次のマンションの内覧会&確認会も終わり
あとは引っ越しを待つばかりとなりました
ちょっと、しみじみ思い返しています。
実はこの半年間の
仮住まい生活が始まってから
2ヶ月後くらいから
「ある変化」
に気づきました
恐怖症みたいなものが・・・・
なくなっているのです
これまであらゆる「恐怖症」を
このブログでも色々書いてきていましたが
現在の借家でその状況になったときに、
「あれ?なんだろ?全然怖くないんだけど・・・???」
と
変化に気づいた。
まあ、本当の所はまだわかりませんけど
でもそこでふと思った。
もともとその「恐怖症」は
昔からあったものかもしれないけど
実は
表面化したのは
これまでのマンションに住み始めてからだった。
住み始めてすぐに鬱みたいなって仕事を辞めて
それからも色々なことがあった。
それまでの人生と、
それまでの性格と、
何もかもが明らかに変わってしまった
でも
今から思えばすべて重要なことで
「それらを乗り越える」時に
自分自身と真剣に向きあう機会が増えて
だからこそ
「本当にやりたい仕事」に気づいたり
すべての事に敏感になれたし
人の優しさやも感じやすくなったのかもしれない。
現在の借家に住んでから
改めて客観的にこれまでの生活を見直すと
色々なことが浮かび上がってくる気がするのです
その場所がラッキーだとか合う合わないというよりも
その場所でおこるすべての事が
自分にとって必要であり重要であり
それを乗り越えることが「テーマ」でもあるのかも・・・と。
確かに
以前のマンションに住み始めてから7年間
苦しいことばかりの連続でした
でも
その7年目に自分と深く向きあう出来事があって
そこから全く違う方向に動きだした。
(このあたりでも当時、「眠気記録」している頃ですね)
ここからの7年は新しい自分の始まりでもあり
何もかもがガラッと変わった毎日となりました
人から見れば何も変わってないと思えるかもしれませんが
気持ちが変わりました
確かにあらゆる「恐怖症」はまだ残っていましたが
それでもそのことにも本気で向き合うようになって
「かかってこい」
くらいの強気になってきて
それまでの7年間のノイローゼ的?な恐怖感とは違う、
あとの7年間は「克服してみせる」的な感じでしたね
同じマンションでありながら
最初の7年間は辛い想い出しかないのに
後の7年間は良い思い出しかない。
こうみると
「自分に合う場所」「ラッキーな場所」「ついている場所」って
本当はものすごく曖昧で、
本来は
自分がどう向き合い、
どう考えるかで
全く違うものになるんじゃないか
そう実感したのだ
私にとって最初の辛い7年間があったからこそ
本気で自分と向きあおうと思ったわけで
それがなかったら
もしかしたらまた違う方向に行っていたのかもしれない。
(それはそれでまた良かったのかもしれないけど)
どっちの道であっても
良いとか悪いとかではなく
自分に必要な方に行くと思っているのですね
今でも心に残っているあるお友達の言葉があるのですが
「もしもね、占いとかで『こっちがよいですよ』と言われてね、
自分にとって安全な方にばかり逃げていて
それって人生にとって良いのかな?って、思って。
安全な良い方ばかり求めるのって、人生の意味があるのかな、って」
このことを言われた時、
何故か心からスッキリしたのです
そもそも「物事には良いも悪いもない」というし
起こることすべて自分にとって大切で、
「どうとらえるか」、
「どう対策を練るか」が
自分のテーマでもあるのかな、と。
もしも私が最初の7年間で
「あ、ここの土地・建物は合わない。
鬱になったし、物事すべてうまくいかない」
と土地や環境、建物のせいにして
変な怪しい壺(笑)とか買っていたら
その後の7年間もまた同じ、何も変わらなかったかもしれない。
起こることすべて「自分のために起こっている」と
気づかせてもらったお陰で
「よし、ここからどうするか」
と流れに任せながら
自分自身と向きあって(変な壺とかに頼らずにな 笑)
そこから、
そのお陰で
全く違う人生が始まりだした。
自分にとっては180度くらい違うと感じる
場所でも波動でも土地でも建物でもない。
同じ場所でも変われるということを経験することが
もしかしたら
そのマンションでの「テーマ」だったのかも、しれない。
このことに気づけたのは
現在の借家に住んでいて
「あれ?恐怖症、なくなっている???」
と気づいて、色々振り返られたから。
もしかすると
その場所でのテーマがあるのかもしれないし、
たまたまただの「時期的」なものかもしれない。
どんな場所であっても自分の「テーマ」は
逃げることはたぶんできないし
必要で起こるものだと思う。
これまでのマンションは私も大好きで
ずっと住み続けると思っていたし
最初の7年間のことはすっかり忘れ
あとのよい7年間しか覚えていなかった
でも今回の引っ越しで
「ここでのテーマが終わったのかな??」
とも感じるのです。
それは一昨年の初め頃?かな
まだ引っ越しなんて100%頭になかった頃に
「もうこれ以上ここにいてもなあ・・・・」
と
不思議な感覚になったことを覚えているからです
もうこれ以上学ぶものがないという感覚なのか、
それ以上行けない、という感じなのか
よくわかりませんが
「頭打ち」という気がすごくしたのをはっきり覚えています。
もしかすると
そのマンションでのテーマが終わったのかもしれません。
あくまでも・・・・・そんな気がするだけです
現在の借家でもきっと
私にとっての、その場所でのテーマがあり、
だから「性格が変わった」と感じているだけなのかな?
・・・そんな感じもしてきました
現在の借家でのテーマは
『修行』
です。
・・・本当にぴったりな感じです
だから
もしも次のマンションでも
「合わないかな」と思ったとしても
それは必要で起こっていると思うし、
またクリアしていくことが私にとって大事なことなのだと
思えるようになりました
自分に必要で必然なテーマが
そこにあるのだと。
すべてに偶然はない、
と思っているので
すべてに身を委ね、受け入れていきたいと思います。
あ
私、かなり以前に
「私の人生の周期って7年ごとのような気がする・・・」
とこのブログでも書いたのですが
ここでも「7年」が出てきてびっくりです
今から7年前に転機が起こって「今」がありますが
その7年前の7年前も
人生の大転機が起こっていて・・・・
と
ブログで書いた覚えがあります
とは言っても
7年のその前後も動きがあるので
ぴったりの7年周期、というわけでもないですけどね
でも大まかに、そんな感じです
自分に言い聞かせるまとめ
すべての出来事に偶然はなく
すべて必要で必然で起こっているので
しっかり向き合い、受け止め、流れに任せること。
必要ならば対策を練ること。
自分の「テーマ」を見極め
クリアしていくこと。
どんなことが起こっても感謝の気持ちを忘れないこと。
P.S とはいってもやっぱり新しい場所って怖いんだもん。。。
自分への気休めな独り言でした
あとは引っ越しを待つばかりとなりました
ちょっと、しみじみ思い返しています。
実はこの半年間の
仮住まい生活が始まってから
2ヶ月後くらいから
「ある変化」
に気づきました
恐怖症みたいなものが・・・・
なくなっているのです
これまであらゆる「恐怖症」を
このブログでも色々書いてきていましたが
現在の借家でその状況になったときに、
「あれ?なんだろ?全然怖くないんだけど・・・???」
と
変化に気づいた。
まあ、本当の所はまだわかりませんけど
でもそこでふと思った。
もともとその「恐怖症」は
昔からあったものかもしれないけど
実は
表面化したのは
これまでのマンションに住み始めてからだった。
住み始めてすぐに鬱みたいなって仕事を辞めて
それからも色々なことがあった。
それまでの人生と、
それまでの性格と、
何もかもが明らかに変わってしまった
でも
今から思えばすべて重要なことで
「それらを乗り越える」時に
自分自身と真剣に向きあう機会が増えて
だからこそ
「本当にやりたい仕事」に気づいたり
すべての事に敏感になれたし
人の優しさやも感じやすくなったのかもしれない。
現在の借家に住んでから
改めて客観的にこれまでの生活を見直すと
色々なことが浮かび上がってくる気がするのです
その場所がラッキーだとか合う合わないというよりも
その場所でおこるすべての事が
自分にとって必要であり重要であり
それを乗り越えることが「テーマ」でもあるのかも・・・と。
確かに
以前のマンションに住み始めてから7年間
苦しいことばかりの連続でした
でも
その7年目に自分と深く向きあう出来事があって
そこから全く違う方向に動きだした。
(このあたりでも当時、「眠気記録」している頃ですね)
ここからの7年は新しい自分の始まりでもあり
何もかもがガラッと変わった毎日となりました
人から見れば何も変わってないと思えるかもしれませんが
気持ちが変わりました
確かにあらゆる「恐怖症」はまだ残っていましたが
それでもそのことにも本気で向き合うようになって
「かかってこい」
くらいの強気になってきて
それまでの7年間のノイローゼ的?な恐怖感とは違う、
あとの7年間は「克服してみせる」的な感じでしたね
同じマンションでありながら
最初の7年間は辛い想い出しかないのに
後の7年間は良い思い出しかない。
こうみると
「自分に合う場所」「ラッキーな場所」「ついている場所」って
本当はものすごく曖昧で、
本来は
自分がどう向き合い、
どう考えるかで
全く違うものになるんじゃないか
そう実感したのだ
私にとって最初の辛い7年間があったからこそ
本気で自分と向きあおうと思ったわけで
それがなかったら
もしかしたらまた違う方向に行っていたのかもしれない。
(それはそれでまた良かったのかもしれないけど)
どっちの道であっても
良いとか悪いとかではなく
自分に必要な方に行くと思っているのですね
今でも心に残っているあるお友達の言葉があるのですが
「もしもね、占いとかで『こっちがよいですよ』と言われてね、
自分にとって安全な方にばかり逃げていて
それって人生にとって良いのかな?って、思って。
安全な良い方ばかり求めるのって、人生の意味があるのかな、って」
このことを言われた時、
何故か心からスッキリしたのです
そもそも「物事には良いも悪いもない」というし
起こることすべて自分にとって大切で、
「どうとらえるか」、
「どう対策を練るか」が
自分のテーマでもあるのかな、と。
もしも私が最初の7年間で
「あ、ここの土地・建物は合わない。
鬱になったし、物事すべてうまくいかない」
と土地や環境、建物のせいにして
変な怪しい壺(笑)とか買っていたら
その後の7年間もまた同じ、何も変わらなかったかもしれない。
起こることすべて「自分のために起こっている」と
気づかせてもらったお陰で
「よし、ここからどうするか」
と流れに任せながら
自分自身と向きあって(変な壺とかに頼らずにな 笑)
そこから、
そのお陰で
全く違う人生が始まりだした。
自分にとっては180度くらい違うと感じる
場所でも波動でも土地でも建物でもない。
同じ場所でも変われるということを経験することが
もしかしたら
そのマンションでの「テーマ」だったのかも、しれない。
このことに気づけたのは
現在の借家に住んでいて
「あれ?恐怖症、なくなっている???」
と気づいて、色々振り返られたから。
もしかすると
その場所でのテーマがあるのかもしれないし、
たまたまただの「時期的」なものかもしれない。
どんな場所であっても自分の「テーマ」は
逃げることはたぶんできないし
必要で起こるものだと思う。
これまでのマンションは私も大好きで
ずっと住み続けると思っていたし
最初の7年間のことはすっかり忘れ
あとのよい7年間しか覚えていなかった
でも今回の引っ越しで
「ここでのテーマが終わったのかな??」
とも感じるのです。
それは一昨年の初め頃?かな
まだ引っ越しなんて100%頭になかった頃に
「もうこれ以上ここにいてもなあ・・・・」
と
不思議な感覚になったことを覚えているからです
もうこれ以上学ぶものがないという感覚なのか、
それ以上行けない、という感じなのか
よくわかりませんが
「頭打ち」という気がすごくしたのをはっきり覚えています。
もしかすると
そのマンションでのテーマが終わったのかもしれません。
あくまでも・・・・・そんな気がするだけです
現在の借家でもきっと
私にとっての、その場所でのテーマがあり、
だから「性格が変わった」と感じているだけなのかな?
・・・そんな感じもしてきました
現在の借家でのテーマは
『修行』
です。
・・・本当にぴったりな感じです
だから
もしも次のマンションでも
「合わないかな」と思ったとしても
それは必要で起こっていると思うし、
またクリアしていくことが私にとって大事なことなのだと
思えるようになりました
自分に必要で必然なテーマが
そこにあるのだと。
すべてに偶然はない、
と思っているので
すべてに身を委ね、受け入れていきたいと思います。
あ
私、かなり以前に
「私の人生の周期って7年ごとのような気がする・・・」
とこのブログでも書いたのですが
ここでも「7年」が出てきてびっくりです
今から7年前に転機が起こって「今」がありますが
その7年前の7年前も
人生の大転機が起こっていて・・・・
と
ブログで書いた覚えがあります
とは言っても
7年のその前後も動きがあるので
ぴったりの7年周期、というわけでもないですけどね
でも大まかに、そんな感じです
自分に言い聞かせるまとめ
すべての出来事に偶然はなく
すべて必要で必然で起こっているので
しっかり向き合い、受け止め、流れに任せること。
必要ならば対策を練ること。
自分の「テーマ」を見極め
クリアしていくこと。
どんなことが起こっても感謝の気持ちを忘れないこと。
P.S とはいってもやっぱり新しい場所って怖いんだもん。。。
自分への気休めな独り言でした