週五日記

ボチボチがんばります

イギリスの教育

2014-05-13 04:22:21 | Weblog

岡田さんのYOUTUBEでの

「教育エンタメトーク」?をみた。

かなり、ためになり、「イギリス 教育」でアマゾンで

検索して、刈谷先生の本を購入。

 

岡田さんいわく、

ヨーロッパの19世紀ごろの教育は、家業をつぐ

ために、『家内』で行われていた、と。

しかし、家業をつぐ人が減ってきたので(産業革命の影響か?)

家内で教育を行われていたのが、「外部化」されて、公教育がうまれた、と。

(しかし、外部化には相当反発もあったらしい)

 

日本も、ヨーロッパの影響があったのだろうが、教育が外部化されると、

家の中での「しつけ」までも、外に押し付けるようになってしまっている、と。

すると、教育する以前に、「椅子に座って、黙って聞いてもらうことすら、困難」

になって、「教育」できない状態になってしまう。

 

いきなり飛ぶが、現状、「本当に、心の底から、座学で勉強したい人って、

何人いるのだろうか?」

「本当に、心の底から、高等教育を受けたいと本人も思っていたのだろうか?

そして、周りも、高等教育を受けさせたいと思っているのだろうか?」

 

自分自身を振り返っても、「みんなが行くから」ぐらいしか動機がなかったし、

高校時代・大学時代に出会ったヒトの大半も、そのような感じだった。

 

結論:ミスマッチは、どのタイミングで判断すべきか?

そして、ミスマッチは、何が原因なのか?

ミスマッチは、大きな構造上の問題ではないか?

 

 

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