硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「スロー・バラード」

2020-10-08 17:34:15 | 日記
                       23

「勝負事は引き際を間違えたらあかん。無駄に争ったら負けや」

 その事があってから、俺はひろゆきを尊敬するようになり、休みの日もちょくちょく遊ぶようになった。そして、学校とは違うひろゆきの新たな面を知って、さらに親交を深めていった。
 ひろゆきの事で一番驚いたのは、オヤジさんが、大きな会社の重役で家は裕福だったのにもかかわらず、バイトをしていた事だった。バイトしてるから、てっきり、家、大変なのかなと思ってたけど、大きな間違いだった。
 そして、もう一つは、バイト先で知り合ったという、8コ上の彼女がいた事だ。その彼女の車に乗せてもらって、ひろゆきと俺とで、遊びにいった事もあった。ひろゆきは、大人の女性にも、動じることなく、同級生と話すようにしていて、俺は緊張しっぱなしだったのに、彼女の前で、「彼女、紹介したろか。ええ娘おるで。はよ童貞卒業しとけよ」って、言われて、恥ずかしくなって、「俺は、まだいいよ」って、見栄を張ってしまったけど、はるか先をゆく、ひろゆきの事をすごく羨ましく思っていた。

 でも、高3の秋にオヤジさんの仕事の都合で突然転校する事になって、それからは音信不通になった。クラスの違ったひろゆきは何も告げずに転校してしまったけど、それも、ひろゆきらしいなと、思った。

ひろゆきは、今も、俺のはるか先を行ってるんだろうな。

「スロー・バラード」

2020-10-07 20:38:31 | 日記
                      22


 「なんだろう、いきなり」と思ったけど、パチンコには興味があったから、とりあえずついていった。でも、いろいろ話を聞いているうちに、バイトしたお金でパチンコをするというルールを自分の中で守っていたことを知り、面白い奴だなと思って、何回かパチンコについてゆくうちに、友達になった。

 俺は、おこずかいが決まっていたから、そんなに打てなかったが、ひろゆきは、セミプロで、負けた事がなく、タマが出ると、必ずと言っていいほど、「これで打ち」といって、タマをくれた。俺は、「お金かかってるだろ」と聞くと、「一緒にパチンコ来てくれるし、耀司、ええ奴やし」といって、ニヤッとした。

 経験が豊かなひろゆきからいろいろと教わって、パチンコも面白いなと思ったけれど、パチンコ屋には慣れることはなかった。店内はうるさいし、たばこの煙で、かすんでいて、チンピラの人とかもいて、なにを思ったか、突然、「でぇへんやないかっ! 」って怒鳴って、パンチで台のガラスを割った人もいて、危険な感じが少し居心地が悪かったけど、ひろゆきはそういう人がいても平然とタマを打ってて、パンチパーマの人や、怪しそうなおじさんや、スナックのママとも、知り合いで、タマが出ると、俺に「ちょっと代わりに打っといて」と言って、何処かへ行ったかと思うと、缶ジュースを何本か買ってきて、「これ、今、出てるでどうぞ」と言って、愛想よく、大人たちがするのと同じように、ジュースを配っていた。

 そう言う大人びた社交的な面もあれば、したたかなところもあって、あれは、北高のヤンキーが店に入ってきた時、瞬間に隣りのおっちゃんに、「これ、貸したるで、俺の代わりに打っといて、借りは、また出た時でええで」といって、箱のタマを渡すと、

「北高の奴らは、『玉貸せや』って言うてからんでくるで面倒や。そっこーで逃げるぞっ」

と言ったのを合図に、俺たちは全力で裏口へ走った。北高のヤンキーが「おいっ! 逃げんなコラぁ!! 」って言った時には、もう、裏口を出てて、楽勝でぶっちぎってて、「さすがはひろゆき」って感心した。

その時に言った、ひろゆきの名言は、俺の中に今でも印象深く残ってる。

「スロー・バラード」

2020-10-06 20:10:06 | 日記
                      21


 浩二はほんとにいい奴で、いい友達だ。面白い事といえば浩二が絡んでいたし、受験勉強の時でも、いい距離で遊んでくれて、息抜きになった。俺は、その時、初めて、こういうのを友達っていうのかなと思った。
幼いころからの付き合いを継続してゆく。そういうのも悪くはないとは思うけれど、留まれば、大きな失敗は避けられる代わりに、過去に囚われ、世界も固定され、きっと、後悔もするだろう。だから俺は、地元の大学に入学するより、一年間しっかり勉強して、東京の大学に目標を定めて、無理を言って親の脛をかじる事にした。
 おじいちゃんとおばあちゃんは「ここに残った方がいい」と、言って、引きとめようとしてたけれど、父さんと母さんは俺の気持ちを汲んでくれ、後押しをしてくれた。 両親の応援無くしては今には至らなかっただろう。只々、感謝しかない。
 その甲斐あって、大学には合格し、生活拠点を東京に移すことが出来た。ここまでは。イメージ通りに来ているけど、きっとここからが大変なのだろうと思う。

気が付けば、国道沿いに出ていた。バイクの部品を買いに行ったホームセンターも見えた。隣のパチンコ屋は、今も変わらず、駐車場には沢山の車が止まっていて、店の前には人が列をなしていた。

俺にとって、あのパチンコ屋も思い出深い場所だった。

 高校で出来た唯一の友達、ひろゆきは、学校の帰りに、あのパチンコ屋によく入っていた。友だちになったきっかけは、学校の帰り、国道を渡る信号を待っているとき、何度か出くわしていたが、ある日、なぜか、ひろゆきから、「今から暇? パチンコ打ってこ」と誘ってくれたのが始まりだった。

「スロー・バラード」

2020-10-05 21:15:43 | 日記
                      20


「あの後さ、マサカズのとうちゃん、めっちゃ怒って、マサカズ、とうちゃんにボコボコにされたんて、しっとる? 」

「マジで! 高校違ったから、あの後、誰が、どうなったかを全く知らなかった。ところで、マサカズって今何してる ? 」

「トラックの運転手しとるで」

「へぇー。意外といえば意外」

「あ~、分かるわぁ。マサカズって、少女漫画に出てくる男みたいやったでなぁ。けどなぁ、高校の時、女子にめっちゃモテモテやったんやって」

「・・・だろうなぁ。それは何となくわかる」

「あいつ、高1の時、バレンタインデーのチョコ幾つもろたと思う? 」

「めんどくさいな。まぁ、10個くらいだろ? 」

「甘いな。チョコなだけにな」

「おやじか」

「実はな、50個らしいで」

「マジで!! 」

「すごいやろ。マサカズは通学で電車に乗っとったやろ。そんなら、電車にはいろんな高校の女子もおるやろ。おまけに女子高の子もおるやろ。そんで、マサカズのかっこよさが噂になって、2月14日はすごかったらしいわ。それでな、あまりにモテるんで、電車に乗ってたヤンキーたちが、気に入らんかって、焼き入れたろかって言う話になったんやけど、霞のレディースの総番長も、やっぱり、マサカズの事が好きやったらしくて、焼き入れるのやめたんやって」

「すげえな! まさに伝説! 」

「すごいやろ! けど、あいつ、そんだけモテてても、硬派やったんな」

「マサカズ、もったいないことするなぁ」

「ほんまやで。彼女一人くらい紹介してくれてもええのになぁ。ケチな奴やで」

「スロー・バラード」

2020-10-04 16:59:46 | 日記
                      19


「おまえら!そこを動くな! 」

 怒鳴ったポリさんは、駐在バイクから飛び降りて、俺たちに向かってダッシュしてきた。反射的に『これは捕まる』と思た俺らは、食べてた菓子やジュースをそのまま放り出して、なにを思たか駄菓子屋の前に広がる、刈り終わったばかりの田んぼへ駆け出した。
どこまで逃げても姿を隠すとこがない田んぼやから、逃げ切れるわけがない。今考えたら、笑い話にしかならんけど、俺らは散り散りになって無我夢中で逃げた。

「逃げるなぁ! 」

 ポリさんの怒鳴り声に、誰が追っかけられてるのか気になって、後ろをチラチラと観ると、出遅れたキヨヒコを、追いかけているのが見えた。俺は「キヨヒコごめんな」と思ってると、切り株に足を取られて思いっきりこけて、御用になってしもた。
俺らは、そのまま家に帰ったけど、みんな顔を見られてるから、直ぐにそれぞれの家に電話がかかってきて、親と一緒にあの交番に集まることになってしもた。

「けど、あれって、誰が通報したんだろう」

「ほんま、誰なんやろな。せっかく直した単車ほって、逃げたもんな。けどさ、ポリさんって、2コ下の北口くんのお父さんやもんな。」

「そうそう。結局、逃げ切った奴の家にも電話かかってきて、あそこの交番に全員集合したな。」

「そうそう、それで、皆で家裁行きな」

「ところで、あのヤマハはどうなったかしってる? 」

「ああっ、あれな、没収や」

「没収! 」

「ポリさん持ってって、それから分からんわ。小遣いはたいて直したのになぁ」

「おおっ、もったいなかったな」

「けど、それが青春や! どやっ、上手い事まとめたやろ! 」

助手席のようじは、大笑いした。


「スロー・バラード」

2020-10-03 20:05:15 | 日記
                      18


信号が変わる。ギアを入れ、走り出す。交番の前を通ると、ようじは「ここ、ここ。ここも俺たちの思い出の場所になったな」と言った。

「そやなぁ。高1ん時の、山に捨ててあった、ヤマハの125な。」

 それは、たまたまイトウとチャリでフラフラしている時やった。舗装もしてない山道を上がった草むら中に、ナンバーを外した単車があった。それを見つけたイトウと俺は、単車の具合を見て、あんまり錆びてもおらんし、走りそうやと思って、一月位様子を見て、移動してなかったら拾いに行こうと計画した。単車は、捨てたのかもしれんし、盗まれたもんかもしれんけど、ずっとそこにあって、俺とイトウは、計画通り、一か月後、単車を拾いに行き、空き家の軒にいれて、家からガソリンやらオイルやら工具やらを持ってきて、足らん部品は、町のホームセンターにいって、ためていた小遣いで買うた。
それで、イトウと俺は、部品を外して灯油で洗ったり、部品を交換したりしながら、キックスターターを蹴ってたら、マフラーから煙が出てきて、エンジンがかかった。

今思えば、それがあかんだと思う。

エンジンは一回火が入ると、調子ようなり、ようじやマサカズ、キヨヒコも呼んで、皆でお金出しあって、パンクしていたタイヤもきっちりを治して、交代で農道を乗りまわした。

それからは俺らのええ遊び道具になった。

 こがんでもアクセルひねれば、スピードが出る。しかも、向かい風も関係なしに、目の前の風景が、後ろへ飛んでく。もう、それだけで、面白かった。
新しい遊びを手に入れた俺らは、夢中になって、なにを思たか、公道に出て、駄菓子屋まで行って、みんなで菓子を食うまでになった。そしたら、ある日、なんでかわからんけど、突然、ポリさんが駐在バイクでやって来た。


「スロー・バラード」

2020-10-02 17:15:52 | 日記
                       17


「後ろ髪ひかれ隊っていう名前、なんかダサない? 」

「おっ、おおっ。けど、俺は『うしろゆびさされ組』のファンや」

「へぇ~。『後ろ指さされ組』もなんか、ダサない? 」

「おっ、ファンとしては、聞き捨てならんな」

「マジでファンなんだな。で、『後ろ指』の誰がいいの? 」

「ゆうゆや」

「あ~。分かりやすいな。久美ちゃんに似てるもんな」

「痛いとこつくなぁ~。そう言うようじは誰なん? 」

「俺? 俺はぁ、そうだなぁ。アイドルはわからないけど、最近は今井美樹かな? 」

「誰?それ? 」

「女優さん。ホンダ・トゥディのCMに出てる子だよ。この2年テレビ見なかったからアイドルはさっぱりわからない」

「うそやろ! けど、それは、それですごいな」

「それが俺」

「かっこええなぁ」

「まあな。ところで、仕事忙しい ?」

「おおっ、まぁまぁやな。ようやく流れ作業になれてきたとこや。先輩がヤンキーやで、厳しいわ。」

「ヤンキーって? 」

「ビーバップハイスクールみたいな人がゴロゴロおるわ。パンチパーマとかリーゼントで作業帽がきちんと被れやん人がほとんどや」

「なんか、それって、高校の時とあんまり変わらんな」

「そうなんさな。課長さんや部長さんは、サラリーマンていう感じなんやけど、現場仕事はそんな感じや」

「大変だな。けど、給料きっちりもらえるし、羨ましいよ」

「そやなぁ。そこはええかなぁ。車もパーツも買えたしな。ようじはさぁ、大学行って何勉強するん? 」

「農学」

「ええっ、農家継がんのに、農学て」

そう言うと、ようじはなんかうれしそうになった。

「へへへっ。そう思うだろ。けど、そのイメージも覆すぜ」

「おおっ。なんか、かっこええなぁ」

「そうだろ。農学って言うのは、農業だけじゃないんだぜ。例えば、この先、人口は増えづづけるけど、作り手は減ってゆく。そうしたら、自給率は下がるのは何となく予測できるだろう。今は、食べる、飲むって、当たり前に出来てるけど、そうなれば、その当たり前の事が出来なくなる可能性が出てくる。それと、何かのきっかけで・・・、例えば、気候変動。たとえば、日照りや日照不足、温暖化、寒冷化してしまっても、同じことが言えと思う。もちろん、根底には今の農林水産業の維持を考える事があってのことだが、もしもの時に、食べる、飲むに困らないように、準備しておくことも、これからの農学の役目だと思ってるんだ」

「なんか、かっこええなぁ。俺そんなこと思た事もなかったわぁ」
 
 ちょっと会わん間に、目先の仕事や遊びしか考えてへん俺に比べて、ようじは、とんでもなく先の事を考えるようになってたんやなと思て、変なもんやけど、今までにはなかった、複雑な気持になった。

「スロー・バラード」

2020-10-01 19:28:21 | 日記
                       16


 「俺の場合は、大学を出たら、きっと向こうで就職するし、彼女も向こうで出来るだろうし、よほどのことがない限り、無理と思う。それに、父さんは、母さんの父さんの田んぼを引き継いだ形だったから、こっちの土地には執着がない。だから、減反政策が施行された年に、冷静に『もう、小作の農業では維持費さえ生み出す事も難しくなる。だから耀司は農業にこだわらなくていい』て、言われたから、継がなければならないという縛りはないし、インフラも整備されて、専業農家もいなくなった今、村は、村の人の手で守っていかなければいけないという理由も希薄になったんだから、自分の気持ちに反してまで、留まらなければならないという理由も、俺はないと思う」


 農家を継がないというのは、なんとなくわかってた。ようじが浪人中、家に遊びにいった時、話の流れから、将来どうするかという話になった。その時にようじは、「俺、この町はなんだかダメな気がする。大学目指してるのにもかかわらず、青年団とか消防団の人が勧誘に来たんだけど、話聞いてると、年功序列の組織を維持したいだけっていうのが、透けて見えるし、俺の気持ちを無視して、俺たちの為に将来ここに留まれって言ってるようなものだって、わかってないんだろうな。それで、俺たちの世代の気持ちがつかめると思っているんだろうか」と言ったことがあった。俺は、その時、なんも言わんだけど、なんか寂しい事言うなぁと、思った。

 ようじが話しが途切れると、二人ともしばらく黙ってしまって、気まずくなった。小中学生の頃ならこんな事にはならんだのになと、思てると、ラジオから『後ろ髪ひかれ隊』の歌がながれてきて、ようじが気まずい空気を破ってくれた。