2021年1月11日(親族の基本構造 3 婚姻できる範疇、交換の原理 2021年1月11日)
理由は、
もし私egoが勝手な好みで、規則に反して母方交差イトコを避け父方イトコを嫁にしたら、これがallience規定(限定交換)違反。私は満足しても、嫁側のfiliationは交換の目玉にした女を与えられず、それ当てにしていたfiliationの男はワリを食う、嫁を得られない。だから彼は私の属するfiliationの頭越しで、私が貰うはずだった娘を嫁にする。すると私のfiliationは部族の婚姻サイクルから孤立する。(シミレーション図を作成した、部族民通信)
先住民が女のやり取りする相手は限定される、それをレヴィストロースは限定交換なる概念で規定する。作成した図では男はは必ず「母の兄弟の娘、母型の交差いとこと」すを嫁にするとシミレーションした。
1図は規定道理の交換サイクル。
2図で私Egoは規則を破って父の姉妹の娘を嫁にした。きっとその娘が若尾あや子様似だったのだ。
3図。すると部族の婚姻サイクルが崩れる。私が属する系統と嫁のそれ(filiations)が孤立する。
結論、色香に迷う情念を抑えつけないと若気の至りで終わらない、村八分にあう。
禁止制度をまとめる;
婚姻できない女の範疇を決める(filiationの設定)
できる女の範疇を決める(allienceの特定)
族民における婚姻制度はボードビル結婚笑劇に似通う。いずれも三角関係を隠している、ボードビルの三番目は間男だけれど、近親婚禁止の三角関係は「いつでも、どこでも、厳格に」適用される(本文から)。三角はレヴィストロースの洒脱(修辞)です。(なお、邦訳本では「大真面目に」間男探しを展開している。訳者の性格の生真面目さからかと思う)
交換の公理;
婚姻規則のみでは社会は回らない。レヴィストロースは「女も含めた財」を循環させる交換が社会を活性化する原理であるとしている。
そして交換とは必ず;
1 不等価、不均衡である。取引(transaction)と異なる点は財の移動に伴う価値の移行が不均等であるにつきる。貨幣経済は取引に絶対値を介在させる。財には値段が付加されるから、仮想であるにしても取引は対等である(財と価額)。これを市場経済とすると、先住民の経済は財を不等価、不均衡をもってする交換であって、この当事者の経済的不足をもってして、社会の循環をはかる仕組みでもある(受け取る以上に与える、与える以上に受け取る=本文から=とレヴィストロースは規定する)
2 交換は共時行動である。共時には不均衡が生じ、それを経時に補償する。共時での等価交換は見受けられる。それは等価不等価に目的を置くのではない、価額については無関心の財を交換する仕組みである。
女交換の不均等;
先住民の過程は己が嫁に差し出せる女(娘、姉妹)を保持していて、相手側に嫁を求める男がいる場合に女を相手に贈与する。相手男は婿の賦役(prestation)を負うことが多いから家畜、食材などを受け取る例は多い。しかし女は家畜とは等価ではない。女を与える不均衡は与えた娘が後に生んだ女子を息子の嫁に貰う。すると今度は、相手側には娘を与えた不等価が生じる。この繰り返しで族民社会が廻る。
実際はこうした2極のみでの女のやりとりは例が少ない(らしい)。嫁にやった娘の取り返し分は、部族内の支族を順繰りに巡って幾世代か後となる制度が報告される(オーストラリアMurngin族)。己が嫁を他支族に与えなければ、息子は嫁を娶れない制度となっている。共時の不均衡を経時の均衡で補う。
(親族の基本構造 3 婚姻できる範疇、交換の原理 了 蕃神義男 2021年1月11日)
理由は、
もし私egoが勝手な好みで、規則に反して母方交差イトコを避け父方イトコを嫁にしたら、これがallience規定(限定交換)違反。私は満足しても、嫁側のfiliationは交換の目玉にした女を与えられず、それ当てにしていたfiliationの男はワリを食う、嫁を得られない。だから彼は私の属するfiliationの頭越しで、私が貰うはずだった娘を嫁にする。すると私のfiliationは部族の婚姻サイクルから孤立する。(シミレーション図を作成した、部族民通信)
先住民が女のやり取りする相手は限定される、それをレヴィストロースは限定交換なる概念で規定する。作成した図では男はは必ず「母の兄弟の娘、母型の交差いとこと」すを嫁にするとシミレーションした。
1図は規定道理の交換サイクル。
2図で私Egoは規則を破って父の姉妹の娘を嫁にした。きっとその娘が若尾あや子様似だったのだ。
3図。すると部族の婚姻サイクルが崩れる。私が属する系統と嫁のそれ(filiations)が孤立する。
結論、色香に迷う情念を抑えつけないと若気の至りで終わらない、村八分にあう。
禁止制度をまとめる;
婚姻できない女の範疇を決める(filiationの設定)
できる女の範疇を決める(allienceの特定)
族民における婚姻制度はボードビル結婚笑劇に似通う。いずれも三角関係を隠している、ボードビルの三番目は間男だけれど、近親婚禁止の三角関係は「いつでも、どこでも、厳格に」適用される(本文から)。三角はレヴィストロースの洒脱(修辞)です。(なお、邦訳本では「大真面目に」間男探しを展開している。訳者の性格の生真面目さからかと思う)
交換の公理;
婚姻規則のみでは社会は回らない。レヴィストロースは「女も含めた財」を循環させる交換が社会を活性化する原理であるとしている。
そして交換とは必ず;
1 不等価、不均衡である。取引(transaction)と異なる点は財の移動に伴う価値の移行が不均等であるにつきる。貨幣経済は取引に絶対値を介在させる。財には値段が付加されるから、仮想であるにしても取引は対等である(財と価額)。これを市場経済とすると、先住民の経済は財を不等価、不均衡をもってする交換であって、この当事者の経済的不足をもってして、社会の循環をはかる仕組みでもある(受け取る以上に与える、与える以上に受け取る=本文から=とレヴィストロースは規定する)
2 交換は共時行動である。共時には不均衡が生じ、それを経時に補償する。共時での等価交換は見受けられる。それは等価不等価に目的を置くのではない、価額については無関心の財を交換する仕組みである。
女交換の不均等;
先住民の過程は己が嫁に差し出せる女(娘、姉妹)を保持していて、相手側に嫁を求める男がいる場合に女を相手に贈与する。相手男は婿の賦役(prestation)を負うことが多いから家畜、食材などを受け取る例は多い。しかし女は家畜とは等価ではない。女を与える不均衡は与えた娘が後に生んだ女子を息子の嫁に貰う。すると今度は、相手側には娘を与えた不等価が生じる。この繰り返しで族民社会が廻る。
実際はこうした2極のみでの女のやりとりは例が少ない(らしい)。嫁にやった娘の取り返し分は、部族内の支族を順繰りに巡って幾世代か後となる制度が報告される(オーストラリアMurngin族)。己が嫁を他支族に与えなければ、息子は嫁を娶れない制度となっている。共時の不均衡を経時の均衡で補う。
(親族の基本構造 3 婚姻できる範疇、交換の原理 了 蕃神義男 2021年1月11日)