイドルさんか気になるし、どんなパフォーマンスを見せてくれるのかも気になる。ファンさんの邪魔にならないように待っていると、音楽と同時に秋葉でみたメイドさんのようなキラキラした洋服に身を包んだ女性が登場し、元気よく踊り出し歌を歌い出した。
するとオジサンたちもスイッチが入り推しに向けて声援を送りだした。アイドルさんもその声に反応しパフォーマンスを上げてゆく。しかし、アイドルのセンターの一人がどうも未来を見失っているような感じを受けた。
それでも、ファンの人達は懸命に応援している。

きっと推す何かがあるに違いないとビジュアルを一度遮断して楽曲に集中するも、一向に刺さってこない。刺さらないのは曲でもないのだ。
他のファンの迷惑になるといけないと思い一曲目が終わらない前に静かに会場を離れる。

そして道すがら色々考える。昨日のお祭りの時も感じたが、歳を重ねても推せる何かがあることは、たとえ日常生活がさえないものだとしても、推す瞬間がその人の人生を豊かにし、彩を与えるのものなのではないかと。

そして、生活習慣や家族なども含めた価値観がこれほどに多様化した時代においては、推せるもの、意識を集中できるものがあることの方が、夜の街を彷徨い楽しいこと探しをする若者たちよりも幸福なのではないかと思った。