今年のテーマと大上段にいう事でもないのですが暇なので何か一つ目的を持ってみようと思い興味のあることを振り返って見ました。
今思っているのは「キリシタン迫害」の歴史について色んな雑誌が特集してるので読み漁ってみました。
キリシタン迫害は全国に及んでいるので津和野だけでは無いのですが高校生時代から心に留めていたことなので出来るだけ資料を読んでみようと思いついたのですが明治政府になってから迫害は厳しかったという事が判り、日本人でも宗教弾圧で沢山の人を殺したり棄教させていることに腹が立ちます。今や世界中でISに対する憎しみはありますが日本民族の宗教観はどうだったのかと考えてみました。それよりも、明治維新は何ぞやという事も考えないといけないんだなと思います。決して新しい夜明けでは無いむしろ差別や迫害の始まりだったのではないのかと思います。私の故郷「津和野」という町は長崎からのキリシタンを受け入れて迫害しほとんどが棄教したり拷問で亡くなったりした歴史があります。
私は高校時代町はずれの谷間にある教会に友人たちと行くのが日課でそこにはドイツ人の司祭が教会を守っておられ私たちが行くと必ずどこからともなく現れて「コンニチワイイコ」と言って迫害の歴史を話して下さっていました。名前こそ奇麗な「乙女峠」と言う場所でしたが私たちはいつも教会の中でお祈りをして帰りました。今でもカタコトの「サヨナライイコ」と言う声が聞こえてきそうなくらい耳にしっかりとこびりついて忘れられない経験でした。冬は結構寒いので迫害を受けた信者には厳しいものだったと思います。
数年前夫を案内していった時大型のバスが2台止まっていて日本人も外国の人も一緒にミーティングしていて終わってから若い金髪の女性に聞きました。
彼らは世界中から集まったキリスト教の信者で毎年津和野や他の迫害地に巡礼の旅をするんだそうです。
特に津和野はその迫害が酷かったので有名なんだそうです。私はそのことを知っていたのでとてもショックでした。
先日夫と映画を見に行きました。「沈黙」は遠藤周作原作で私世代は読んでいる人が多いと思います。遠藤周作さんはクリスチャンなので宗教に関する本を沢山書いています。沈黙を読んで迫害の歴史に触れ少しイヤーな気分になったことはありますが私の宗教はどうかと言われると普通に「仏教」としか言えないので数十年前に日本人が迫害されながら生きてきた歴史は心が切なくなります。何であれのほほんと生きてきた私と比べると波乱万丈の人生を送った方と比較するのが変ですが宗教は何であれ幸せな人生を送るために必要ではないのかと思う私にはロドリゴやキチジローのような生き方には近寄らないかもしれないなと言うのが本心です。今世界中でISがユダヤ教を恐怖の宗教のように祭り上げていますが本来はとても穏やかな宗教だと聞いたことがあります。仏教も幼い頃から聞かされて育ちましたが今や葬式仏教だと陰口を言われるくらい心のよりどころでも何でもなくこれでいいのかな?なんて思っています。まだもう暫く色んな本を読み漁って勉強しようと思います。