東北本線,東海道本線沿線 全線全駅歩き旅のブログ

旧東北本線と田沢湖線,花輪線,釜石線,八戸線,山田線、北上線、東海道本線、奈良線、大船渡線沿線歩き旅の記録。

東海道本線全線全駅歩き旅 59

2019年06月13日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
2019年4月 東海道本線に沿って歩く旅

10日目・2019年(平成31年)4月6日(土曜日) 金谷駅 ―> 菊川駅 9.3Km


朝4時30分に起きてシャワーをして着替えをする。

ニュースでは昨日は強風のため飛行機の欠航が出たとのこと、今日も冷たい風が吹くそうだ。



ホテルをチェックアウトして島田駅へと向かう。



島田駅にはこんな表示があった。



ここは浜岡原発から20キロほどしかないのだ。

以前、百田尚樹氏の本を読んだのだがこの方は原発推進派だったので失望したものだ。



“脱原発は国家百年の計を誤る”とも書いているし、福島原発の事故で死者は出ていないとか、広島は原爆の被害にあったがみな長生きしているなどと書いてあって、とても賛成しかねる意見の持ち主だった。
あのとき福島原発の1号機から4号機までメルトダウンしていたら(その可能性は十分あったはず)日本の半分は壊滅していただろうと思う。
現にアメリカ政府は自国民に日本からの避難を呼び掛けたほどだ。
原発は他の発電施設と違い万一事故が起きれば取り返しのつかない被害を及ぼすのだ。
チェルノブイリと日本の原発は違うのだから日本のは絶対安全だと誰が言えるのだろうか。
ヨーロッパでは太陽光発電などへの移行が急ピッチで進んでいるという。

【参照ページ】
https://www.reddit.com/r/europe/comments/btxb63/power_generation_by_source_in_eu_countries/

技術大国の日本も再生可能エネルギーへの転換を進めるべきだ。
と、ちょっと深刻に考えてしまった。


歩き旅を続けよう。

朝日がさす中を金谷駅を後に歩き出す。



473号線を行くのだがいきなり急な坂になる。





東海道本線はこの下のトンネルを通っているが道路は山を越えるのだ。



その急な坂を自転車でツーリングする人もいた、タフな人だなあ。



東海道の石畳の道の案内があった。歩いてみたい気もするが足に負担がかかりそうな気がしたのでパス。



丘の上から大井川と島田市を望む。





寒いけれど雲ひとつない快晴で気持ちがよい。





まわりはどちらを向いても見渡す限り茶畑である。



しばらく歩くと「ふじのくに茶の都ミュージアム」の案内が見えた。



寄ってみたかったが開館している時間ではない。

バス停も「お茶の郷」、、まわりを見て納得する。





コンビニ前のベンチで朝食にする。





パンをかじりながらふと指を見ると、、、、指紋が消えている。



スマホの指紋認証が働かなくなったのでスマホが故障したのかと思っていたが、指紋が消えてしまうとは、、、、

歩きながら道端の茶畑からお茶の葉っぱを一枚もいでみた。





お茶の匂いがするのかな? 葉っぱそのものは匂わなかった。





菊川市に入っていく。



農林大学の茶業分校の前を通る。





日本茶はいまや世界ブランドだからなあ。後継者の育成にも力をいれてるんだろうな。









東海道本線沿いを目指して県道78号線の坂を下っていくと菊川茶の看板の向こうにキラキラ回転するものが見えた。





近づいてみると風力発電の風車だった。そしてその近くには太陽光発電の設備もあった。



こういう自然エネルギーだけで生活できる日はくるのだろうか。



「お茶は飲む野菜です」の看板を見て、そうだったのか! お茶があれば野菜を食べずに済むのか!と早合点してしまう。





さすが菊川市はマンホールの蓋にも茶摘みの姿。









菊川駅前には「深蒸し茶発祥の地」の碑も立っているのだ。



そしてやはりここにもステンレス製の芸術作品があった。







ステンレスのみかんの像、、、と思ったら「次世代へ」というタイトルの作品だった。
みたまんまで「銀色のミカン」としたほうが楽しめそうだがなあ。







地味な印象の菊川駅の写真を撮って先へと進む。


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東海道本線全線全駅歩き旅 【番外編】

2019年06月12日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
大井川鉄道に乗る旅  2019年(H31)4月5日(金曜日)

今日は東海道本線に沿って歩き始めてから9日目で初めての休養日だ。


この歩き旅を計画していて必ず観光するぞ!と決めていたのが横浜の鉄道模型博物館、大井川鉄道そして京都の鉄道博物館だ。

今日はその大井川鉄道に乗る予定である。

蒸気機関車の保存鉄道はイギリスに多いそうだが、アメリカにも観光用に蒸気機関車が活躍しているところがある。
テレビで見たのではコロラド州のデュランゴとシルバートン間の鉄道がよかった。
大井川鉄道もテレビで何度も取り上げられている。
最近では「きかんしゃトーマス」の運行で人気である。
観光客を増やそうとSLを走らせる企画は「SLばんえつ号」もあるし、わたしの住む岩手県には「SL銀河」がある。
だが蒸気機関車に興味のない人にとってはどれも似たようなものにしか見えないだろう。

その意味で“きかんしゃトーマス”を実物の蒸気機関車で再現しようと企画した人はスゴイと思う。
子供は喜ぶし、親も楽しめる。
鉄道会社にとっては大きな収入になるわけだ。


朝食のパンをかじりながらテレビの天気予報を見る。



天候は晴れだが花粉が非常に多いという予報だ。
さいわい今のところは花粉症の症状は出ていないがマスクと花粉症薬は常に持ち歩いている。



島田駅から隣の金谷駅へ行く。





金谷駅のホーム脇でも桜が満開だった。
駅のとなりにある観光案内所でパンフレットをもらう。



「テレビで見てぜひ乗ってみたいと岩手から来たんですよ」と言うと
「ええ、今日もテレビ局の人が取材に来ましたよ」とのこと。
この時期なら桜とSLの組み合わせで番組を作るのかもしれない。

大井川鉄道の金谷駅を見て岩手県の三陸鉄道の久慈駅を思い出してしまった。





どちらも小さな駅で、ちょっとごちゃごちゃ感のある駅なのだ。



きっぷは“大井川鉄道フリーきっぷ”を購入する。



3440円と安くはないのだが往復運賃よりは安い。
足が痛まなければ途中一部の区間だけでも歩きながら写真を撮りたかったのだけど、今日は足を休ませるために鉄道に乗るだけにする。





この駅名標のサビ具合がじつによい風合いである。



電車も博物館から借りてきたかのような味のある車両だ。



後日調べてみると南海電鉄の21000系というものだった。
ヘンに色を塗り替えたり自社のロゴやイラストを入れたりしていないところがよい。
車体に「ふるさと電車」とか「がんばろー○○」というような文字を大きく書き入れたくなるのをぐっとガマンしているんだなあ。
実際のところは元のものをそのまま残すというのはかなり大変なことだと思う。
部品のスペアも残っていないだろうし、モーターの出力も落ちてきているはずだ。
こういうプレートを残してくれているというのはファンとして好感が持てるなあ。



わたしはタイを旅行した時にイースタン・オリエント・エクスプレスを見たことがある。







駅に停まっているところを見ただけだが、プレートがかっこよかった。

さすが世界でも有数の豪華列車だけあって最後部の展望客車もこの豪華さ。



でも一度でよいから乗ってみたいのはこの列車ではなくロシアを横断するシベリア鉄道だけど。


運転台、座席も古いのをそのまま使っているようだ。





つぎを当ててある座席もあって保存するのは大変だろうなと思わせてくれる。

平日だから乗客は少ないが台湾からと思われる若いカップルの姿があった。
日本の鉄道マニアの間では台湾の鉄道に乗りに行くのが流行っているけど、台湾のマニアは日本にくるんだろうな。

車窓から見えるのは茶畑だった。





これは岩手県では見ることのできない風景だ。


列車は大井川に沿って進んでいく。





川幅の広いことに驚いているとつり橋が見えてきた。





観光用のつり橋だろう、早朝だからか人の姿はなかった。
ダム湖の水の色がまるで誰かが塗料を入れてしまったかのような美しいエメラルド色だ。



千頭駅で井川線に乗り換える。



これもなんどもテレビで見たのだが乗ってみると本当に小さな車両だった。
なるほど確かにこれはトロッコだな。







ダム建設のために作られた路線とのことで作業員や資材を運ぶためだから小型なんだな。





乗車しているのは観光客だけなので車掌さんは観光案内もしてくれる。





奥泉駅で下車する。





この駅からバスで千頭駅へ戻ってSLを撮影しようと考えたのだ。

駅前のバス停前には銅像があった。



人家の少ないところにある小さな駅なのになんの銅像だろう。
ここで縄文時代の遺跡が発掘されたので縄文人の家族像なのだ。





脇にあるトイレも縄文時代風の建物にしてある。

あれ、、予定の時間になってもバスが来ない。
なんとわたしが乗ろうとしているバスは「季節運行」だったのだ。



平日の今日は運行されないのだった。
いつものことながら事前にしっかりと調べておかないからこんなことになってしまう。

まあ、こんな失敗もひとり旅ならではの楽しみと考えよう。

奥泉駅に戻り、井川行の列車で接岨温泉郷駅まで行くことにする。





きっぷは車内で車掌さんから買う。
こういうきっぷも大切な記念の品である。



アプトいちしろ駅ではアプト式機関車の連結がある。





乗客はいっせいにホームへ出て連結作業の見学だ。







もちろんわたしもカメラを抱えて走り出す。
連結作業が終わり発車の案内があると全員大急ぎで車内へと戻る。



乗客もかなり忙しいのである。
なにしろこれを見るためにこの列車に乗っているわけだからね。



アプト区間はやはり勾配がすごかった。
自動車ならなんなく登れる坂だが列車だとアプト式にしないと登れないのがわかる。





長島ダム駅では機関車の切り離し作業がるのでまた乗客は降りて見に行く。



ぐんぐんと山の中へ進んでいくと奥大井湖上駅が見えてきた。
この駅もテレビや雑誌でなんども取り上げられている。
観光のための駅だから「奥大井恋錠駅」という無理やりな名前も付けて、恋人同士で来てくださいね!とアピールしているのだ。
人気の駅だけあってかなりの数のカップルがこの駅で降りて行った。
ひとり旅のじいさんには縁もゆかりもない駅である。

接岨温泉郷駅でいったん下車して千頭駅方面の列車を待つ。

まわりにはなーんにも無い。
駅から坂を下っていくと接岨温泉郷だから時間と予算があれば温泉宿に泊まってゆったりと、、というところだが時間はあってもあいにく金がないのだった。





帰りの奥大井湖上駅のベンチに忘れ物らしきバッグがあった。



車掌さんが見つけて「このバッグの持ち主はいますか?」と声をかけて回っている。
うーん、じつによく見ているし気配りがすばらしい。
観光列車はこうでなくちゃと感心する。
帰りもアプト式機関車の連結作業を撮影していると、周りから外国語の会話も聞こえてくる。



やはりここは人気の観光地なんだなあ。
アプトのラックレールの部分を撮影する。





なるほど噛み合わせの部分は最初は歯の山の高さを小さくしてじょじょに噛み合うようにしているのか。


千頭駅にはSLが停まっていた。



パンフレットを見ると大井川鉄道保有の蒸気機関車はこのC56型のほかにC11型が2台とC10型の8号機があるのだ。
お! このC10型8号機はたしか見たことがあるぞ。
1988年のことだが岩手県の宮古市でごく短い区間を観光列車として運行していたのだ。
わたしの地元なので写真を撮りに行ったものだ。





上の2枚は宮古港を走るC10型8号機だ。

右側に見えるのは海側の堤防で、2011年の東日本大震災の時に津波がこの堤防を越えてくる映像はテレビで放送され衝撃を受けたものだ。いまでもYouTubeで見ることができる。
そのSLがこの大井川鉄道で活躍しているのだった。

運転士の方が観光客の質問に答えてくれたり運転室に入って撮影できたりもするのもSL好きにはたまらないところである。





ホームにいた案内の方がシャッターを押してくれたりもするので一人旅でも楽しめる。



そして連結されている客車が昔の車両そのままというのがよい。
わたしの乗るのはいつもこの三等車だったなあ。





当然だが当時は自動ドアはなくて重いドアをガラガラと開けたものだった。
写真を撮ってあとから気づいたのだが蒸気機関車の運転席の窓にワイパーは無かったんだな。
なぜワイパーを付けなかったんだろうか?

写真撮影に夢中になっていて食事をするのを忘れていた。
駅中で山菜そばを大急ぎで食べる。



駅前もぐるっと見て回る。
なんとこの駅でもステンレスの柱に時計という組み合わせ、東海地方の人はこれでないと気が済まないのだろうか。



別の柱にもステンレス、うーんこだわっているんだなあ。



もういちど駅にもどると電気機関車が入線していた。
E10型でわたしはこの機関車の模型を作ったことがある。







模型雑誌に型紙が載っていたのでボール紙を切って作ったものだった。
いまなら3Dプリンターで作ってしまうんだろうな。

SLは引き込み線へと移動していた。





ターンテーブルは人気の撮影ポイントだからちゃんと記念撮影用にこんなものがあるのだ。



駅に隣接するSL資料館にも入ってみる。



むかしの駅窓口も再現されている。窓の右側部分に見えているのがタブレットだ、ウィキペディアによるとJRでは2012年まで使っていた区間があるとのことだ。



新金谷駅でも下車してみる。
駅前にあるポストが黒く塗られているので説明を読んでみると、蒸気機関車と同じ塗装をしているのだそうでSLへのこだわりがここにも出ているのだった。



平日だが団体客は多かった。東京からも近いし富士山や箱根などとのセットで訪れる人が多いのだろう。





早朝から一日中乗車していたけれど天候にも恵まれて楽しめた。

今日もコンビニのおにぎりとカップ麺の夕食だ。
これはイカンなあ、ちゃんと食べなきゃとは思うのだが・・。




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東海道本線全線全駅歩き旅 58

2019年06月11日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
2019年4月 東海道本線に沿って歩く旅

8日目・2019年(平成31年)4月4日(木曜日) 島田駅 ―> 金谷駅 5.1Km

島田駅前には「おび通り」というのがあった。



駅近くの遊歩道のことらしい。

昼食の時間だ。
金谷駅を目指して歩いていくと大勝軒というラーメン店があったので入る。





大きなチャーシューがいかにも美味そう。



旅に出る前は「その土地の名物料理を食べてみたいものだ」などと考えていたのだが、主に予算の都合と足の痛みで夕食に出歩くのがつらかったのでコンビニ弁当で済ますことが多かった。
宿泊費と食費を抑えながらの貧乏くさい旅のスタイルだな。



今日も快晴だが猛烈に強い風が吹いている。





瞬間最大で風速10mくらいはあるだろう。

しばらく歩くと大井川だ。
橋のたもとにはでっかい石碑がある。





さすが日本有数の川だけある、堤防に立ってみても向こう岸が見えないのだ。



この橋の長さは1026mもあるとのこと。



「越すに越されぬ大井川」と言われるだけあるなあ。
歩行者用の橋が脇に架けられているが以前は無かったはずだ。
交通量が多いこの橋で歩行者や自転車は怖かっただろうと思う。

強い横風に飛ばされそうになりながら橋を渡っていくと向こうから若い白人が歩いてきた。
東海道を歩いているバックパッカーだろう。
すれ違うときに「この川は大井川ですか」と聞かれたので「そうですよ」とだけ答える。
じっと立っていられないほどの風があるので「どこの国の人か」とか聞くこともできなかった。

下を見ると水が少ない、この程度ならだれでも歩いて渡れるだろうが雨が降ったら幅1Kmの流れになるはずだ。



橋を渡り切り振り返ってみる。







橋たもとの交差点の向かいには大きな人形が立っていた。



茶摘み娘のキャラクターなのだろう「茶子」と名前が書いてある。

通りがかった車にはお坊さんが茶を持った絵が描かれていた。これがほんとの茶坊主だな。



大井川鉄道の踏切にある注意書き。





大井川鉄道はカメラマンに人気だが“きかんしゃトーマス”が走るようになって親子連れも多い。
鉄道写真を撮るために線路内に入ったり、他人の庭に入り込んだりする人が多いのだろうな。





金谷駅目指して坂道を登っていく。







坂の途中にあった金谷宿の本陣跡。





大井川は水量が多いときは川止めになるから両岸には数多くの宿屋があったそうだ。



金谷駅に到着。



まずは駅前のモニュメントを撮影する。



ステンレス製の柱と鐘の組み合わせ以外のものは造らないぞという強い意志の元、ここでも同じ形のものが立っている。

ほかには無いのかと見回すと、、、
椅子の座面に絵が描いてある。



童謡の絵だった。



この金谷駅は大井川鉄道の始発駅でもあるので子供と来る人が多いのだろう。
子供たちが飽きたりしないようにという工夫だろうと想像する。



今日の歩き旅はこの駅までにして、明日は大井川鉄道を楽しむ予定である。
そのために島田駅前のホテルを予約しておいたのだ。
大井川鉄道金谷駅の駅舎を見に行く。
明日の楽しみのため中はちらっと見るだけにする。









金谷駅から島田駅へと戻る。









待っている間にも列車が来るとカメラを向けてしまう。
風は強かったものの今日も一日中雲ひとつない快晴だった。


疲れもあって甘いものが食べたくなり駅前のコンビニでアイスを買ってしまう。





まだ外は明るいがホテルへチェックインして休む。
部屋からはビルしか見えない。





このホテルも昔のビジネスホテルだから部屋もユニット式バスルームもかなり狭い。



仕事で来る人は作業机が必要だ。



テレビもほしい、冷蔵庫がないと不便だという要望に答えた結果、無理のあるレイアウトになっている部屋だった。
特に困ったのが冷蔵庫の位置でベッドとの間は10センチほどしかない、通るたびに冷蔵庫に足をぶつけてしまうのだ。



テレビを壁掛けにするとかなにか工夫してもらいたいな。

足を見るとまだ治ってはいないが出血もしていないので安心する。



夕食は今日もカップ麺とおにぎりだがデザートに産直の甘夏オレンジというデラックスさ(トホホ・・)。



明日は大井川鉄道に一日中乗っているだけなので歩かずに済む、傷の回復も進むだろう。


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東海道本線全線全駅歩き旅 57

2019年06月10日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
2019年4月 東海道本線に沿って歩く旅

8日目・2019年(平成31年)4月4日(木曜日) 六合駅 ―> 島田駅 2.9Km

六合駅では特段見る物もないので駅舎の写真だけ撮影する。

駅から少し行くと八幡宮があったのだが鳥居のしめ縄が太かった。



これはかなり重いのではと余計な心配をしてしまう。

途中にウエルシアの店があったので絆創膏を買っておく。



傷はあいかわらず痛むのだがいつの間にか、かかとの痛みはほぼ消えていた。
いったいなぜかかとが痛かったんだろうか不思議だ。

ここの距離標識も国道を表す部分にシールを貼って隠している、国道から格下げされたのかな?



お茶詰め放題の看板があった。



さすが静岡はお茶の産地なのだなと感心したのだが、いったい何に詰めるのか値段はいくらなのかは書いていない。
まあ、地元の人しか買いに来ないだろうしね。

こちらのお茶の店は「一言商店」という名だ。



「お客さん、そのお茶はねぇ飲みかたが、、、」と、ひとことアドバイスしてくれそうな気がする。



島田駅方面へと進んでいくとここにも甘夏ミカンの無人販売があった。







一袋購入する。
自宅の庭でもミカンが採れるなんてうらやましいなあ。
ひとけのないアーケード街を駅方面へと歩いていくと、、
ビデオレンタル店の跡があった。





いまではインターネット配信になってしまいビデオテープどころかDVD、ブルーレイさえも下火である。
ハリウッドという店名が郷愁を誘う。
メディアの変遷はすさまじいものがある。
わたしが子供ころ親戚の家に手回し式の蓄音機があった。レコード針は竹で作られていた。
中学生の時はまだSPレコードがあってレコード針は鉄製だった、テープレコーダーが中学校にあったがテープは紙製だった。
NHK第一と教育放送(第二)の2チャンネルを使ってのステレオ放送があったものだ。聞くにはラジオが2台必要だったなあ。
それが今では電話、カメラ、ネット接続までスマホで済ませられる時代にまでなってしまった。
いまの子供はダイアル式電話も知らず、カセットテープさえも知らないのだそうだ。

先へと進む。





富士山からの湧水なのだろうか「甘露の井戸水」とある。



飲みたかったが先客がいたのでパスして先へ進む。
盛岡市内にも昔は数か所の湧水があって自由に飲めたものだが、今では枯れたり汚れたりで閉鎖されてしまったのは残念なことだ。
島田駅が近いのだが思いのほか人通りがない。



島田市のマンホールには「帯祭」と書いてあった。







ホームページによると3年に1度の祭りで刀に帯をかけて練り歩くのだそうだ。



大井川の渡しの絵を描いたものもある。



島田駅前は再開発整備されたのだろう、広く開放感がある。





ここでもステンレスの柱に時計が乗っている。



銅像は栄西禅師という僧のもの。



中国から茶種を持ち帰り栽培を進めたのだそうだ。
なるほどそれで静岡がお茶の産地になったのか。







島田市は“地球上でもっとも緑茶を愛する街”だとは知らなかったなあ。



なんといってもお茶栽培の地元だからね。


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東海道本線全線全駅歩き旅 56

2019年06月09日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
2019年4月 東海道本線に沿って歩く旅

8日目・2019年(平成31年)4月4日(木曜日) 藤枝駅 ―> 六合駅 4.6Km

藤枝駅を後に県道222号線を南下していく。





旧東海道追分の碑があった。





さらに進むと杉玉を下げている店があった。







ここでは喜久酔というお酒を造っているそうだ。





上青島の一里塚跡付近には東海道の松並木が残されていた。





なかには思い切り傾いた松がある。支えなしで頑張る根性のある松だ。



今日も風が強い、わたしの行くところは常に向かい風だ。



島田市へと入る。



道路わきにこんなものがあった。





朝鮮通信使が通った記念というものだった。
もしかしてソウルから東京まで歩いたのだろうか?

県道381号線の標識にはシールを貼ってある部分があった。



たぶん旧国道1号線の部分を隠したのではないだろうか。



六号駅に到着。








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東海道本線全線全駅歩き旅 55

2019年06月08日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
2019年4月 東海道本線に沿って歩く旅

8日目・2019年(平成31年)4月4日(木曜日) 西焼津駅 ―> 藤枝駅 3.3Km

駅近くの川でも桜が満開だ。



川に黄色いボールが落ちていたのが印象的だった。


土地の名前は読めないのが多いけど「小土」と書いて「こひじ」と読むのだ。





「築地」と書いて「ついじ」だ。
IMEで「ついじ」と入力すると一発で変換してくれるところを見ると「ついじ」という読みは一般的なのだろう、知らなかったなあ。

トヨタ販売店の前を通りかかると、、



ドラゴンが店頭で客を待っていた。



子供と一緒の家族が喜ぶようにということなのだろう。

藤枝市へと入っていく。





電柱にも歩道にも藤がデザインされている。



欲張って藤と富士を一緒にしているのもある。





「ふじ」というのは不死にもつながるので縁起が良い言葉なのだ。

この町もサッカーが盛んらしい。



藤枝駅に到着。駅前のガードポールにまで藤のデザインを入れている。





そして時計の上にはサッカーボールが乗っかっているのだ。





駅の自由通路はパープルロードというほど藤にこだわっているのである。







自由通路には蹴球都市の文字と、、、ちょっとしつこい。





駅の南口に行くとステンレス製の大きなモニュメントがあった。





サッカーボールを表しているのだ。 うーむっ!しつこいぞ!(笑)
やはりJR東海ではモニュメントをステンレスで造ることになっているようだ。

それだけでは足りないらしく“ねじりんぼう”も立ててある。




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東海道本線全線全駅歩き旅 54

2019年06月07日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
2019年4月 東海道本線に沿って歩く旅

8日目・2019年(平成31年)4月4日(木曜日) 焼津駅 ―> 西焼津駅 3.3Km

歩き始めてから8日も経ってしまったがまだ静岡県から出ていない。
熱海市から湖西市まで直線で150Kmもあるのだ。思いのほか静岡県は広かった。

ホテルをチェックアウトして静岡駅へと向かう。



今日も快晴だが寒さは続いているのでシャツを重ね着してさらにパーカーも着ている。





7時19分の島田行きで今日のスタート駅の焼津駅へと向かう。









焼津も当然ながら快晴だ。





ここまで雨に降られなかったのはわたしの心掛けがよかったのである(嘘)

駅から歩いていくと初めて見る交通標識があった。



おばあさんが子供にお小遣いをあげている場面だ(大嘘)
お年寄りに親切にしよう、横断歩道では手をつないであげようというものと思う。

駅近くの公園のベンチに腰掛けて朝食。





コッペパンと水だけだがわたしは朝食を抜かすことはないのだ。



雲ひとつない空というのは今日のような天気のことだな。





東海道本線に近い道を歩いていく。





踏切があると列車が来るのを待ってシャッターを押す。





途中の川の土手には桜並木、ベンチがあれば座って眺めたくなる風景だった。







西焼津駅の近くにはこんな建物があった。





あれ? もしかして英国の教会を移設したのかなと思ったが、結婚式会場だった。



近年はこのようなところで豪華な式を挙げるのがトレンドらしい。
結婚式は女性にとっては一生一度の晴れの場だからなあ。
成人式の着物姿は大勢の中のひとりでしかないけど、結婚披露宴は自分だけにスポットライトが当たる。
お金に余裕があるなら豪華な式にすることで世間も潤うことだし、、、



そこから数分で西焼津駅に到着。



駅前にはステンレスの柱に時計というシンプルなモニュメント、いやこれは単なる時計だろうな。






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東海道本線全線全駅歩き旅 53

2019年06月06日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
2019年4月 東海道本線に沿って歩く旅

7日目・2019年(平成31年)4月3日(水曜日) 用宗駅 ―> 焼津駅 7.1Km

駅前に「KOマート」という名のスーパーマーケットがあったので入ってみる。



ちいさめの町のスーパーという雰囲気がよい。
店員さんとお客が楽しそうに会話しているというのは大型のスーパーでは見かけないからなあ。







左に海を見ながら進んでいくと「大崩海岸」という恐ろしげな名前の場所があった。





日は暮れかかってきて海からは強く冷たい風が吹いている。





この断崖絶壁はときどき崖崩れを起こすのでこの名前になったのだそうだ。





崖の下には廃道があるのだが見るからに危なそうな道である。



いまは海の上に橋が架けられているのだが残念なことにこの橋には歩道がないのだ。



交通量はあまりないけれど薄暗くなってきているので足を速めて橋を渡る。



橋を渡り切ってから振り返ってみると、、すごい崖である。

トンネルにしなかったのはなぜだろう? 東海道本線はこの山をトンネルで通っているのだが。
橋を渡りきると急な上り坂になる。





この狭い道には歩道が無いので車が来たら壁に張り付くようにして避けなければならなかった。
坂の途中から見る風景は素晴らしいものだった、遠くに富士山も望める。



峠を超えると焼津市だ。



峠道の木々に囲まれたところは昼でも薄暗い。



昔この道を通った人たちはさぞかし怖かったろう。

なんとこの急な坂道を自転車で上ってくる人がいた。



中年の外国人だった。



なぜこんな道を自転車で? いやー、仕事からの帰りなんですよ、毎日この坂を往復してますよ、、なんてことはないと思うが。
道端に農家の軽トラックが停まっていた。



そこからはミカンを収穫するためだろうモノレールの線路がまっすぐ上方へ延びていた。



それにしてもほとんど崖と言ってよいところに畑を作るとはすごい人たちだ。


トンネルを2つ抜けていくとそこは焼津の町だ。







きょうは風は冷たかったけれど快晴だったのはよかったなあ。
夕暮れの町を焼津駅目指して歩く。



日本有数の漁港だけあってマンホールの蓋にもカツオが跳ねる。





左に焼津漁港が見えた、そして焼津駅の案内プレートも。









焼津駅前には市ゆかりの小泉八雲の碑があった。





時刻は午後6時ちょうどだ、今日はこの駅まで。





駅前に焼津市黒潮温泉と書いたプレートがあってカジキマグロの銅像が踊っている。



いまは湯がないけれどここは足湯となっているのだそうだ。

ほかになにかないかと探すと、、この駅にもよくわからない構造物があった。





工事現場の鉄筋をたくさん集めてみましたという感のある作品だった。
これでは日除けにもならないよね。

JRで静岡駅まで戻る。



今夜も同じくオレンジホテルに泊まるのだ。
夕暮れの静岡駅前は都会らしい華やかさがある。





駅前では赤ちょうちんが客を待っているのだがわたしは酒を飲まないので素通りする。



費用を節約したいので今夜もセブンイレブンで買ったカップ麺での夕食だ。





ああ!今夜もこれか(涙)
昼食をハンバーグ定食にしたんだから・・と自分に言い聞かせながらカップ麺をすする。
シャツ、ソックスを洗ってエアコンを最大にして乾かす。




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東海道本線全線全駅歩き旅 52

2019年06月05日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
2019年4月 東海道本線に沿って歩く旅

7日目・2019年(平成31年)4月3日(水曜日) 安倍川駅 ―> 用宗駅 2.1Km

安倍川駅からは線路沿いに道があるので進んでいく。





電車が来ると反射的にカメラを向けてしまう。





農家のビニールハウスには花が見ごろの梅の木があった。





用宗駅が近くなったあたりには「城山烈士供養塔」というのがある。





戦国時代に持舟城で戦い、城と運命を共にした数百人の武士を弔うためのものだそうだ。
駿河の土地は古来争いが絶えなかったからなあ。

用宗駅に到着だ。







ここは静岡市のベッドタウンなのだろうな、この時間の駅前はしーんと静かであった。
この駅は無人駅かと思ったがJR東海のホームページでみると時間帯で窓口を開けるのだそうだ。


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東海道本線全線全駅歩き旅 51

2019年06月04日 | 東海道本線 熱海駅~浜松駅
2019年4月 東海道本線に沿って歩く旅

7日目・2019年(平成31年)4月3日(水曜日) 静岡駅 ―> 安倍川駅 4.3Km

駅の近くに飲み屋街が連なるのはどこでも同じだ。



最近目立つようになったのはタイ料理とインドカレーのお店、ここでもあちこちにあるのだった。



「カプチーノビル」という名のビルがあった。



オーナーがカプチーノ好きなんだろうか。コーヒーショップではなさそうだし。



なかなか良い形のビルがあった、ビルにはダイビングスクールと書いてあったから中にプールがあるのだろう。





そこから国道1号線を歩いていくと駿河大橋だ。





下を流れるのは安倍川のはずだが、、、広い河原があるだけで水が流れていなかった。





橋を渡り切る手前で下を見るとまるで小川の流れのような川があった。



この川が大雨の時は大きな流れになってしまうんだろうな。

東海道本線は国道から離れたほうへと進むのでわたしも住宅地の路地を歩いていく。



ここにも無人販売があったのだが「スルガエレガント」、「フクハラ」という品種のミカンが売られている。なんとミカンの品種の多いことだろう。





ほかに「田舎こんにゃく」や「干ししいたけ」とか「玉ねぎ」もあって夕食の材料はここで間に合いそうな品揃えだった。



安倍川駅が見えてきた。





この駅も真新しいがどうも特徴がないような、、、駅に文句を言ってもしようがないけど。






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