第2章「Le probléme de l’inceste近親婚の問題」の3(2021年1月22日)
<レヴィストロースが得意とする「そもそも」論の神髄とも言える指摘>が前回の最後。
誰もが知る事実、あるいは当然として推定する事象。これらをそもそもの出発点として理性から推論する、さらには公理を導く。この思弁法をして小筆(蕃神)は「哲学的」と申すのですが、別の観点で学を進める論者、とくに実証主義からの批判を浴びる。
動植物の改良の手口(かけ合わせ間引き)と人の遺伝を較べ論ずるは不合理…なんて批判がヒューム主義から出てきそうだ。(アングロサクソン系実証主義の学徒からの批判をレヴィストロースは「受け流す」を常としている)
Comment surtout, si l’homme primitif avait été sensible à des considérations de cet ordre, comprendre qu’il se soit arrêté à des interdictions, et n’ait point passé aux prescriptions, dont le résultat expérimental eut - au moins dans certains cas – montre les effets bénéfices?(同)
もし原始的人類がこの秩序(近親婚による人遺伝の劣化)を知りその禁止を計っていたとしたら、そして経験で知っていた良い結果をもたらした近親交配技法(栽培種など)の取り決めに踏み出さなかったとしたら…(新石器革命は起こらなかった)
(近親交配は遺伝劣化をもたらさないと知っていたから品種改良を実践していた。近親婚を実行しても、遺伝劣化に陥らない事を知っていた。しかしそれを禁止している事実は、遺伝とは別の背景がここにあるから)
この文は仮定法過去(過去にあり得なかった仮定を設定する)を用いて、その説を否定するの逆説指摘です。
Les prescriptions positives que nous rencontrons le plus fréquemment dans les sociétés primitives sont celle des unions cousins croisés(同)
多くの未開社会で(近親婚を認めることに)肯定的な取り決めが報告されている。それは交差いとこ婚である。
この文の後に「並行いとこ婚」(父の兄弟の子、あるいは母の姉妹の子)の婚姻は近親婚とみなされると続く。レヴィストロースの疑問は「血の繋がりでは同じ濃さ、しかし一方は推奨されもう一方は近親婚として禁止される」この点をもってして「近親婚...」は生物学的配慮ではなく、社会の取り決め、すなわち文化の発生とする。
続いて遺伝学の説明に入る。(部族民)はこの分野を理解する者ではない。しかし上記の1近親婚は遺伝劣化をもたらすか?と絡むから、一句だけを引用し、つたない訳を貼り付ける。
Les mariages consanguins ne font qu’assortir des gènes du même type , alors qu’un système où l’union des sexes serait déterminé par la seule loi des probabilités (panmixie de Dahlberg) les mélangelerait au hazard. Mais la nature des gènes et leurs caractéristiques individuelles restent les mêmes dans les deux cas. Il suffit que les unions consanguines s’intérompent pour que la composision générales de la population se rétablisse telle qu’on pouvait le prévoir sur une base de panmixie.(17頁)
Dahlbergが言うところのpanmixa(配偶を任意に選ぶ)では両性の遺伝子(gènes)は偶然性によって混ざり合う。一方で近い血縁の者同士の遺伝子は、同型の遺伝子の混ざり合いとなる。しかし、遺伝子の特性とその個人性を鑑みると、両者は同類とも言える。近親配偶での遺伝子混合が、母体人口がpanmixia(任意配偶が継続されて蓄積した遺伝子の組成)状態に近づけば同類であるから。
引用文の前に<si l’humanité avait été endogame depuis l’origine>もし人間社会が発生期以来、族内婚を実行していたのならを記している。これはあり得る。
本書刊行の後、人類の祖先を遡る「出アフリカ」論が発表され、もてはやされた(ストリンガー、2001年に邦訳刊)。レヴィストロースが仮定として前置きした「族内婚時代」はこの論でも取りざたされている。旧世界人は風貌、言語、社会など多様な民族の集体と思えるが、遺伝子的には大変、接近している。アフリカを除く人間の遺伝子の相違は、どれほど遠隔(たとえば東アジアと西ヨーロッパ)にあっても、アフリカで近接する(出アフリカしていない)部族間の差異よりも小さい。これは遺伝子学徒から1990年代に聞いた。学会で主流になっていると聞く。
(アフリカ人は、他のどの集団と比較しても大きな遺伝距離をもっている。これとは対照的に、東アジアの五集団は、それぞれの集団間の遺伝距離が非常に小さい=宝来聰著「DNA人類進化学」から)
出アフリカの原因に気候の変動と人口の激減(ボトルネック)が発生したとの解説もある。少数構成ながら規則を設けた「族内婚」で存続を乗り切ったのであろう。
レヴィストロースが近親婚は劣化をもたらさない証左にpanmixiaと族内婚を想定したが、その後20年を経て、形質人類学側からその証拠が出てきたという流れとして理解する。
近親婚での遺伝子混交も任意配偶のそれも、次世代への遺伝子効果には変わりがない。
(遺伝学に全くの素人の戯れ文としてこの一段を笑って読んでください)
この後hétérozygote, homozygote(異型結合、同型結合と訳すか?)なる専門用語を駆使し近親婚による遺伝劣化を否定するが、これら語は辞書にも出ていない。分からないから説明できない。(邦訳本では克明に解説を入れている。訳者福井和美氏の渾身作業が伺える)
「近親婚....」生物学からの説明、最初の行に戻ろう、
「生物学からの説明は比較的新しい、16世紀以前には誰も語っていなかったとの前置きのあと、Lewis Morgan(1818~81年アメリカ、白人至上主義)の説を紹介」を入れた。
改めてこの句「比較的新しい」と「白人至上主義」を取り出した意味を問うと;
16世紀にはイエズス会など宣教師集団からの先住民観察が報告され始めた。当然、彼らの婚姻形態、いとこ婚や叔父姪、叔母甥婚も報告された。先住民の「未開性」を近親婚による「知能劣化」と結びつけた説が、比較的新しい時期に出現した。
ミノタウルスは古代の怪物伝説。頭が雄牛、体は人。クレタ島の迷宮神殿の奥に住む。若き乙女を要求する。
ピカソ画部分(ネットから採取)
さらにこの説には2の骨子があって
1 未開人多くに怪物伝説が語られ、理由に近親婚による結果としている。彼らも近親婚の弊害には気づいていた。
2 しかるに、多くの未開人はイトコ婚など近親婚を制度としている。故に彼らの知性は劣等な水準にとどまっている。
1,2は撞着している。総体としてこの遺伝劣化説は矛盾している。
第2章 Le problème de l’inceste近親婚の問題最終の了
親族の基本構造は続く 来週の予定は=本朝婚たはけ2000年=4~5回となる(蕃神)
<レヴィストロースが得意とする「そもそも」論の神髄とも言える指摘>が前回の最後。
誰もが知る事実、あるいは当然として推定する事象。これらをそもそもの出発点として理性から推論する、さらには公理を導く。この思弁法をして小筆(蕃神)は「哲学的」と申すのですが、別の観点で学を進める論者、とくに実証主義からの批判を浴びる。
動植物の改良の手口(かけ合わせ間引き)と人の遺伝を較べ論ずるは不合理…なんて批判がヒューム主義から出てきそうだ。(アングロサクソン系実証主義の学徒からの批判をレヴィストロースは「受け流す」を常としている)
Comment surtout, si l’homme primitif avait été sensible à des considérations de cet ordre, comprendre qu’il se soit arrêté à des interdictions, et n’ait point passé aux prescriptions, dont le résultat expérimental eut - au moins dans certains cas – montre les effets bénéfices?(同)
もし原始的人類がこの秩序(近親婚による人遺伝の劣化)を知りその禁止を計っていたとしたら、そして経験で知っていた良い結果をもたらした近親交配技法(栽培種など)の取り決めに踏み出さなかったとしたら…(新石器革命は起こらなかった)
(近親交配は遺伝劣化をもたらさないと知っていたから品種改良を実践していた。近親婚を実行しても、遺伝劣化に陥らない事を知っていた。しかしそれを禁止している事実は、遺伝とは別の背景がここにあるから)
この文は仮定法過去(過去にあり得なかった仮定を設定する)を用いて、その説を否定するの逆説指摘です。
Les prescriptions positives que nous rencontrons le plus fréquemment dans les sociétés primitives sont celle des unions cousins croisés(同)
多くの未開社会で(近親婚を認めることに)肯定的な取り決めが報告されている。それは交差いとこ婚である。
この文の後に「並行いとこ婚」(父の兄弟の子、あるいは母の姉妹の子)の婚姻は近親婚とみなされると続く。レヴィストロースの疑問は「血の繋がりでは同じ濃さ、しかし一方は推奨されもう一方は近親婚として禁止される」この点をもってして「近親婚...」は生物学的配慮ではなく、社会の取り決め、すなわち文化の発生とする。
続いて遺伝学の説明に入る。(部族民)はこの分野を理解する者ではない。しかし上記の1近親婚は遺伝劣化をもたらすか?と絡むから、一句だけを引用し、つたない訳を貼り付ける。
Les mariages consanguins ne font qu’assortir des gènes du même type , alors qu’un système où l’union des sexes serait déterminé par la seule loi des probabilités (panmixie de Dahlberg) les mélangelerait au hazard. Mais la nature des gènes et leurs caractéristiques individuelles restent les mêmes dans les deux cas. Il suffit que les unions consanguines s’intérompent pour que la composision générales de la population se rétablisse telle qu’on pouvait le prévoir sur une base de panmixie.(17頁)
Dahlbergが言うところのpanmixa(配偶を任意に選ぶ)では両性の遺伝子(gènes)は偶然性によって混ざり合う。一方で近い血縁の者同士の遺伝子は、同型の遺伝子の混ざり合いとなる。しかし、遺伝子の特性とその個人性を鑑みると、両者は同類とも言える。近親配偶での遺伝子混合が、母体人口がpanmixia(任意配偶が継続されて蓄積した遺伝子の組成)状態に近づけば同類であるから。
引用文の前に<si l’humanité avait été endogame depuis l’origine>もし人間社会が発生期以来、族内婚を実行していたのならを記している。これはあり得る。
本書刊行の後、人類の祖先を遡る「出アフリカ」論が発表され、もてはやされた(ストリンガー、2001年に邦訳刊)。レヴィストロースが仮定として前置きした「族内婚時代」はこの論でも取りざたされている。旧世界人は風貌、言語、社会など多様な民族の集体と思えるが、遺伝子的には大変、接近している。アフリカを除く人間の遺伝子の相違は、どれほど遠隔(たとえば東アジアと西ヨーロッパ)にあっても、アフリカで近接する(出アフリカしていない)部族間の差異よりも小さい。これは遺伝子学徒から1990年代に聞いた。学会で主流になっていると聞く。
(アフリカ人は、他のどの集団と比較しても大きな遺伝距離をもっている。これとは対照的に、東アジアの五集団は、それぞれの集団間の遺伝距離が非常に小さい=宝来聰著「DNA人類進化学」から)
出アフリカの原因に気候の変動と人口の激減(ボトルネック)が発生したとの解説もある。少数構成ながら規則を設けた「族内婚」で存続を乗り切ったのであろう。
レヴィストロースが近親婚は劣化をもたらさない証左にpanmixiaと族内婚を想定したが、その後20年を経て、形質人類学側からその証拠が出てきたという流れとして理解する。
近親婚での遺伝子混交も任意配偶のそれも、次世代への遺伝子効果には変わりがない。
(遺伝学に全くの素人の戯れ文としてこの一段を笑って読んでください)
この後hétérozygote, homozygote(異型結合、同型結合と訳すか?)なる専門用語を駆使し近親婚による遺伝劣化を否定するが、これら語は辞書にも出ていない。分からないから説明できない。(邦訳本では克明に解説を入れている。訳者福井和美氏の渾身作業が伺える)
「近親婚....」生物学からの説明、最初の行に戻ろう、
「生物学からの説明は比較的新しい、16世紀以前には誰も語っていなかったとの前置きのあと、Lewis Morgan(1818~81年アメリカ、白人至上主義)の説を紹介」を入れた。
改めてこの句「比較的新しい」と「白人至上主義」を取り出した意味を問うと;
16世紀にはイエズス会など宣教師集団からの先住民観察が報告され始めた。当然、彼らの婚姻形態、いとこ婚や叔父姪、叔母甥婚も報告された。先住民の「未開性」を近親婚による「知能劣化」と結びつけた説が、比較的新しい時期に出現した。
ミノタウルスは古代の怪物伝説。頭が雄牛、体は人。クレタ島の迷宮神殿の奥に住む。若き乙女を要求する。
ピカソ画部分(ネットから採取)
さらにこの説には2の骨子があって
1 未開人多くに怪物伝説が語られ、理由に近親婚による結果としている。彼らも近親婚の弊害には気づいていた。
2 しかるに、多くの未開人はイトコ婚など近親婚を制度としている。故に彼らの知性は劣等な水準にとどまっている。
1,2は撞着している。総体としてこの遺伝劣化説は矛盾している。
第2章 Le problème de l’inceste近親婚の問題最終の了
親族の基本構造は続く 来週の予定は=本朝婚たはけ2000年=4~5回となる(蕃神)