初ちゃんの「ボチボチ生きようぜ!」

毎日の生活で出会った事をボツボツ綴っていきます。

又しても地震

2011-02-22 | 未分類

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大聖堂


3年前旅したニュージーランド・クライストチャーチがマグニチュード6.3の地震に見舞われました。


TVでクライストチャーチ大聖堂が崩れ落ちているのを見て驚いています。


お世話になったゲストハウスのSeikoさんから昨夕生存メールが届いていました。


関西出身の彼女、神戸の震災も経験して、これで三度目です。


私達が定年退職記念の旅行をしたのがついこの間のように思っていましたが相次いで二度も大きな地震に見舞われゆっくりと休むことのできた「ゲストハウス」も前回全壊、まだ再建の目途も経たないうちに幼い息子さんを連れて友人、知人に助けられ長い間転々とする生活からこのたびやっと一軒家を借りて落ち着いた矢先でした。


私達がゲストハウスを訪れた時はまだ子供さんはいなかったのですが子供さんに恵まれ旅行業もご主人が案内されるとブログで知り楽しみにしていたのですが本当にショックです。


心配しているだろうと先にメールで知らせて来られたようです。


個人旅行は案内される個人的な知識によることが大きいのですがSeikoさんはニュージーランドの歴史もきちんと勉強されていて車で通過するだけの場所も丁寧に案内して貰い思わぬ収穫があることもありました。


Seikoさんもご主人のtaxiさんも世界各地を歩いてきてニュージーランドに永住する事に決めたそうです。


行ってみて風景の美しさ、人間の優しさ、素朴さが気にいった理由がわかりました。


だから、私達二人の体調、行きたい所も勝手に決めて自由に動き回れるので本当に楽しい旅が出来ずっとメール交換はしていたのです。


ホームページにきちんと旅行記を書かなくてはと思っていたのに書かないうちにその風景が失われてしまったので残念ですが大聖堂とその前の広場の様子、パンティングと呼ばれる舟遊びの時の風景などスライドショーにしてみました。


今は美しかったハーグレー公園が避難場所になっているそうですが向こうはこれから秋、冬を迎えます。


Seikoさん一家が早く落ち着きを取り戻し、ゲストハウスが再建できるように祈ってやみません。




一度聞いてください

2011-02-11 | 未分類

今年は音訳ボランティアを頑張るぞ、と宣言したにも関わらず1月の編集で大失敗をしてグループの皆さんに迷惑をかけてしまった。


失敗は初歩的なミスなのでちょっぴり恥ずかしくもあったが何とかめげずに頑張る日々です。


皆さん夫からは理解されないと言われていましたが、私も例にもれずいつも夫から「何でそんなきついボランティアをするのかわからん」と言われる。


でも、最近少しづつ「自分のため」に役立っていることが多いと感じている。


今はまだ少ししか協力できないけれど先輩たちの読んだ録音を聞いたり少しでも聞きやすいように無音のフレーズを切り張りしたり口中音を出さないように工夫したり努力する。


「楽しい」とは言えないかも知れないが「やりがい」は十分ある。


音訳のグループを結成したのは最初は「区報」と言う区役所からのお知らせを読むためだったと聞きましたが私は入会以後読む日はいつも他の用事と重なって数回しか読んでいない。


グループで持ちまわって今月まで私達のグループが読むので何とか他の用事をキャンセルして参加した。


「区報」は読み方の決まりがあり、それに沿って読まないといけない。


今回で数回目だが後日ちゃんと自分用のフローチャートを作ってみた。


最後の今月末はもう少し上達いているといいなと思う。


是非一度「音訳」はどんなものなのか聞いて頂きたいとリンクを貼ってみました。


 聴くためにはiTunes  と言うソフトをダウンロードする必要がありますが視覚障碍者の方が聴きやすいように声のトーンを出来るだけ上げ下げせずに単調に読んだり、言葉の出始めが聞き取りやすく編集したり、写真の説明もみんなで検討して広報の内容をいかに判りやすく読むかに意見を交わしています。


短い言葉で最大限伝えたい言葉を選ぶ、その為にとても緊張感のある中で録音したり編集して、出来上がったらすぐにUSBメモリーに取り込んで広島市へ送ります。


先輩達の「少しでも早く情報を届けたい」と言う気持ちがビンビン伝わり録音が終わったらほっとした私。


各区のポッドキャストがありますが私達は「安佐南区」です。


目をつむって聞くと朗読との違いが判ると思います。


是非一度聞いてみて下さいね。iTunes のダウンロードもできます。


こちらにリンクします


 




カキのお話?

2011-02-07 | 未分類

もう数年前に辞めたけれど私達は毎年2月にとある方にカキを持っていくのが恒例だった。


その方がとてもカキが好きだと言われたので毎年かかさず2月に届けた。


少々雪が降ってもその方が待っておられるだろうと勝手に決めていそいそと・・・。


持っていくカキは決まって大野産の新鮮なカキを買っていた。


ある年、勇んで訪問したら留守。


どうしても連絡がつかず、もちかえることにした。


仕方なく持ち帰ったカキを牡蠣飯とカキフライにし残りは牡蠣飯用に味付けして冷凍した。


袋から出したらその大きさに驚き、食べてその味の美味しさに驚いた。


二人で目を見合わせて「カキってこんなに美味しいの?」と二人でぶったまげた。


私は母から「美味しいものや形のいいものは人様に、自分のはのこりもので」と教えられていたので人様に上げるカキはカキウチ場へ買いにいっていた。


社宅にいた頃は草津漁港に社宅のなじみの人がいたのでそこで買付。


一度息子の大学の友人が横浜から来た時も草津漁港で買ったカキを出したら「おばちゃん、こんな美味しいカキ、横浜では食べられませんよ。残りも全部食べたい」と食べつくして帰って行ったことがある。


その時のカキも大きくて市販のカキとは比べ物にならなかった。


とある人に毎年、それも10数年通い続けて美味しいカキを食べて貰っていたんだと思うと「いいことをした」と言う気持ちと「私達はなんて貧乏性なんだろう」と言う気持ちが重なり複雑な思いをした。


その日を境に「残り少ない人生は美味しいカキを腹いっぱいたべよう」と二人で決めて「自分用の」カキをわざわざ大野まで買いに行く。


今年はもう一度くらい美味しいカキを求めて買い出しをしてみようかと思っている。


今度は「酢牡蛎」にしてみようかな。




カキのお話?

2011-02-05 | 未分類

今年やっと美味しい広島の牡蠣を食べた。


いつもは年末に大野まで牡蠣を買いに行くのだが年末の寒さと大雪で買いに行くことができなかった。


立春の声を聞くと途端に春めき始めあわてて買いに走った。


いつもは口に入らないくらい大きいのに今年は粒が少し小さい。


大きいのはカキフライ、小粒は牡蠣飯にして食べた。


昨年のあの暑さで牡蠣が太らないとTVのニュースで聞いたが場所によってやはり育たなかったのかなと思う。


私は生粋の広島人ではないけれど、昔、牡蠣にまつわる面白い出来事があった。


職場の人たちとレクで大阪に行った時のこと、仲間の一人が夕食で牡蠣を食べて食あたりしてしまった。


嘔吐と下痢が激しく私がお姉さん面をして救急病院について行った。


診察の間もトイレに駆け込んでそれは酷い中毒症状だった。


仕方なく私が問診に答えることにした。医師が「牡蠣は広島で食べてきたの?」と言われるので私は即座に「い~え。大阪です。広島の牡蠣はあたらないんです」と言った。


医師はあっけにとられて私の顔を見て「どうして?」と言うので「だから、広島の牡蠣は新鮮なのであたりません」ときっぱり言い放ってしまった。


医師にはゲラゲラと笑われてしまったけれど、むきになって言ってる自分がすっかり「広島人」になっていることが今思い出しても可笑しい。




心がほっ

2011-01-30 | 未分類



 


ここ数日寒い日が続いているが、私は何だかあったかい。


今年に入り昨日で二度目の音楽イベント。


先日は公民館のホームページ更新の日に玄関ホールで「箏とヴィオラのコンサート」があり、早めにお弁当を食べ部屋の移動を済ませてかぶりつきで鑑賞。


箏は娘が長く習っていたのでちょっと身近に感じて好きだがそれ以上に好きなのはヴィオラの音色。


私は中学時代、3年間チエロを弾いていたのでバイオリンやヴィオラ、ベースも含め弦楽器は大好きだ。


中でもビオラやチェロのような温かい音色は心を癒してくれる。


箏とのセッションも何とも言えない優しい音色で心温かくなって帰宅した。


そして昨日は公民館の「まちめぐりコンサート」の一環でヴィオラの沖田孝司さんご夫妻の演奏会。


沖田孝司さんと言えば広島では有名なヴィオラ奏者。


ヴィオラを選んだ経緯を聞いて大笑い。


大学受験で受験者が少ないので受かるために一夜漬けをしたそうだ。


音楽が大好きで子育てが終わったらもう一度チャレンジしてみたいと思っていたがその前に大好きな「宗次郎」さんを真似てオカリナを習おうとヤマハに通った。


宗次郎さんのようには吹けないけれど音を奏でている時はとても気持ちがいい。


やっと「コンドルは飛んでいく」まで吹ける様になったと思ったら手が不自由になり楽器は殆どダメになってしまった。


大好きだった歌も喉の麻痺が酷く音程が外れてしまう。


医師は歌を歌うのはとても好いリハビリになると言われるが今はしんどい方が強くなり半分諦め状態。


その代り音訳ボランティアで文章を読むことで前よりはしゃべりやすくなった。


楽器は殆ど両手がいるので難しいけどゆっくりなら大正琴は弾けた。


出来ないことを悔やむよりは早く他の事にシフトして出来そうなことを目指す。


沖田さんのお話を聞きながら目からうろこ。


これからもできること探しをしながら楽しんでいければいいのだと自分に言い聞かせた。


以前から何度もマイハートコンサートで弦楽四重奏を聞いてきたがくだけたお話やご自身の思い、歩んできた道など聞かせて貰ってとても気持ちがほっこりした。


町内の人たちとの共催と言うことでお年の方もおられたが楽しい解説に笑ったり手を叩いたりして唱歌を歌った。


たまたま昔の同僚ご夫妻ともお会いでき寒くても出かけて正解、いい一日を過ごすことが出来た。


夫はと言うとOB会で思いもかけぬ人たちと再会しいい時間を過ごすことが出来たそうだ。


帰りは雪の解けた道をゆっくりと歩いて帰った。


 




今年の目標

2011-01-16 | 未分類


今年の目標は二つ。


欲張って沢山目標を立てても叶えられないかもしれないけれど「目標」と銘打たないと頑張れない気がして一応立てた。


一つは昨年一度も投稿できなかった「こだま」への投稿を再開すること。


これは意外に早く実現できた。


お正月明け、二人で広島風のお雑煮を作って食べている時突然父の作っていた雑煮が脳裏に浮かび懐かしさを覚えた。


無口で静かな父との思い出は数えるほどしか無くて一番大きな思い出はお雑煮に関することだった。


結婚して以来我が家のお雑煮は封印して広島風のお雑煮ばかり食べて来たので父に申し訳ないといつも思っていた。


ましてお正月も一人っ子の夫の実家に帰るだけで私の実家にはお盆もお正月も父の存命中一度も帰ることが無かった。


今思うと何と親不孝なことをしたと思うけれど母から「うちはお兄ちゃんたちが帰るからあなたは向こうの家に帰ってあげなさい。一人っ子で寂しいでしょうから」と言われ素直に従ってきたが下の子が生まれると入れ替わりに父があっという間に他界。


今思うとそうは言っても私や孫の顔は見たかっただろうにと思い切ない時があるがもう致し方ないことだ。


夫の実家で一度だけ作ったことがあるが夫にも姑さんにも酷評され、以来封印してきた。


自分の実家に比べると広島に来て感じるのは男性が女性にあまり優しくないなあということ。


私は男が雑煮を作ると言う行為だけが優しいと思うのではない。


お餅つきは毎年近所の数件が我が家で一緒につく。


一家族4人で3~4軒がわいわいがやがやと賑やかにつくのでそれは一つの行事になっている。


お供え餅は大人が最初に作りあとは見よう見まねで子供たちが丸め終わると黄な粉餅やしょうゆ餅、大根おろしを入れたり夕方までかかって各家のお餅を協力して作っていた。


どこの家でもお正月は父親がお雑煮を作るので子供たちは密かに情報交換するのだが誰も凄く美味しいと言う子はいなかった。


いつも早起きをして食事の支度をする母親をいたわって子供心に「優しいなあ」と思っていた。


夫の家族には酷評されたが一度ぐらい褒めないと罰が当たるとメールに書くと何十年経っても情景が浮かぶから不思議。


コピーしてワードに貼り付けて文字数をチェック、さてもう少し推敲するかと思ったらあっという間に手が当たって送信。


しまったと思ったが「これで今年の目標一つクリアー」だと思ってブログに書こうと思った。


所が数日後、朝食を食べている夫が「おい、こだまに投稿したか?」と聞いてきて「はっ!」と思い出した。


私は何を書いたかも忘れていたが次々メールや電話がかかり新聞を読んだのは夜寝る前。


やはり、私の書こうと思っていた趣旨とはちょっと違う気がしたがひとまず一つ目標クリアー。


もう一つは「音訳ボランティア」を頑張ると言うこと。


昨年ICTボランティアが新たに加わって以来講習会が目白押しで超忙しい日々を送り音訳ボランティアが疎かになって他人に迷惑をかけてしまった。


それにもう3年になるのに全体の流れや個々の作業が完璧にできない所がありこれも放置出来ない。


公民館hPのリニューアルは一応完成したので時折そちらを休ませて貰って時間を取りたいなと思う。


色んな記事を読むことで視覚障碍者の人たちのためと言うより自分に一番役立っていることに気づき感謝しつつ新しい年のスタートを切った。


今日、くしくも嫁のおばさんに当たる方の投稿記事が「こだま」に掲載され嬉しい驚き。


早速メールしなくては。




断捨離

2011-01-12 | 未分類

昨年の流行語大賞の候補にも上った「断捨離」


沢山の人がやましたひでこさんが出版した本を読んで影響を受けたらしい。


私もネット上で知り、感銘を受け刺激を貰った一人だ。


我が家は普通の家庭に比べると物は少ない方だけど最近やたらと買い込んで来る癖がついて休日になると二人して買い込んで来る。


今の家に引っ越すときも引越し屋さんから「あまりに荷物が少なすぎる」と笑われるくらいだったので普通の家庭より少ないのだと思ったものだ。


でもここ10年で物が増えた。


夫が萩焼兼喫茶併設の所へ3年間出向したおかげで萩焼と仕事着が一時期ぐっと増え未だに彼の洋服が至る所にしまってあり私は仕方なく断捨離を実行するはめに。


娘が婚礼ダンスを戻してきたのをいいことにそこにも夫の衣装がぎっしり。


それでも母の生存中「いらない服を上げたい人がいる」と言ってきたので沢山上げたけど退職まで毎年買い込んだおかげでどんどん増えた。


夫は捨てる気は全くなく普段は安物の家庭着を着て足は冬でもサンダル。


勿論「そごう」もサンダル。これじゃあいつまで経っても荷物は減りそうにない。


夫はともかく私の荷物だけでも減らそうと思っていた所へ「断捨離」


「断捨離」と言う言葉は調べてみるとヨガの教えから来ていて「断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)」の頭文字をとったものだとか。


?今、自分に必要なもの以外はすべて捨て去る?必要なものと不要なものを見分ける力を養い?物への執着心を捨てる・・・人間関係、考え方も。


これを実行すれば何とすっきり生きられ人間関係にも悩まずに楽しく生きられそうではないか。


昨年の春~夏ごろこの言葉を聞いて以来まずは衣替えの服を二袋捨て本はフタバ図書に2~3度買い取ってもらった。


冬物への衣替えでも服や下着類の古いものなど捨てたがその分買ってきたものもあり減ったようには見えない。


萩焼はこれまでも沢山の友人や知人に引き取って貰ったので大分処分できた。


夫ともめるのは「洋画」


田舎の家から持ち出した絵は亡き義父が大事にしてきた大木茂さんと言う広島の画家の油絵。


一枚は玄関に、もう一枚は居間に掛けて眺めたいのだが夫はあまり好きじゃないらしく捨ててもいいようなことを言うのでいつも冷や冷やしている。


私は被爆画家である大木茂さんと言う画家が三滝寺にも石碑が寄贈されているのも知っている。


かの有名な平山郁夫さんと被爆3画家展を見に行った時大木さんの作品があまりに少ないので寄贈しようかと思ったがちょっと欲が出て未だ自分で持っている。


娘は私達が死んだら全部売ってしまうと言っているが売れるかどうかは???


死ぬまでに心の断捨離までしてすっきりとこの世とおさらば出来るかどうかだんだん心細くなってきた。 




ふうぅ~セーフ!!

2011-01-07 | 未分類

朝主人に「朝早く行くと寒い時や暑い時は年寄りは遅くからでないと病院に来られんのか早い時間に行くと病院が空いてるんよ~」とのたもうて早めに病院に行ったら何と座るところが無いくらいいっぱいだった。


1時間くらい待ってちょっとイライラ。


この後は整体の予約があるので早く帰りたい。


やっと順番が来てすいすいと診察も済んでやれやれと思ったら先生が「時間があれば尿検査して帰りなさい」と言われる。


昨年、メタボ検診も行かなかったし会社からの検診も来なくて当分検査をしていないので黙って従った。


さて、済んだからいいのかな~と立っていると看護師さんが手招き。


「折角だから身長、体重」


「え!お正月明けに?(心の声)」


びくびくして体重計に乗ったら・・・まあ、嬉しいことに体重が減っている。


でもお正月明けにパンツがきつくてこりゃ太ったと思ったのに。


待っているとまた呼ばれて先生が「まあまあか」と言いながら「はい、へそを出して」を言う。


どうやらメタボ検診らしい。


はいとおへそを出すとメジャーで測り「はい、いいですよ」


てっきりお腹周りは何か言われると思っていたが何とかセーフ。


帰宅してからのご飯がおいしかったこと。


年末~お正月散歩を兼ねて毎日あちらこちらに出没して歩き回ったのが結構カロリーダウンになったのかこれから太ってくるのか判らないけれど大好物のかずのこ、いくら、卵系を沢山食べたのが気にかかっている。


魚卵はコレストロールが高いからと普段は我慢しているがお正月はつい食べ過ぎてしまう。


私的には「太った」と感じていたので何とかセーフして安心した。




今年最初のボランティア

2011-01-04 | 未分類

今年最初のボランティアは音訳ボランティアでした。


初出勤の夫は遅出なので朝は福祉センターまで車で送ってくれました。


お正月の間暇があれば編集作業をしてチェックした所マタマタ2カ所も大威張りで間違えた個所があり少し凹んでいました。


9時過ぎに行くと、もう部屋の鍵も開いていて座るとすぐに録音を開始、パソコンに取り込んで編集を完了しました。


やっと安心して今度は「こだま」「天風録」それぞれの12月分のテープ作りをはじめました。


所がそのパソコンには二人分しか入っていなくて他のパソコンを探さなければいけません。


探していたら次の仲間がやってきました。今度は続きを二手に分かれて編集し、先月導入した「共有」を利用して二人で3台のパソコンから必要なフォルダを取り込んで黙々と・・・。


「こだま」の編集が終わるころ次の仲間が来てバトンタッチ、彼女はテープ作りに入ります。


私は今でも何だか苦手なテープの作成、今日は頑張って操作を覚えようと思っていたのでチラチラと横目で見つつ天風録の原稿をにらめっこ。


最後の最後までチェックチェック。


彼女は私より遅く入ったけれど操作も段取りもあっという間に覚えて羨ましい。勿論若いうえに頭が良いのは言うまでもなく心強い存在。


雑音が入ったり、30分過ぎるとA面からB面への切り替えの作業をしたりと気が抜けない。


私の作業が終わったので他のメンバーとテープの点検や整備の作業をする。


12時前「こだま」のマザーテープが完成。今度はコピー作業をする。


すると「次誰か天風録のマザーを作って」と声がかかり「私、私」と飛んでいく。


私はどうも切り替えの作業が粛々とできない。だから、今年はどうしても完璧にしたいと年頭に決めた。


そこで切り替え時にかの優秀な彼女を呼んで見てもらうことに。


すると、巻き戻し時間をきっちり一分間にしたら「これじゃあ途中で切れる」ともう一度やり直すことに。


ごちゃごちゃ言っていると「どうした?どうした?」先輩が来て見てくれた。


「私ね、いつもここで自信が無いので今年は完璧にしたいから手伝っちゃダメ」と言うと「うん、わかった。ここをね・・・。ありゃりゃ私がしちゃった」と大笑い。


我が家には随分前からテープレコーダーなるものはないので使い方を半分忘れている。


あと数回は見て貰わないと「完璧」は出来ないかもしれないが今日の所は満足。何とかいけそうだ。 


終わって自宅に帰ると5時。 


今日は婿殿が休みで孫育てもお休み。


明日も音訳ボランティアがあり、今度は全員で作成してコピーし発送する。


明日は我々の担当はテープのコピー発送作業のみだが人数が少なければ他の作業も手伝う。


疲れたけれど何とか2011年スタートできたようです。




謹賀新年

2011-01-01 | 未分類


あけましておめでとうございます。


朝8時前、広島は初日の出を迎えました。


お雑煮、おせちとお神酒を一献。


新たな気持ちでスタートしました。


今年度も「ハチャメチャブログ」多岐にわたり発信したいと思いますのでよろしくお願いいたします。



元日の朝配布の「市民と市政・安佐南区版」に私が参加しているボランティアの記事が掲載されました。


こうして紹介していただくと嬉しいものです。


今年も自分らしさを大事にしつつ歩きはじめたいと思います。